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厠倶楽部  作者: 厠 達三
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自殺者の死に戻り ~後日談~ 7/7


 不意に頭をよぎったもうひとつの仮説。それはその人物がやり直してたと思っていた人生が仮初めで、実は本人がタレントのまま自殺したのが現実というもの。

 バカな。ちょっと考えてすぐ頭を振った。もしそうなら僕も、僕のいるこの世界も、全てその人の空想の産物ということになってしまう。

 だったらその人が死んだ今、この世界は消滅してるはずじゃないか!


 いや、もしかするとその人はまだ死んでいないのかもしれない。まだ自殺の最中で、地面に激突する直前の刹那に、僕たちはまだ存在できているのだとしたら?

 じゃあ、次の瞬間、この世界が、宇宙が消えて失くなったとしても、誰もその事実に気付けない、認識できない。なぜなら僕たちはその人の産み出した幻だから。


 しばらく後、僕は顔を上げて笑っていた。きっとこの暑さと狂おしいセミの鳴き声で、僕の頭もどうかしてるんだ。

 家に帰ってクーラー点けて、冷えたコーヒーでも飲めばきっと冷静になれるに違いない。

 そう、考えを切り替え家路を急いだ。もうこんな住宅地から早く離れたかった。なぜか人の気配がしない。車も走ってない。どこもかしこも似たような風景。こんな住宅地、一刻も早く出たくなっていた。


 だが帰りの道すがら、また嫌なものを見た。

 駅のホームで何とはなしに設置されたテレビを見ていると、東京で起きた火災現場の映像が流れた。しばらくしてある事実に気付き、思わず画面に食い付いた。

 その火災とは関係なく、背景に解体中のビルが映り込んでいたのだが、そのビルはあの別荘で夢に見たビルによく似ていた。若者が飛び降り自殺をしていたあの夢の。


 しかし時すでに遅く、画面はスタジオに切り替わっていた。きっと気のせいだろうと自分に言い聞かせるよりなかった。


 それから約半年後、あの別荘は取り壊されたと風の噂に聞いた。やはり事故物件は売れないので処分したのだろう。

 同じ頃にあの奥さんの家をもう一度訪ねてみたけど家に売却の看板が掛けられていた。もう僕にはあの奥さんと子供の行方は追えないだろう。


 そして別荘で手に入れたあの手記も、きちんと保管していたはずなのにいつの間にか行方が分からなくなってしまった。まるで最初から存在していなかったかのように。


 この世界はまだ存在している。ということはあの人はまだ生きているのだろうか。

 まだ、落下の最中の、長い長い幻の迷宮を彷徨っているのだろうか。僕にそれを認識する術はない。この世界の誰にもない。


 僕はまた来年、あの狂おしいほどのセミの鳴き声を聞くことができるだろうか。

 あの喧しいだけの鳴き声が、なぜかとても懐かしく思えた。



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