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やさしい魔女の眠る国  作者: niku9
原初の魔女
51/61

ロランの失敗

新しい章を始めました。

ロラン視点です。

 ロランは、彼の主人から預かった女性を街に連れ出した。

 まだ少女と言っていいほどの容姿で、髪と目の色を除けば好感の持てる普通の女性だった。

 パッと目を惹くような華々しい美しさではないが、ひっそりと咲いて旅人を癒す野の小さな花のようだった。ふと目を止めて愛でれば、その美しさに気付いて目を奪われるような。

 ユーリというその女性に、主人であるレオンはいたく興味をそそられたようだ。

 この周辺国には無い異国情緒のある面差しと色彩が、件の「聖女」と似通った容姿であることもあるが、その落ち着いた立ち居振る舞いも気に入ったらしい。何より、空腹を救ってもらった時の「おにぎり」とやらで、どうやら胃袋を掴まれたようだった。

 保護され、無事を確認した時は、膝から崩れ落ちるほどの安堵を味わった。頑健で図太く、多少の事では死なないと思っていただけに、行方不明となった時は心臓が止まってしまうかと思うほど心配したのに、帰ってきてみれば、何やら楽し気に珍しい料理法の説明書きを取り寄せていた。部下も首を傾げていたが、ロランはそれを見てなるほど、と思った。確かに斬新で、国へ持ち帰れば新しい商売になりそうだった。

 が、それとこれとは別だった。ロランはしばらく説教を垂れていたが、かなり上の空だった。レオンは新しい玩具に執心の子供のように、早く戻ってこないか、とユーリを心待ちにしているようだ。

 ついでのように「光の貴公子」についても話を聞いたが、ロランはそちらこそ度肝を抜かれた。

 こんな辺境で、願ってもいない大物が釣れたからだ。

 光の貴公子については、リンジアでは評価が曖昧な存在だった。その容姿が類を絶するものであることはよく伝わっているし、魔力も剣技も相当なものであることも知れている。

 だが、政治的にはまったく表には出てこずに、一介の騎士として評価が留まるだけだった。それをレオンは、胡散臭く思っているようだ。

 あの「冷徹王」が、戦うだけが能の人間に「巡視官」などやらせるものか、と。

 ロランは、国へ帰れば有能な文官としての地位がある。将来の宰相候補とも言われているが、王からお目付け役を仰せつかっているとはいえ、誰よりも王族としての器量を備えているレオンに心服しているので、こんな隣国の辺境にまで付いてきているのだ。

 レオンの才能を早くから見抜いていたのはロランだ。だから、人を見る目はそれなりに自信があり、一度会えば「光の貴公子」の器も確認が出来ると思った。

 だがその前に、ユーリが目に入った。

 レオンが、この小柄な少女のような女性に叱られているのを目撃した。どうやら変な手出しをしたようだ。

 国では巨大な商会を束ね、王宮でも存在感のある主に対しての不敬な態度に不快感を覚えるかと思いきや、その痛快さに思わず見入ってしまった。一緒に、あの光の貴公子も怒られていたのも見て、ロランの中のリドワールの人物像が固まった。「うちの主人と同類」であると。政治的器を見極めるという目的など、軽く吹っ飛んでいたが、それは決して悪い意味ではない。

 ユーリはその場面を見られて、羞恥に涙ぐんでいたが、その世慣れない感じに故郷に残してきた娘を思い出した。ロランの娘は六歳であるが。

 レオンもリドワールもユーリ本人も途方に暮れていたので、面白……気の毒に思ってユーリを宥めるのを買って出た。恐らく、二人の高貴な男達は、華やかな令嬢の扱いには長けているのだろうが、こんな可愛らしい癇癪を宥める術は持っていないようだった。

 娘の夜泣きの癇癪を思い出して、少しユーリの相手をしている間に、話が進展したようだった。結果レオンは、密談の相手に光の貴公子を選んだ。つまりは、相手を十分政治的な判断ができる人間と認めたと言うことだ。

 そして、ロランはユーリを連れて街へ出ることになったのだ。

 サリエスの街はそれなりの規模で、女性が好みそうなお茶や甘味を中心とした店もあり、その中でも落ち着いた雰囲気の店を選んで入った。

「そういえば、お昼もまだでしたね。美味しいものをいっぱい食べましょう。好きなものを選んでください」

 そう言って微笑むと、ユーリは大変恐縮して「申し訳ない」と項垂れていた。恥ずかしいところを見られたうえ、昼食まで世話になってはいたたまれないという様子だ。

「大丈夫ですよ。これは主人の財布から出ますので、所謂慰謝料です」

 悪戯っぽく伝えると、ようやくユーリは緊張を解いて、はにかむように笑った。そして、「では遠慮なく」と、店の平均より少し高めの「慰謝料として適正」な価格の料理を頼んだ。

 それからはしばらく、ユーリの考案した「レシピ」というものについて話をする。ロランは趣味が料理ということで、ユーリとは大いに話が合った。料理が運ばれてきても、しばしその話に花を咲かせて、料理が冷めてしまうほどには充実した時間だったと思う。

 なるほど、とロランは思った。

 ロランは、主人のレオンほどではないが、社交界では容姿を褒められてきた人間だ。それを前に萎縮することも不用意に浮かれることも無く、冷静な態度で適切な行動を取れる人間だとユーリを評した。

 理路整然とした説明に、機知にとんだやり取りが混じり、初対面の人間にも大らかに対応出来る人材だった。こんな女性がレオンに付けば、商談でも政治的な話でも、相手の胸襟を開らかせることが容易だろうと思う。

 これはレオンも気に入るはずだ、と。

 聖女の身代わり云々というだけでなく、レオンの側に置きたいと思わせる人間だった。控えめながら自分の意見を持つ見識があり、磨けばレオンの隣に居ても見劣りしない外見になるだろうし、何よりレオンをたじろがせることが出来る豪胆な女性など、そうそう見つかるものではない。血気に逸りがちな男の手綱を上手く取れる女性は貴重だ。

 それに加えて、初々しい少女のような面が見え隠れし、何とも言えない魅力に映った。

 愛する妻と娘がいなかったら、私も欲しがっただろう。とロランは思った。

 どういう関係かは分からないが、あの光の貴公子もユーリを特別に思っているように見受けた。どうやらレオンにとって滅多にいない好敵手の出現になりそうだ。

 思いのほか楽しい昼食を終え、主人の密談も良い頃合いだとみて、ロランは帰りを促すことにした。ユーリはまだ羞恥が残っているようだったが、ロランが執り成しを申し出ると、ようやく重い腰を上げる気になったようだ。様子から察するに、全面的に男達に非があるようなので、ロランは思い切りユーリを援護するつもりだった。

 帰る道すがら、ユーリは立ち往生している老女に声を掛けられていた。道に迷ったようだが、ユーリは厭う事無く耳を傾けていた。困った人間を見ると自然と助けてしまうようだ。

 性分なのだと思うが、足の引っ張り合いが基本の王宮や貴族の世界の人間には、何故だかとても新鮮に映る。帰ったら、主人に報告することが沢山ありそうだ。

 老女の荷物をユーリが持とうとするので、ロランは代わりにそれを引き受ける。話を聞けば、この街にいる息子夫婦を訪ねて来て、乗合馬車で大通りまでたどり着いたのはいいが、以前来た時と様子が変わっていて迷ってしまったようだ。入り口の衛兵詰め所まで戻るのは遠いし、荷物もあるので難儀していたとのこと。

 ユーリがロランを見る。その顔には、老女に付き添いたいが、ロランの意向を無視するのは嫌なのだと書いてあった。ロランは小さなため息をつく。

「主が待っているでしょうから、そうですね、街中の衛兵の詰め所までお送りするのはいかがでしょう」

 そう言うと、ぱぁっと微笑んでユーリが頭を下げた。

 それにしても、この街の人達は、ユーリが来るまで誰もこの老女に気付かなかったのでしょうかね。

 ロランは、忙しない人波を眺めながら歩き出す。

 しばらくして、衛兵の詰め所の近くまで来た時に、老女が突然道を思い出したと言った。

 見慣れた区画に来たようで、ここからはそう遠くないと言う。

 ユーリがまたロランの顔を見るが、言いたいことはすぐ分かった。要は送っていきたいと思っているのだ。近くなら、とロランも頷く。

 そうして老女の先導でしばらく道を歩くと、少し裏ぶれた通りへ入っていった。路地に入る時に、フォンと耳元を何かが掠めるような音がする。

 これはもしかすると、失敗しましたかね。

 少し考え込むロランに、ユーリが軽く緊張したように肩を震わせた。

「……失敗したかも」

 呟くユーリに、自分と同じ考えに至ったのだろうと、ロランは確信した。

「ロランさん、狙われる予定とかってあります?」

 緊張はしていても恐れはしていない口調に、ロランは可笑しくて小さく笑う。

「まあ、あると言えばありますが。あなたは?」

「ええ、あると言えばありますね」

 こんな状況なのに、ロランは面白いなぁ、と思う。やっぱりただの女の子じゃないのか、と妙に納得した気持ちだ。

「ちなみに、私は剣を持っていますが、荒事は得意じゃありません」

「そうですか。では、逃げるだけでいいですか?」

 ユーリは宿を訪ねた時には、身体に不釣り合いな剣を背負っていたが、それは今宿に置いてきている。それでも徒手にも関わらず動じる様子はない。

「ふふふ。豪胆ですね。怪我でもしたら主に叱られますので、逃げるだけにしましょうか」

「はい」

 潔いユーリの返事に気を良くして、ロランは目を細めた。

 確かにロランは剣を取って戦うことはしないが、それは抵抗しないことと同意義ではない。主人や光の貴公子には幾段も劣るが、抗う術は持っている。でなければ、あの商人王子の部下などやっていたら、命がいくつあっても足りないのだ。

 程なくして、通りを塞ぐように黒い外套を目深に被った男達が現れた。老女はそれに合わせて、慌てたように姿を消す。見事にグルだったようだ。幾人かはローブを纏っているが、如何にもな装いにロランは口元が歪む。

「少し喋らせてみますか?」

「お任せします」

 何でもないという風にユーリが頷く。きっと、大抵のことは対処できるからこその冷静さなのだろう。

 ああ、楽しいですね。年下の女性とこんなやり取りが出来るなんて。

 ますますレオンの為にユーリが欲しくなった。

 それにしても失敗しました。

 ロランは、フフと笑いながら心の中で呟く。

 こんな刺激的なこと、主を抜きにしてしまって、後で拗ねられてしまいそうです。

ユーリ、いろいろな意味でリンジアに連れて行かれそうですね。

ロランの目には、ユーリが幼女に見えていますが。

あと、ロランの中で、リドワールの株がある意味上がりました。

あれですね。ギャップ萌えです。

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