温かい場所 2
本日2話目の投稿です。
少しして話がまとまったのか、中堅っぽい騎士の人が部屋を出ていくと、改めてアイゲルが優莉に話しかけた。
「すまなかった。大体の話は分かった。捕えられていた他の女性たちは、それぞれ村の被害届から生家に戻れることになったのだが、君の話を聞く限り、我々には国へ君を送り届けることは出来ないようだ。何か祖国のことで手がかりがあればいいが」
そうだった。優莉はもう帰る場所がないのだ。自分のおかれた状況に、今更ながら青くなる。
優莉が焦って何か口にしなくては、と思っていたところ、ドアがノックされた。アイゲルが許可すると、先ほど優莉を膝枕してくれた女性が入ってきた。
その女性が右手を胸に当てて、頭を下げる騎士の礼をしたので、優莉はアレ?と驚いた。女性が騎士の礼をするのは珍しいんじゃなかったっけ?
「レティア殿か。この役目を引き受けてくれたこと感謝する」
なるほど、この美女は騎士またはそれに準ずる人なのか、と納得する。他の女の人と違って、騎士服に近い動きやすい恰好をしていたのはそのせいか。
「いいえ、アイゲル様。女性の敵を打ち滅ぼすのが私の役目ですので」
「……相変わらず勇ましいな、アレンの奥方は」
そう言って、先ほどの淡い茶色の髪の騎士を見る。アレンと呼ばれたその人は、苦笑しながら頷く。
なるほど、この美人さんはこの人の奥さんなのか、と感心した。二人ともとてもお似合いなので、美男美女はとても目の保養になることを知った。
少し二人を眺めて呆けていると、レティアが優莉に微笑みかけた。
「そうだ、ユーリ。この女性が君を救出してくれた、レティア・ユーフォルト殿だ。昔、この国でも珍しい女性騎士をしていた人だ」
やはり騎士だったのか。それよりもあの状況から助けてくれたというのだから、感謝のあまり声が詰まった。
「あ、ありがとうございます。助けていただいたのに、お礼も言っていなくて」
「いいのよ。あなたの勇気ある行動を、少しだけ助けただけよ。あなたを守ったのは、あなた自身と彼女たちの力だから」
そう言ってもう一度微笑まれると、優莉の目から涙が溢れた。先ほども泣いたのに、まだまだ涙は枯れることがなかった。先ほどのようにレティアは優莉の頭を抱き込んで胸を貸してくれた。
「アイゲル様。ユーリを休ませてあげてもよろしいでしょうか」
「ああ、よろしく頼む」
アイゲルは少し狼狽したような声で許可、というよりお願いをする。
背の高いレティアに肩を抱かれるようにして扉を出ると、入り口にいた騎士さんがギョッとしたように優莉を見る。
「ほら、ユーリ。ディーンが驚いているわ」
ディーンと呼ばれた、黒に近い茶色の髪にヘイゼルの瞳をした青年は慌てたように手を振る。青年と言っても、それほど自分と年齢が変わらなそうだった。
「そんな、自分は。というよりも、団長かルース様が何かしたんですか?」
中で何か良からぬことをしたと決めつけるディーンであったが、限定で団長かルースだと言い切る辺り、その二人は何か前科があるのだろうか。
違うと言いたくて首を振る。そして困った様子のディーンが可笑しくて小さく笑った。
すると、ディーンは片手で口元を覆うと、急に眼を逸らしてしまった。小さな声で「マズい」と呟いて目元が少し赤い。くしゃみかな?と小首をかしげる優莉に、意味ありげにレティアがクスクスと笑う。
「ほらほら、とりあえずユーリは休みましょう。いろいろなことは明日になってから考えましょうね」
そう言ってレティアが促すので、またペコリとお辞儀をしてディーンの前を去ると、すぐに廊下を曲がったところで、後ろからルースとディーンの声が聞こえてきた。
「あれ?ディーン、顔が赤いよ?」
「いや、目の保養……いや、目に毒なものを……」
優莉は、「花粉症かな?」とディーンを気の毒に思った。
レティアは案内も無いのに迷わず砦内を進むと、一つの部屋に入った。ベッドが二つ並んだだけの簡素な部屋で、兵士の仮眠室を一時的に借り受けているらしい。ここは優莉とレティアが使っていい場所らしい。
優莉をベッドの一つに座らせると、用意してあったお湯を桶に注ぎ、薬品や包帯を取り出した。
「大きな怪我が無いのは確認したけど、細かい怪我を治療しましょう。手当ては早い方が傷が残りにくいわ」
そうか、この服を着せてくれたのはレティアさんか、と納得した。優莉がシャツを脱ぐとレティアが痛ましそうな顔をした。
「あいつら、許せないわ。女の子を殴る蹴るするなんて」
そう言って全身にある痣や切り傷を避けるように、まずは温めのお湯で絞った布で丁寧に身体を拭いてくれた。そして、今度はその傷口に丁寧に薬を塗ってくれる。少し沁みるが清涼な薬液の匂いは嫌いじゃなかった。
すべての治療が終わると、レティアは優莉と向かい合って、手を握った。
「ユーリ。少し嫌なことを話すかもしれないけど、何も知らされないでいるより、あなたはいろいろと知っていた方がいいと思う。だから、あなたにはちゃんと話しておきたいと思うの」
多分、救出されるまでにあったことだろう。頭目に殴られて途中からほとんど覚えていないし、全身が痛くて何が原因の痛みかも分からない。それが優莉に恐怖を与えている。それをレティアは言っているのだ。
優莉は少し震えながらも頷く。それを見てレティアは愛し気に微笑んだ。
「私が助けに入った時は、まだ頭目は事に及ぶ前だったわ。失礼かと思ったけど、全身を診させてもらったの」
頭目が組み敷いているのがまだ未成熟な少女だと分かって、頭目を捕えた後男たちを追い出して調べたが、凌辱の痕は無かった。他の女性たちの不幸を診た後だったので、その事実はレティアに小さくはない安堵を与えた。
「あなたが無事だったことは、あの場にいた女性全員の希望だったの」
本当は、女性たちだけでなく、一部の盗賊団の男たちも優莉の無事を案じていた者もいた。「そっか、無事なのか。お頭相手じゃ、怪我じゃ済まないからな」と呟いた姿があまりに印象的で、俄かには信じ難いが、荒くれ者にもそれなりに可愛がられていたようだった。どうせ縛り首になる者たちだ。そんなことを言って、優莉の心を煩わせることはしないが、あの頭目ですら殴って気絶した優莉を見て動転し、事に及べなかったというのが事実だ。
自分の身の潔白を聞いて、それまで口に出せなかった想いが溢れたのか、しゃくりあげるように泣きだしたのだ。気丈な娘だと思っていたが、やはり苛酷な体験は優莉の心に影を落としていて、ここに来てその箍が外れたのだろう。
レティアに縋るように抱き着くと、その豊かな胸に顔を埋めるように声を上げて泣いた。レティアは子を持ったことはないが、娘とはこのような存在なのだろうかと、愛しさが溢れてその滑らかな髪を撫でた。
優莉と出会う人間は、優莉を慈しんでしまう。それは無条件にではないが、優莉の心根や行動に触れれば、悪意を抱くことは困難だ。
優莉は無意識に魅了の魔法を使っているのではないかと疑ったぐらいだが、同行した魔術師がそのような気配はないことを保証した。ただ、魔術師は、優莉には潜在的な魔力が眠っているらしく、訓練によっては魔術師として開花する可能性があるという。
魔術師は貴重だ。魔法士程度なら多少の魔力と訓練を積めばなれるもので、小さな村にも一人二人はいるものだし、この砦にも幾人か術を使える兵士もいるが、魔術師までになると、ほとんどが王宮のお抱えになる。魔術師と魔法士の差は、精霊と交信できるかと、複数の術を扱えるかによる。複数の術を扱うというのは、相当の魔力量が必要で、精霊との交信は、それこそ生まれ持っての天与の才だ。それを、この少女は素質を持っているという。
まったくもって目が離せない娘だった。
泣き疲れてようやく寝付いた優莉を見つめながら、レティアは一つの決心をする。
この世界は、現実世界でいう欧米人よりも若干体格がいいです。
なので、彼らから見ると優莉は、まだ12、3歳の少年のように見えます。
ディーンが赤面したのは、ちゃんと優莉の年齢も性別も分かった上でのことです。
閲覧ありがとうございました。