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厠倶楽部  作者: 厠 達三
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自殺者の死に戻り 10

 遡行系掌編  隔日更新予定



 ああ、なぜこんなことになってしまったのか。俺の体は重力のなすがまま、地面に向かって猛スピードで落下してゆく。マンションの屋上から飛び降りたとはいえ、時間にすれば1秒あるかないかの刹那のはずだ。なのになぜこんなにも長く感じるのだろう。これほど多くのことを考えられるのだろう。

 後悔はない。俺は自らの人生に見切りをつけた。タレントとしてそこそこの知名度を築き、カネも一般庶民より多めに稼いだ。でもそれは幸せとは程遠いものだった。俺の人生はもうこれ以上の絶頂はないと、どこかで気付いてしまった。だから自ら命を断つと決めた。手段は最も確実で手間のかからない飛び降り。


 恐怖心に負けるかとも思ったが意外とすんなりいけた。高所の恐怖より人生が続く恐怖の方が上回っていた。安全フェンスを乗り越え、中空に向かってダイブするのにさほどの時間と覚悟は要さなかった。むしろ飛び降りてからの時間の方が長く感じる。落下による激突死はもう避けられない。できればこんな時間、すぐに終わって欲しい。でも人間の潜在能力なのか、死への瞬間が異常に長い。体は猛スピードで落下しているのに、俺の集中力がそのスピードを上回っている。もう終わりにしたいのに、猛スピードなのになぜかゆっくりと、はっきりと地面が接近してくるのが分かる。この速度で叩きつけられたら即死は不可避。飛び降り自殺がこんなに長く苦痛を伴うものとは思わなかった。後悔があるとすれば別の方法を選ぶべきだったか。

 ああ、だがもう地面が目の前まで迫ってる。ここまで長かったけど、やっと俺は人生を終えられる。と、その瞬間、突如俺の体は更に速いスピードで浮き上がり、俺が過ごしてきた時間が高速で巻き戻ってゆくような錯覚を覚えた。


…… …… …… ……


 気がつくと俺は駅のベンチに座っていた。この光景は見覚えがある。そうだ。俺の地元の駅だ。なぜこんなところにいるのだろう?

 自分の服装を確認すると10年ほど前に着ていた勝負服だった。脇に置いてある手荷物も確認。よそ行き用の生活必需品数点と、20万ちょっとの現金。そうだ。俺はド田舎の地元が嫌で堪らなくて、上京するため家出同然でこの駅で電車を待ってたんだ。待ってるうちに眠ってたらしい。何か夢を見ていたような気もするけどはっきりと思い出せない。


 やがて上り電車の到着を知らせるベルが鳴り始めた。そう、この光景にも見覚えがある。確かに俺はタレント目指してこの電車に乗って上京し、そして成功を掴んだんだ。なぜかは分からないけど、これから送るはずの人生の記憶があった。


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