尋問
襲撃者が引き続き人権を無視されていますが、直接的な表現はありません。
それでも苦手な方はご注意を。
衛兵に知らせて賊を引き取ってもらうまでにもひと悶着あった。
魔術師と神官にはレオンが持っていた捕縛用の魔道具で、魔術が使えないように拘束して、他の人間をどうするかという運びになった。腱を切られた男達と一番の重傷を負っている腕を無くした男に止血をしながら、今ならユーリの力でこの傷を治せるのはではないかと思い、それを言うと、リドワールとレオン、ロランの三人は、呆れたような顔になった。
「一般的には良い心根と思いますが、この際は不要です」
一番信用度の高いロランがユーリを諭す。この男達は、自分たちが受けた仕打ち以上の事を他人にしてきているはずで、自業自得であると。確かにロランにしたことと、ユーリにしようとしていたことを思えば、ユーリの考えは温いのもしれないと思う。ましてや、傷を治して捕縛の際に暴れられでもしたら、衛兵にも少なからず怪我人が出るだろうと言われれば、ユーリとしても黙るほかない。
「私とユーリで衛兵を呼んで来る」
止血がひと段落したところで、リドワールがそう言い渡す。特におかしな言動ではないのだが、ユーリは何か引っかかるところがあった。
ひそひそとレオンに耳打ちするリドワールを見て、この二人はいつからこんなに仲が良くなったのか不思議に思うユーリだったが、その姿を見てからの先ほどのリドワールの言葉だったので、ふと思い当たることがあった。
「もしかして、わたしがいない間に、レオンさんにこの人たちを拷問させようとしてるんじゃないんですか」
二人が助けに来た時の冷酷さは肝が冷えるものだったが、あの怒りが解けた訳では無いことは雰囲気で分かる。ユーリを遠ざけている間に、賊たちに何かするのではないか、とユーリは疑念を持つ。
「拷問なんてするか。大事な生き証人だからな」
爽やかな笑顔でリドワールが言うが、こんなに信用のならないことは無かった。リドワールのこの笑顔は、本心を偽る時の常套手段だったからだ。顔を顰めながらリドワールを見ると、レオンも話に乗って来た。
「そうだ。新しく傷を負っていないか、ユーリが帰ってきてから確認すればいいだろう?」
と、居残り組を申し出たレオンが言うことももっともで、ロランも残ると言うのでユーリは渋々ながら了承した。確かに、この街で一番衛兵に顔を知られているユーリが知らせに行くのが、一番の適任というのは間違いない。
リドワールにさり気なく肩を抱かれて、その場から強制退場させられた。
衛兵の詰め所までそれほど距離は無いのだが、やたらとくっついてきて歩みの遅いリドワールのせいで、詰め所まではユーリの体感で三~四十分はかかったと思われた。距離を置こうとして、リドワールに少し悲し気に「心配したんだ」と言われれば、無下にすることも出来なくて、ユーリはリドワールのいろいろな所を確認と称して撫でる手を心を無にしてやり過ごした。詰め所近くまで来た時に、肩にあった手が腰に回った時は、さすがに睨んで遠ざけたのだが、リドワールはしれっとして堪えた風もなかった。
詰め所から本部へ応援を呼んでもらって、全員で現場へ辿り着いたのは、詰め所に着いてから僅かに十分ほどの時間だった。その数倍を掛けるほど歩みの遅かった行きのリドワールの密着攻撃は、それほど煩わしいものだった。
ユーリの説教の後、リドワールは拘束された魔術師を見て眉を顰めた。
その男に見覚えがあった。
見かけたのは数年前、北のホルム帝国に派遣した魔術師の一人だ。
王太子妃ヴァレーリヤの出身国で、王太子のベルホルトとヴァレーリヤが率い、祖父であるホルム王へ生まれたばかりのベアトリスの顔見せも兼ねた使節団の一員であり、その随行者の身元は徹底的に調べられた。こういった使節団は、諸侯の力の均衡を図って各勢力から程よく随伴を選ぶもので、この男は保守派の中でも穏当な一派だったと記憶している。
多少人間至上主義の傾向があったと思うが、それでも使節団に選ばれる程なので、目立った思想の偏重は無かったはずだった。
ただ、男の出身地が気になった。南の穀倉帯の一領で、二十年ほど前に起きた豪雨災害で飢饉一歩手前まで陥ったのだが、どういった手段を用いたか、潤沢な資金で領地は回復したようだった。それから、その領では今年、倉が焼けた隣国の地へ多くの流通が見受けられ、リドワールが少しの間滞在した場所だった。
同じく術を扱う神殿の人間がいたが、そちらはただの狂信者だと見切りを付ける。今回の襲撃は、神殿からの接触なのか、それとも別の意図か、そこが鍵となると思われた。
捕らえた魔術師は、魔術師としての能力はそれほどでもないが、その裏に繋がる人間には大いに興味があった。穀倉帯出身の問題もあるが、男の魔術師としての裏の繋がりがあると見ている。
リドワールたち騎士の間で不穏な噂として立ち上る組織「黄昏」。国に属さない魔術師の非合法組織であるが、魔術の絡んだ犯罪となると、まことしやかにその名が囁かれた。厄介なのは、国の中枢にもその組織の人間が入り込んでいるらしいことだった。いくら探ってものらりくらりと躱されてしまい、その尻尾どころか影を踏むことも難しかった。
この男は、証拠は無かったが、何か失敗をしても速やかにもみ消されることがしばしばあった。それが「黄昏」の手であると、リドワールは睨んでいる。
ユーフォルト家にたどり着くまでに得た物証は、ほぼここに繋がっていた。リドワール襲撃もその一端である。
だからこそ、あとは人的な証拠が必要だった。
ユーリが賊の止血にかかっている間に、そのことをレオンへ耳打ちした。ある程度レオンもエルミナ国内の勢力図を把握しているらしく、苦い顔をしてしばし思案する。穀倉帯が絡むとなれば、レオンも他人事とは言ってもいられないことだろうし、「黄昏」についてはレオンにも心当たりがありそうだった。
「へぼ騎士。しばらくユーリを遠ざけておけないか?」
それは、レオンが魔術師の男に「聞いてみる」ということだった。そして、そんなことをユーリの前でやろうとすれば、全力でユーリが嫌がることが目に見えた。恐らく、身を挺して庇うくらいのことはしそうだった。
ユーリも必要悪があること、時に仕方のない暴力があることを理解はしているが、それを哀しく思って心を痛めることは間違いない。そして、レオンもリドワールと同じく、ユーリの心を曇らせることはしたくなかったようだ。少なくともユーリの目の前では。
レオンがやろうと言い出したのは、ここからユーリを遠ざけるのが自分よりリドワールの方が自然であることと、リドワールではありあまる力が加減出来ずに「壊して」しまう可能性が高かったからということもある。それと、未だにレオンは、ロランにした仕打ちを許すことが出来なかった。
こうしてレオンが残ることになったのだが、鋭いユーリはその意図を勘ぐった。それを宥めるようにレオンが「後で傷が無いか確かめろ」と言うが、リドワールもレオンも、「傷を作らず」に「聞く」ことが出来ることは言わなかった。
リドワールも報復を望んでいたが、今は部下を傷付けられたレオンに譲ることにする。
もしユーリが汚されていたら、誰が懇願しようと、男たちに生き地獄を見せるつもりだったが、幸いにしてユーリは自らその窮地を脱したようだった。本当にアレンはユーリを深窓の令嬢にするつもりはなかったのか、頼もしくも心配が止まらない心地だった。
ユーリは何とかしてしまえるから、ただ大人しく待つのではなく、好機があればあえて危険に飛び込んでいってしまうのだ。それが最善であっても、リドワールには歯痒かった。
その後すぐにユーリをその場から連れ出すが、ユーリを離したくなくて身体を抱き寄せると、ユーリは煩わし気にその手を払おうとする。これほど接触が難しい女性はこれまでいなかったと苦笑するばかりだ。
だが、リドワールはユーリの弱点を知っていた。こちらが弱い所を見せれば強く出られないと言う、善良な心に付けこむ悪い手口だった。
案の定、「心配した」と言えば、少し詰まったようになって、リドワールの触れる手を拒めなくなった。リドワールは、ここぞとばかりに髪や頬や背中や腰に触れる。本当は口付けて貪りたいくらいだが、こんな往来でやれば許してもらえないことが確実なので、今は触れるだけに止めた。何れにしても往来でなくても、きっと許してもらえないだろうが。
何をおいても、ユーリに疎んじられることだけはしたくなかった。
視線や吐息だけで心を虜にすると言われた「光の貴公子」であるが、ユーリにだけはその美貌も技巧も意味を成さなかった。それだけに何者にも代え難いのであるが。ユーリは、リドワールを「ただのリドワール」として見てくれる数少ない人間だったから。
詰め所へ着いて、衛兵に事の次第を伝え、応援が到着して現場へ向かうまで、来るときに掛けた時間の何分の一かの時間しか掛からなかった。兵が優秀なのは良いことだが、さて、あの似非商人の尋問は終わっているだろうか、とリドワールは大して心配もせずに思った。
あの赤毛の王子は、言動や性格は合わないが、能力的な部分に不足は感じなかった。その考えに間違いは無かったようで、何らかの情報を聞き出すことが出来たようだった。
「後で話がしたい」
そっと耳打ちするようにレオンがリドワールに顔を寄せる。
「それはユーリも、ということか」
衛兵の捕縛の手伝いをしてくるくると働いているユーリを見て、リドワールが返す。
「いや。あんたは絶対に嫌がると思う」
これは長い話になりそうだと空を仰ぐ。
「……宿の部屋は空いているか」
「ロランに二部屋空けさせるよう言っておく」
もう午後も深くなっていた。話し終えてユーフォルト家へ帰るころには、日付が変わってしまうだろう。帰宅は断念せざるを得ないようだった。サリエスに逗留した方がいいとなれば、レオンの泊まる宿が最も効率がいい。
「部屋は一つでいいぞ」
「……全く取り繕わなくなったな。貴公子の名が泣くぞ」
「ユーリを一人にすると不安だ」
「俺はあんたとユーリを同部屋にする方が不安だ」
ちょっとした睨み合いの後、ふうとため息をついてリドワールが折れた。
「やはり部屋は一つでいい」
「諦めが悪いな」
「戸口で不寝番をする。これならいいだろう」
頑ななリドワールに、レオンも深いため息をつく。
「俺の部屋の従者用の部屋をユーリに使わせて、お前の分の寝台を俺達の部屋に運ばせよう。それなら扉一枚で部屋は続いているから」
レオンなりの妥協案だったが、リドワールが不満そうにふんと鼻を鳴らした。
「お前と寝台を並べて寝るのは不本意だが、仕方あるまい」
「……おま、ちょっと、こっちが下手に出てりゃいい気になって」
「お前は私の力を借りたいんだろう?」
「そっちこそ尻に火が付いてるんじゃないのかよ」
「こちらはお前の協力など『あればいい』くらいだ。一緒にするな」
「……本気でちょっと殺意湧いた」
互いの胸ぐらをつかんで殴り合いをしかねない雰囲気で向かい合う。
「何、二人で遊んでいるんですか」
ユーリが怒って二人の隣に立っていた。二人の口元がひくついた。
「こいつとなんか、断じて遊んでないぞ」
「そうだよ。こんな顔だけ騎士なんて願い下げだね」
「……やるか」
「ああ、受けて立とうじゃないか」
今にも剣を抜きそうな勢いに、ユーリが大きなため息をついた。そして、手を伸ばすと、二人の男の耳を思いきり引っ張った。
「いいから、お手伝いしなさい!」
「わ、悪かった。手伝うから、耳を放してくれ!」
「いだだだ、ご、ごめんって!」
耳はある意味リドワールの弱点であったが、容赦の無いユーリに戦慄を覚えた。ちゃんと見えないようにはしたようだったが、未知の感覚にリドワールは必死に謝る。レオンも同じ状態で、元々下がっている目じりを更に下げていた。
その光景を遠巻きに見ていたロランは、国に冠する高官二人の情けない姿に、再びユーリだけは怒らせてはならないと、心に刻んだのだった。
もうお前らくっついちゃえよ、と言う具合でいちゃつくリドワールとレオンですが、マジメな会話もちゃんと出来ます。
あとリドワールがセクハラ全開ですけど、実際はあんなことよりもっと悪いことを考えていますね。
そんなこんなで、どんどん「光の貴公子」に(笑)が付いてしまいそうで、戦々恐々としております。