オムすび 3
怪しい人発見!
やがて街道が真っ直ぐになると、リドワールもおにぎりを取り出した。混ぜご飯から食べていくようで、リドワールは好きなものを後で食べる派なのだった。リドワールがおにぎり一つを残して食べ終わる頃、道程も半分ほどになり、森の中を行く場所へ差し掛かる。
この辺りは大型の獣が出ることもあって、少し速足で抜けようとしていたのだが、目の良いリドワールが突如馬足を止めた。
「待て、先に誰かいる」
「何、怪我人かもしれねぇ。早く助けてやらねぇと」
気のいいベッセの言葉に、刺客などの害意あるものを想像していたリドワールは、苦笑とも自嘲ともつかない笑みを浮かべた。立場の差とはいえ、ベッセのような善良な考え方のできない自分に、諦めのような感じを抱いたのだろう。
ギルフは馬車をそのまま進めると、リドワールは肩を竦めて見せ、馬車の後を追った。その背中を追うユーリの目に、燃えるような赤い色彩が飛び込んでくる。
「おおい、腹減って動けねぇんだってよ!」
先に不審人物に声を掛けていたベッセが声を上げる。近付くと、ひょろっとして見える行商人の格好をした男が顔を上げた。長く伸ばした癖の強い赤い髪を一つに無造作に束ね、顎には無精ひげを生やして形こそむさ苦しいが、顔立ちはスッキリとして、下がった目じりが何となく色気を感じる青年だった。肌が褐色で瞳は濃い青なので、東方とこちらの混血のように見える。年頃や体格はリドワールに似ているが、纏う色彩と雰囲気が全く違っている。
「悪いんだけど、何か食べ物あったら分けてもらないかな」
喉が渇いているのか、ザラザラとした声だったが、恐らくちゃんとすれば低くていい声なのだと思う。行商人のように見えるが、吟遊詩人と言われた方がしっくりとくる外見だった。とにかくリドワールとはまた違った華やかさがあった。
「それなら、少ないですけどどうぞ」
ユーリは、まだ食べていなかったおにぎりを行商人へ渡す。いろいろつまみ食いをしながら作ったので、あまりお腹が減っていないのもあって、誰かに譲ろうと思っていたのだ。
「え、女神?」
「は?」
「こんな人寂しい場所で、こんな可愛い子と出会えるなんて、奇跡だ!それになんて神秘的な黒い髪と瞳なんだ!」
おなか空いて動けなかったんじゃないの、と突っ込みたくなるほど、男は素早い動きでユーリの差し出した手をマレパの葉ごと握った。そう言って、ニコニコとしながらやたらと握った手を撫でる。
ふいに後ろから肩を引かれて、男から手が離れた。そして、手からおにぎりの包みを奪い取られると、その広い背に隠されてしまった。気付けば、リドワールがユーリを自分の背に庇ってくれたようだった。
「善意を仇で返すな」
平坦な声で言うリドワールは、ユーリから取った包みを男の掌に乗せる。その声は静かであったが、何か背筋がゾクゾクするものを感じた。どうやらリドワールは怒っているようだった。思えば、拒絶を受けたことはあっても、叱る意味以外で怒っているリドワールを見るのは初めてかもしれなかった。ちょっとというか、思っていた以上に恐い。
「あれ、ごめん。あんたの恋人だった?」
ベッセたち三人ですら気付いているだろう怒気に、空気を読まない男はあっけらかんと言う。
「違うが、勝手に触るな」
他の三人もうんうんと頷いている。その通りだが、なんとなくリドワールの言葉が恥ずかしく感じる。リドワールの背中に隠れていて良かったと思っていると、獣の咆哮かと思うような盛大な腹の虫の音が鳴り響いた。男の腹の虫の絶妙な間に、その場の全員が毒気を抜かれてしまった。
「すまんね。正直な腹の虫で」
「では、それを食べていろ。俺たちは先を急いているのでな」
そう言って踵を返そうとするリドワールの背中に、男は声を掛けた。
「俺はサリエスに行く予定だったんだが、もし方向が一緒なら乗せて行ってくれないか?もちろん、礼はちゃんとする」
「食べ物を分けてやっただけでは足りないか」
「いやー、俺も万全の体調だったらいいんだけど、足を挫いちゃってさ。腹も減ってるけど、実際に身動きできなくて困ってたのよ」
そう言って男は履いていた右足のブーツを脱ぐと、ぐるぐると布が巻かれた足が出てきて、その布を取るとその足首が大きく腫れているのが分かった。
男のチャラ……明け透けな態度に腹を立てていたリドワールだったが、さすがに怪我人にまで冷たい態度を取るには気が引けるのか、何やら思案するような顔になった。
「ギルフ。あなたの馬車にこの男を乗せてやってもいいか?」
「……ああ、構わないが」
「という訳だ。命拾いしたな」
そう言って顎をしゃくって場所を指し示すが、男は肩を大げさに竦めて足を指さした。どうやら起き上がれないらしい。リドワールは、仕方ないといったようにため息をつくと、男に手を貸そうとするが、男がちらりと抗議する。
「ええ、女の子に助けてもらった方がいい……って、痛って!」
ユーリに視線を向けて手を差し出す男に、リドワールはこめかみに青筋が浮きそうな表情を浮かべてから、強引に男の手を取って引っ張り上げた。途端、右足に体重を掛けてしまったのか、痛みに大声を上げたようだった。
「ひっどい、横暴!」
「助けてもらえるだけありがたいと思え」
そう言って男の腕を掴むと、男はまじまじとリドワールの顔を見た。
「お兄さん、凄い綺麗だね」
「……」
「あ、大丈夫。俺、綺麗なものは好きだけど、男は範疇外だから」
ここまでリドワールの容姿に気付かなかった男の目の節穴さも凄いが、それを面と向かって言ってしまう男の神経も凄かった。リドワールが無言になるが、誰もがその怒りに共感した。
突如リドワールは、男を馬車まで引きずるようにして連れて行くと、空の荷台にぽいと放り投げた。
「痛い、痛い!もう、乱暴なんだから」
よよ、と荷台にオネエ座りになって、男は嘆く。
「出発するぞ」
リドワールは男を見ないようにして馬に跨ると、自警団の三人はお互いの顔を見合わせた。だが、その言葉に誰も異存はなく、ギルフは馭者台へ、他の二人は荷台にそれぞれ乗り込んだ。
ほんの少しの道程であるが、奇妙な同行者を乗せて、馬車はサリエスへの道を歩み出した。
チャラいですね。
作者のお話にはチャラい人が必ず出てきます。
だって、すごい書きやすいんです。作者の性格がチャランポランなせいか、チャラい人は書きやすいんです。
それにしても怪しいですね。