赤毛の商人 2
短めです。
怪しい人は身元のしっかりとした怪しい人でした。
街に着くと、門衛の人に入門の許可をもらう。リドワールとレオン以外はすんなりと入れたのだが、リドワールのご尊顔にまず驚かれ身分証を確認された。
リドワールの高い身分は市井に交じるのに不都合なので、別のエルリド・クロイツという身分証も持っているらしい。次いでレオンの旅証にワッとなった。リドワールは事前に通達があってすんなりと通れたので特に問題なかったが、レオンは所属している商会から行方不明の捜索が出ていたらしい。それが、大手の宝石商であるシュヴラン商会からのもので、遺体でも見つけてくれた人間には褒賞が出るということだった。
シュヴランは、リンジアの王族も出資している大商会で、いわゆる王室御用達である。宝石商は主な商売で、その他皮製品を含む衣料、装飾品、鉱石類の鉱山の運営、広くは食品、豊富な人脈を生かした人材派遣まで商っている複合商社のようなものだ。レオンはこの国における販路の再構築の責任者であったようなのだ。要はすごいお偉いさんだった。
あれよあれよという間に商会の人間が呼ばれ、ユーリたち一行はサリエスの一番の宿屋に連れて行かれた。
「ごめんな。何か俺の部下がいろいろ騒いじゃったみたいで」
あんまり悪びれた様子も無くレオンは言う。皆それぞれ用事があるので手短にしてもらいたいのだが、中々解放されない。誰かの到着を待つようだった。
「こちらも用があっての訪問だ。いい加減にしてもらいたいな」
リドワールは最初からここを離れたくて褒賞など突っぱねたいのだが、結構なお偉いさんだったレオンの恩人に何もしないのでは面目が立たないのと、事情を聞きたいと引き留められていたのだ。ユーリたちも約束の時間があるということで、一旦用事を済ませてから事情聴取でも何でも受けると言った。
取りあえずは宿も分かっているので、各用件を済ませてここへ戻ってくることを約束する。リドワールだけは大いに不満そうだったが。ユーリも褒賞はいらないが、他の人達は大商会との伝手が出来ると喜んでいたし、褒賞も決して不必要なものではないだろうから、リドワールに少し大人になってもらう。
宿を出る時に、ヒョコヒョコと足を引きずってレオンが見送ってくれた。
ユーリが最後に宿を出たが、その際そっと腕をレオンに掴まれた。
「ユーリ、絶対に戻って来てね」
耳元で囁くような声がした。声も元に戻って、低く響きのある声だった。
「?……はい。戻りますけど」
「そう。待ってるよ」
当然といった風に言ったユーリに対して、レオンはいつもリドワールが浮かべるような苦笑を口元に履いて、頭をポンポンと撫でられた。
「気を付けてね」
そう言って手を振られる。
小首を傾げながら皆に追いつくと、リドワールの不機嫌そうな顔が待っていた。何か言いたそうだったが、何も言わなかった。リドワールにしては、珍しいへその曲げ方だった。
「じゃあ、取りあえず最初に衛兵詰め所へ行って、そこから俺ら三人はさっきの宿に戻って、嬢ちゃんと兄ちゃんは鍛冶屋と騎士団の方へ行ってから合流な」
隊章は自警団三十人分と臨時の十人分の腕章で、それほど嵩張るものではないが、受け取りと返却には四人の署名が必要だった。だからそれまでは全員で行動し、その後は街に不案内なリドワールを連れて騎士団へ行くということになった。アレンのお使いも、詰め所と騎士団のちょうど間にあるので、鍛冶屋はリドワールを送り届けるついでに寄ってもらうことにした。
詰め所は、宿屋から二区画隣にあり、そこは特に問題なく隊章の受け渡しも終わった。メリノの衛兵ほど親しくはないので淡白なやり取りだけして、ベッセたちと一旦別れる。
今度は鍛冶屋へと足を向けるが、二人になった途端、リドワールはユーリの手を取って歩き出す。それは、軽く癇癪を起しているように見えた。困惑してユーリはリドワールに訴えた。
「あの、何か怒られるようなことをしましたか?」
緩く握られているので痛いことは無いが、悪目立ちすることこの上ないのだ。リドワールはフードを深く被っていても人目を引いてしまうし、街に入る時に帽子を被って髪を覆っているとはいえ、象牙色の肌も黒い目も珍しいユーリもリドワールといれば自ずと目に入ってしまう。
それとなく目立っていることを伝えたのだが、リドワールは不機嫌さを隠しきれていないことを自覚したのか、隣に並んで歩調を合わせて歩き出した。手はまだ繋いだままで。
「知り合って間もない女性にベタベタするヤツに腹が立った」
ポツリとリドワールが告白する。リドワールは騎士であり、騎士は女性に対して決して不埒な真似を働かない。エスコート以外に初対面の女性に触れる行為は、噴飯ものなのだろう。だが、それがどうして「手つなぎ」になるのか。そう言うと、更にリドワールの不機嫌さが増す。
「あの似非商人に腕を掴まれてもいいのに、私は駄目なのか?」
宿を出る時のことを言っているのだろう。それにしても、既にレオンを似非商人とか言っているし。急に親し気にするレオンに、一緒にいる友達を取られた気分にでもなったのだろうか。
「嫌とか誰がいいとか悪いとかではなくて、子供じゃないので手は繋がなくて大丈夫です、という意味ですから」
接触の回数は親密度を測るものではないし、今この時に手をつなぐ必要性が無いことを、さすがに呆れて言うと、リドワールは指に少し力を入れた。
「子供じゃないから駄目なんだろ」
ほとんど聞こえないほどの声で呟く。訝し気にリドワールを見上げると、ふいと視線を逸らされた。本当に子供か、と突っ込みたくなる。
「とにかく、私はアレンからお前を預かってるんだ。お前を保護するのは私の役目だからな」
まあ、そういうことだろうとは思ったが、何もそこまで責任感を感じなくてもいいのにと苦笑する。
「ありがとうございます」
「絶対に分かってないな」
「何がですか?」
「いや、いい」
何か道中もこんなやり取りをした覚えがある。レオンもだったが、途中で何かを言いかけて、そして諦めるのだ。
多分、自分に言いたいことがあるのだが、もしかすると他人には言いづらいことで、自分で気付かないとならないようなことがあるのかもしれない。直接聞いてみたい気もするのだが、それも怖い気がする。
アレンだったら何か答えてくれるか、でもそれは自分で考えなくてならないことのような気がした。
不機嫌MAX貴公子ですね。
これまでユーリにちょっかいを掛けそうな人間には、ムッとはしても全然気にしたこともなかったのですが、自分レベルの男性が現れてかなり焦ってます。傲慢ですねぇ(笑)
リドワールは自分の価値を分かっているので、まあ仕方ないですけどね。
似非商人は、……詳しい説明はもうちょいお待ちください。