自殺者の死に戻り 9
上り電車がホームに入ってくる。田舎の駅で深夜に近い時間となれば乗降する客もほとんどいない。俺の目の前で電車のドアが開く。さあ乗れ、お前の人生は成功が約束されている、と言われてるような気がした。
電車の窓に映っていたのは10年近く前の、10代の終わりに差し掛かった頃の俺の顔。俺はこれから送るであろう人生を、何故か知っている。俺は上京し、運良く全国区でそこそこ知名度のあるタレントになるはずなのだ。
電車のドアは開いたまま俺を待つ。この電車に乗れば俺はどんな人生を送るのか、俺は知っている。俺は芸能界入りし、タレントになって、芸能人の女と結婚し、一児を授かり、そして……30足らずで飛び降り自殺をするのだ。なぜ自殺に至ったのか、そこは記憶が定かじゃない。だが俺はこれから起きる運命を、確かに知っている。
ドアの前で逡巡すること数分、刻一刻と発車の時刻が迫ってくる。この電車に乗れば俺はどんな人生を送ることになるのかだいたい知ってる。そして最期の時も、恐らく変えようはないだろう。なぜだか分からないけどそんな確信があった。この電車に乗ったが最後、もう決められたレールから外れることはたぶん許されないのだろう。ここが人生の大きな岐路であることを俺は知っている。
乗車を催促するかのように発車ベルが鳴る。しかし俺は一歩も踏み出せない。俺は以前この電車に乗った。そして成功を収めたものの、なぜか若くして自ら命を断つという結末を知っている。だが、この電車に乗らない選択をした人生を俺は知らない。
ついにドアは閉じ、電車はゆっくりと発進し始めた。もうやり直しはきかない。俺は上京しない方の人生を歩むことになった。俺はこの退屈なド田舎の地元で、いったいどんな人生を送るのだろう。いや、だいたい想像はついている。大して面白みもない、ありきたりな寂しい人生を送るのだろう。若くして自殺することになっても、タレントの方が波瀾万丈、密度の濃い人生を送れるに違いない。でも、俺は退屈な人生を選んだ。自殺する結末が怖いんじゃない。人はいずれ死ぬ。なら、一度経験済みの人生より、多少退屈でもどんな結末が用意されているのか分からない方が面白いじゃないか。ただそれだけ。
俺は電車を見送り、退屈と分かりきってはいるものの、何が起こるか分からない人生をやり直す道を選んだ。




