赤毛の商人 1
怪しい人が更に怪しくなっただけでした。
道中はメリノを出発した時と違って、非常に賑やかになった。
途中で拾った招かざる同行者は、名をレオン・ファロという。あまり東方の響きが無い名なので少し驚いた。
何でも、行商人という訳ではなく、隣国リンジアの大きな商会を背景に買い付け等を行うバイヤーみたいなものだという。どう見てもチャラ……もとい楽天的で人と垣根のない青年のようだが、買い付け歴は十年程になると言う。
三日前にメリノより南のコタンという街を出て、街道を北上してきたようだったが、掴まされた地図がデタラメで、夜の閉門前に街に辿り着かなかったため、仕方なく木の上に登って野宿しようとしたところに、狼に似た魔物に追いまわされたらしい。木の上によじ登って命からがら逃げおおせたが、一晩過ごして明るくなってみると、森の奥に迷い込んでしまっており、彷徨うこと更に一昼夜。昨夜になってようやく開けた所に出られたと思ったら、今度は野犬に追われてまた木の上で就寝。更に今朝は非難していた木の上から降りる際に、空腹で着地に失敗してしまって足を捻挫。商品の見本に持っていた布で足を固定したが、思うように動けずに這って何とか街道まで出たとのこと。
全員の感想は、「よくまぁ、生きてたな」というもので一致した。
馬車でベッセがその地図を見せてもらうと、盛大に顔を顰めた。
「こりゃ、ひでぇ地図だ。旧街道の廃道に誘導して、ちょうど獣が多い場所で迷うような距離で道が書かれてるな」
ここ三年で南から来る街道が、大きく河を迂回する経路から、巨大な橋を架けて距離が大幅に短縮したのだ。それをわざと旧道に置き換えて書いているので、本来なら次の街に着いている距離が、ちょうど森の中に出くわすようになっているようだ。
「誰だい、こんな粗悪な地図を売った奴は」
「それが、多分うちの商売敵のようなんだよね。結構こういう妨害もあるから、いろんな事に備えて旅をするんだけど、いやぁ、今回ばかりは死ぬかと思ったね」
あっけらかんと言うが、それがどれほど危険を回避するための技量が必要かという話だ。一人でそんな商談に臨むのだから、恐らくレオンは商人としてだけではなく、戦士としても相当な手練れと見ていいだろう。こうしている間も暢気な雰囲気を出しているが、リドワールに放り投げられた時も慣れたように受け身をしていたのだ。
どこからどう見ても「胡散臭い」人間だったが、この短時間でベッセとコーネンとは随分打ち解けていた。まあ、ベッセは誰とでも仲良くなれるが。
喋り通しでいたので、取りあえず空腹を満たすように言うと、自分の分の水筒を渡して水分を取らせた。先ほどの話が本当なら丸二日食べていないことになる。殺しても死ななそうな印象は間違いないようだ。
まず煮出したお茶を飲ませてお腹を落ち着かせ、その後でおにぎりの食べ方を教えた。すると瞬く間に食べきってしまって、しきりに「うまいうまい」と言って、水麦に興味津々だった。そこはコーネンに説明を任せて、ユーリは馬車の隣を離れた。
リドワールと目が合ったので馬を寄せると、最後のおにぎりの包みをユーリに差し出した。
「お前、あの男に自分の分を全部渡しただろう。これを食べてくれ」
それはリドワールのリクエストだったオムすびだった。
何となくユーリは感動してリドワールを見ると、静かに頭を振ってそっとそのオムすびを受け取った。
「実はわたし、つまみ食いをしていたのでそれほどお腹が空いてないんです。だからこれ一つは食べきれません。半分いただいてもいいですか?」
だって、リドワール様の分だけ大きくにぎったから、と皆に聞こえないよう顔を寄せて小声で言うと、リドワールが顔を強張らせ、ふいに手を口元に当ててそっぽを向いた。
「……今のは危なかった。自分の理性を褒めたい」
何事かを呟いたが、あまりに不明瞭だったので聞こえなかったので首を傾げると、すぐに表情がいつものものに戻った。
「分かった。では半分だ」
「はい」
ぶっきらぼうに答える声で照れていることが分かった。リドワールは、照れると赤面ではなく、微妙に顔が固まるようだった。親切にして照れるなんて、思春期の男の子みたいだ。口の中に笑いを含ませて返事をすると、オムすびを半分に割ってリドワールに渡した。口に頬張ると、リドワールが好きな甘めのケチャップライスに、半熟目にした玉子が絡んで美味しい。今日も自画自賛の美味しさだ。ここにきて、料理のスキルが上がっているような気がする。
「ありがとうございました」
食べ終わって礼を言うと、目を細めるようにして柔らかく笑った。「セクハラ貴公子」でも「光の貴公子」でもない、ただのリドワールの微笑みにユーリも笑い返す。
「ねえねえユーリ。この作り方君が考案したんだって?俺にも教えてよ」
無遠慮に投げかけられたレオンの声に、穏やかな雰囲気を壊されたリドワールの顔が不機嫌に歪んでいく。歪んでも麗しいのは羨ましい限りだが。
ユーリはため息をついてレオンの方へまた馬を寄せた。
「わたしの考案した調理法については、メリノの商会から一つにつき十センスで販売していますので、お買い上げください」
リドワールから教えてもらって知った考案権を存分に駆使する。怪我をしていてもその他は健康でお金を持っている商人なのだ。ここは一つお金で解決してもらうことにする。
そう言うと、レオンはその顔に精悍な笑みを浮かべる。
「商人なら商人らしく、ね。了解」
一瞬鋭さを見せたが、すぐに不敵な笑みに変わったので、どうやらユーリを一好敵手として認識してくれたようだった。これまではどこか「お嬢さん」として対等に見られていない気がしたが、少し認められたような気がして悪い感じはしなかった。
しばらくレオンにジッと見られたので何かあったかと首を傾げていると、レオンはユーリの視線に気付いてニッコリと笑う。何が楽しいのか分からないが、取りあえず軽く頭を下げると、レオンとユーリの間にスッとリドワールが割って入ってくる。そしてレオンを無言で睨んだ。どうもリドワールはレオンを敵認識しているようだ。
レオンは「怖い怖い」と言って肩を竦めて、馬車の中に向き直って他の人と雑談を始めた。
どうも二人の相性は悪いらしい。やれやれと思っていると、リドワールが少し不機嫌さをユーリにもぶつけてきた。
「お前は隙がありすぎだ」
「……おっしゃってる意味が分かりません」
「いや、いい。お前に理解してもらおうというのが無理な話だ」
何故かリドワールから重いため息をつかれてしまった。こちらこそため息をつきたい気分なのに。
最後には何故かユーリが非難されて終わりになった。
何だろうなぁ。出会った瞬間から馬の合わないことが分かる人っていますよね。
リドワールが友好的な紳士の仮面を着けられないのって、同族嫌……おっと、いけねぇ。