いつか咲く君に SIDE B 11
僕が5年も常連させてもらった雑誌が休刊した。いや、それもなんとなく分かるような気がする。同ジャンルではマイナーな部類の雑誌だったし。少し前の僕ならショックで寝込んでたことだろう。でも、今の僕は心の奥底で安堵していた。だってあいつとの差が歴然としてるのを思い知らされたから。
あいつが最後に描いてきたのは素人には到底真似のできないアングルでポーズをとった女性の絵。こんなものをさらっと描いてくるんだからプロってのはつくづく恐ろしい。僕みたいな素人が邪な心で努力したところで埋まるような差ではなかった。いや、それも分かってたんですけどね。素人の読者コーナーでファンコールも貰えない奴がプロを脅かそうなどおこがましい事この上ない。そもそもレベルが違う。いや、分かりきってたことなんですけどね……
その一方、僕が楽しんで描けたイラストもやはり凡庸でみすぼらしいデキだった。このへんが素人の限界か。
もう、あいつの絵柄を、作風を、画力をパクって自分のものにしようだなんて、そんな身の程知らずな目標に突き進まなくていいのだ。あいつを振り向かせるなんて、無謀で無意味な野心を燃やす必要もなくなった。僕は心の奥底で安堵していた。もう、あいつと張り合う必要もなくなったから。雑誌が休刊してくれたことで、僕は敵前逃亡の大義名分を得た。
それから数カ月が瞬く間に過ぎ去った。イラスト投稿のための画材も、描き溜めたラフも、下描きも、全て押し入れにしまった。もう投稿することもないだろうから。
穴が空くほど眺めた雑誌も一緒にしまい込んだ。他の雑誌に移って投稿を続けようという気は起きなかった。たぶん、僕の青春は雑誌の休刊でピリオドを打ったのだろう。ちょっとキザな言い草だけど。
考えてみればあいつが現れてくれたから僕はあそこまで頑張れた。初めて絵が上手くなりたいと本気で思った。それなりに努力もしたと思う。それが雑誌の休刊の直前に訪れたのは結構幸せなタイミングだったのではないか。あれがなければ僕は休刊にショックを受けてしばらく立ち直れなかったに違いない。
そしてあいつは最後の絵で僕にとどめを刺してくれた。いつまでも大人になりきれず、投稿という甘い世界に浸りきってた僕に残酷な現実を突きつけてくれた。それは感謝すべきことなのだろう。
E.耕志郎。これが彼の本当のペンネームなのだろうが、僕にとっては魔界彗星だ。彼には何の落ち度もない。ただプロとして仕事の依頼を受け、仕事したに過ぎないのだろう。それが大人というものだ。素人を騙すつもりなんか毛頭なかったし、もちろんバカになんかしていない。雑誌にしてもそうだ。
休刊数カ月前にプロをサクラとして読者コーナーに登場させるくらいなんだから、内情は相当な火の車だったことが窺える。そんな事情も知りもせず、一人大騒ぎしてた僕はなんと愚かで稚拙だったことか。結局僕は何ひとつ分かってやしない子供だったってことだ。