戻れない海 7
先日、この船は幸せの国だとか言ってたリピーターが感染した。そのまま患者として収容コース。おめでとうさん。王様に格上げして晴れて幸せの国の住人になれたわけだ。症状は軽微だそうだから命までは取られないだろう。ただ、陰性判定が出れば船からは強制退去。二度とこの職場には戻れないが。幸せなのか不幸なのかは本人に聞かない限り分からない。
確実に不幸なのは残された俺だ。人手が減った分、そのしわ寄せは当然俺達に来る。人員は常に募集してるようだがこんな仕事に好き好んで就きたがる奴なんてそうはいない。いるとすれば俺のような境遇のやつくらい。
一人減った程度でもその負担は重くのしかかる。より多くの患者の世話をしなければならなくなった上、医療スタッフからは容赦無い罵声を浴びせられる。そりゃ向こうも出口の見えない過酷な看護で疲弊してるのは分かるが、こっちだって慣れてない素人だ。志をもってこんな仕事に就いたわけでもない。いや、だからこそ見下されてるんだろう。
どうせ俺達なんて嫌々こんな仕事を引き受けて、行くアテもないから仕方なくやってる。その俺らの境遇がますます向こうの癇に障るんだろう。端からやる気のない俺達が視界に入ってくるだけで苛つかずにはいられないんだろう。
この船に乗り込んでやっと20日が経過した。無職の時は20日なんてあっという間だったがここでは一年くらいに感じられる。まだあと10日もあると思うとうんざりする。が、あと10日の辛抱。そこを乗り切れば自由の身だ。そう自分にいい聞かせて自らを奮い立たせる。
最近は仕事が終わったあと、消灯まで甲板で過ごすようにしている。部屋は快適だが、閉じ込められてるみたいでどうも落ち着かない。それよりは甲板で外の空気吸って陸の灯火でも眺めていた方が安らぐ。タバコがないので落ち着かないが、あと少しで陸に戻れると思うとあと少し頑張ろうという気になる。
そんなこと考えつつベンチに腰掛けていると見慣れない男が声を掛けてきた。
「今晩は。お疲れ様です」
穏やかな物腰で紳士的だが医療班のスタッフであるのは服装ですぐ分かる。いったい何の罠なのかと、つい心の中で身構えてしまう。今は労働時間外だし、俺はシケモクなんかしちゃいないしサボってるわけでもないぞ。それとも何かヤバい仕事でも頼むつもりか?
訝る俺をよそに男は寂しげな笑みを湛えていた。