自殺者の死に戻り 3
会社を手放し、カネはあるとは言っても家族抱えてプーというのはどうにも健康的じゃない。そこで俺は新たな会社を起ちあげた。今度は地元の農産物の生産、加工販売業。それこそ従業員10人にも満たない零細企業。上手くいかなければさっさと畳む算段だ。
田舎の人間は地元の魅力に意外と気付かない。南国なのに都市部にニーズのある珍しい農産物に誰も手を出そうとしない。しかも販売は青果市場に丸投げ。これでカネが稼げるわけがない。そのニッチに目を付けたってわけ。
それにそう遠くない未来、世界的なパンデミックが発生し、あらゆる職種が大ダメージを受けるはずだ。そんな時に食品生産業は強い。しかも農作物なら成長のスピードは決まってるから会社が急成長したりすることもない。それは逆に言えば負債が大きくなるリスクも低いってこと。人口減ってるような地方ならタダ同然で使える資産がいくらでも転がっている。それらを有効活用して、大儲けとはいかないまでもローコストローリスクの事業でささやかな小遣いが稼げればいいっていう程度のもの。これには妻も賛成してくれた。なんでも俺は先見の明があるから心配はしていないそうな。ま、人生やり直してるからね……
そんなこんなで新しい事業はこれまた順調。人間関係重視の笑顔が絶えない楽しい職場だ。そもそも俺が遊び感覚でやってるからね。
大手から契約を持ちかけられもしたが全て断っている。パンデミックになればそんなもんは全て吹っ飛ぶ。やり直しのおかけで将来のリスクも回避できる。従業員は理解に苦しんでるようだけど。
休日には妻子と一緒に農作業を手伝ったりする。実はこれが一番の目的だった。お遊びみたいだけど、ドロドロした人間関係の業界で生きてきた俺はこういう額に汗する肉体労働の方が人間には本質的に向いてるんじゃないかと考えるようになった。そんな労働を、遊びでもいいから日常的に行っていれば心身も健やかでいられるような気がした。ま、おカネは必要だけどね……
規模の小さい会社の方が肩の荷も重くなくってラクでいい。従業員を路頭に迷わせるってプレッシャーも少ないしね。しかも経営は至って順調。職員の給与が放っといても上がっていくので就職希望が跡を絶たなくて困っている。
俺はやり直し人生をこの上なく順調に送っていた。が、そんな時、ある出来事に恐怖を覚えることとなる。
妻がいつもより豪勢な夕飯を用意してくれてたので何事かと聞いた。妻は少々ふくれっ面して結婚記念日じゃない、と答える。子供もテーブルについていただきますを楽しげに待っている。ここまでならよくある光景だ。今まで特になんとも思わなかった。が、突然背筋に悪寒が走った。結婚記念日だって?
結婚記念日……確かに、それは間違いない。俺と妻が結婚した記念日だ。だが、ちょっと待て。その日付って……はっきりと憶えてないけど、俺が前の人生で同業者の女と結婚した期日と同じじゃないか? 結婚した年も一致してる気がする。
俺は急に恐ろしくなってカレンダーを確認。約10ヶ月後に子供の誕生日のはずだ。その日付にも見憶えがあった。やはり前の人生で授かった子供の誕生日と一致している。いや、結婚したのがほぼ同じ日なら出産の日も近くはなるのだろう。しかし日付が一致するなんて偶然、あるか?
もしかして俺は、このやり直し人生でも重要な節目は前の人生と同じループをしているんじゃないか?
では人生の最期の時も、やはり同じタイミングになるんじゃないか? 俺は前の人生で自殺した年齢と今の俺の齢を照合する。するとあと2年後に、俺は人生を終えることになる……