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厠倶楽部  作者: 厠 達三
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戻れない海 5

 隔離区域での作業は過酷を極めた。今までの作業も虚無的でそれなりに過酷ではあったがそれとはまた苛酷さのレベルが違う。

 患者らはベッドに縛り付けられたような状態でわけの分からん機械がゴチャゴチャ繋がれゾンビみたいにうめき声を上げる。看護に当たるのは医療スタッフだがその補助をさせられる俺らも患者との接触を余儀なくされる。こっちは近付きたくもないのに患者は平気で咳き込んでくれる。ウイルス含んだ飛沫が勢い良く撒き散らかされる。今にも死にそうな患者ばかりなのに咳の勢いだけはいい。この船にはそういう患者ばかりが収容されているらしい。


 患者をベッドから移動させたり抑えたり、こっちがもたついていると医療スタッフから容赦無い罵声が飛ぶ。連中はそうやってやり場のないストレスを解消しているようにも見える。それはどこの職場にもあるんだろうがここは特に顕著だ。それも仕方ない気がする。医療スタッフは否応なく隔離施設での看護作業に従事させられる。そのストレスのはけ口が俺らに向くのは自然のこととも思える。ひょっとすると俺ら一般職員はそれが主な仕事なんじゃないのかと疑ってしまう。

 腹立たしいが、俺は医療スタッフではない分まだ楽な仕事とは思う。それは傍で見ていてよく分かる。自分は一般職でまだよかったと思う。あんな仕事は正直ごめんだ。だから誰も医療スタッフに逆らえない。


 そんな仕事だから肉体的疲労もさることながら精神的にもかなりキツい。一日の作業を終え自室に戻るともう動く気力もない。だからといって自室が居心地いいわけでもない。テレビくらいはあるが外部との情報のやりとりはカットされているのでなんだか独房にでも入れられてるような気になる。本物の監獄に比べればまだ自由なのだろうが。しかし作業時間外でも入浴、消毒、洗濯、定期的な検査は義務付けられてるので時間外作業を強いられてるのと大差ない。

 食事ももとより味気ない上、精神的に疲弊しているので食も細くなる。ひどい時には吐き気さえもよおす。


 そんな状態が数日続くと神経が過敏になり、睡眠も取れなくなってくる。深夜、患者のうめき声が聞こえたような気がして目が覚める。もちろんただの気のせいなのだが、隔離施設から漏れ聞こえてくるような錯覚を覚える。

 それだけでもない。空調を伝ってウイルスが部屋に漏れてくるのではないかと疑ってしまう。目に見えない正体不明の敵に精神を蝕まれてゆく。


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