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やさしい魔女の眠る国  作者: niku9
世界は優しい
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新しい世界 2

暴力描写があります。

女性が不快に思うかもしれない表現もあります。

苦手な方は閲覧に注意してください。

 優莉は、自分が箱入りというか世間知らずなんだということを嫌というほど痛感していた。

 人里だと思って、喜び勇んで飛び込んでいった場所は、どうやら「盗賊」という人種の住処だったようだ。

 人が歩いているのを発見して飛び出そうとしたのだが、見かけたその人間が赤い染みの付いた剣のようなものを持っていたのを見て、咄嗟に隠れようとしたのだ。明らかに真っ当な生き方をしていると言えない人種に見えた。

 だが、茂みを揺らす音に気付かれて、その人間に気付かれてしまったのだ。短跨を履いて粗末なシャツに革らしきベストを身に付けた男は、髭面に驚愕の表情を張り付けていたが、優莉の姿を確認すると、嫌らしい笑みを浮かべた。

「おい、子ネズミが迷い込んだみてえだぞ」

 絶対日本人には見えないのに、優莉は男が話す言語が聞き取れた。驚愕も大いにあったが、それよりもその言葉を聞いていい予感が何一つしなかった。

 来た道を逃げようとするが、疲れ切った脚は、恐怖も手伝いうまく動いてくれない。優莉は後ろから追いかける男たちにあっさりと掴まってしまった。

「珍しい色をしてるな。黒目と黒髪か。こりゃいい」

「顔もなかなか綺麗じゃねえか。何でガキがこんなとこにいるのか知らねえが、いい拾いもんだぜ。金持ちのヒヒ爺か好き者の奥方がいい値で買いそうだ」

 いくつも聞き取れない単語もあったが、男たちの会話から、どうやら自分は男の子だと思われているようだ。女性と知れるより身の危険は少ないと安堵していいのか分からないが、どうあっても、良くて商品のような扱いをされることが目に見えていた。

「放せ!」

 ダメ元で抵抗を試みるが、暴れる優莉を面倒に思ったのか、男の一人が容赦の無い力で殴りつけた。頭がグラついて、優莉は抵抗の力を失った。

 それからは思い出すのも辛いが、顔以外に逃げ出せない程度の殴る蹴るの暴行を受け、起き上がれるようになると、逃げられないよう足枷が付けられ、水汲みや男たちの汚い寝床の掃除や服の洗濯、食事の用意などの雑用をさせられた。勝手の分からないこの世界の雑用に戸惑うと、容赦なく拳が振るわれる。

 食事もカビの生えたような固いパンが気まぐれで与えられ、寝床も何の臭いか分からないが酷い異臭のする場所で地面にごろ寝するだけで、身体は少しも休まらない。まだ森の中にいた方がマシと思える劣悪な環境だった。

 だが、何より辛いのは、時折どこからか攫ってくるのか、女性の悲鳴が聞こえ、それをどうすることも出来ないことだった。男たちは女性たちを「商品」と言っていたので、優莉と同じようにまとめてどこかに売る算段なのだろう。優莉と違って連れてこられた女性たちは、男たちの慰み者にされているようだ。

 暴力にも心が折られそうになるが、それよりも自分の性別がバレてしまった時のことを思うと気が気ではない。それに、たまに事が終わった後の女性たちの世話をさせられるが、何より女性たちのことを思うと身が張り裂けそうだった。

 こき使われる雑用の合間に女性の世話をし、出来るだけ話を聞いて慰めた。皆、遠くはない村から攫われてきて、帰りたいと嘆いていた。

 女たちが言うには、ユーリの言葉は少したどたどしいらしい。だが、発音が悪い訳ではないので、皆ユーリは似た言語圏から攫われて来たと思っているようだった。

 ユーリがここに来て半月ほど経つ頃には、言葉にも雑用にも慣れ、盗賊たちともそれなりのコミュニケーションが取れるようになっていた。特に食事が気に入られたらしく、簡単な雑用を手伝ってくれる者もいた。女性たちも、食べ物をちゃんと食べるようになってくれて、体力が戻りつつあった。

 そんな生活の中、夜の酒盛りで酌をさせられていた時だった。その時に酔った一人が話しているのを聞いて、自分たちが売られるのが十日後だと知った。このままでは本当に自由が奪われてしまうことを痛感する。

 次の日から優莉は、何とか外界との接触が出来ないか試みる。足枷があって逃げ出すことは不可能だが、外に出ることは可能だった。

 男たちの監視の目を盗み、持っていたハンカチを少しずつ千切り、水汲みの時にそっと下流に流した。一度にたくさん流すと見つかってしまうので、慎重にタイミングを計って流し続けた。本当は文字が書ければよいのだが、話し言葉は分かっても、盗賊たちの持ち物に書かれた文字を見てもまったく分からなかったので断念したのだ。

 そうこうするうちに七日が経ち、優莉は手元からなくなるハンカチの切れ端を見て、諦念が支配しそうになった。これだけ流しているのに何も動きが無いのは、この下流には人がいないか、どこかで引っかかって人の目につかないか、あるいは見た人間がいても誰にも不審に思われていないのかも、と疑念ばかりが頭をよぎる。

 最後の布を流したその夜、売りに出されるまであと三日も無い時だった。

 いつものように食事の用意をし、言われるまま酌をしていると、盗賊団の幹部らしき男たちが帰ってきた。下っ端たちは、下品で粗野で優莉に暴力ばかり振るうがそれだけと言えばそれだけだが、幹部、特に頭目は恐ろしかった。常に殺される覚悟が無いと傍に居られないのだ。

 優莉の前に下働きをしていた少年は、頭目の不興を買って手を切られたうえ、森に放されたそうだ。優莉が幸運にも出会わなかっただけで、この森には熊や狼などの猛獣の他、魔獣と呼ばれるような魔力を持った獣がおり、恐らく二日と生きてはいられないとのことだ。

 優莉が森から出てきた時、盗賊たちは非常に驚いた様子だったので問い詰められたが、優莉は頭を殴られたらしく記憶が混濁しているが、森の奥で目が覚めて四日間森の中を彷徨ったと話した。盗賊たちは森に捨てられる子供も珍しくないらしくその話を信じた。しみじみと「運が良かったなぁ」と言われたのが印象深かった。

 それは、優莉の外見が黒目黒髪で闇の愛し子と言われるもので、迷信深い者が多い盗賊団では、闇の精霊が優莉を守ったと思っているようだ。

 頭目もその一人で、盗賊団には縁起がいいと言っていた。

 その頭目が優莉を呼び寄せ酒を注がせる。

「この飯はおめえが作ってるんだってな」

 優莉は無言で頷く。最初は不遜だと言って殴られたが、いつ女性っぽい声だと気付かれるかもしれないので、極力喋らないようにしていただけなのだが、それが負けん気の強い坊主、と思われるようになったのか、ここ数日ほどは殴られることはなくなった。

「手下どもが言っていたが、おめえは気が利くんで女たちも落ち着いてるとか。仕事も手を抜かねえらしいな」

 思わぬ褒め言葉だったが、ちっとも嬉しくない。それでも女性たちが少しでも気を休める手伝いができているのなら嬉しい。

 安堵に目を伏せると、それを見た頭目が図太い手を伸ばして優莉の顎を掴んだ。その目には暗い熱が浮かんでいる。

「売るのは、惜しいな」

 何のことか瞬時に分からなかったが、引き寄せられて、それがどういうことか分かった。

「趣味が変わったんですかい?」

 幹部が笑って揶揄するが、頭目は満更でもなく言う。

「まあ、こいつなら悪くねえな」

 そう言って何気なく優莉のシャツの胸に手を掛けると、前を引きちぎった。優莉は上げそうになった悲鳴を辛うじて飲み込む。が、頭目の目が優莉の胸元にくぎ付けになるのを見て、命はとは別の身の危険が迫っていることを悟った。

「……おめえ、女だったのか」

 その呟きを聞いて周りが騒然となる。

「そんなバカな。そんな恰好して、殴っても泣かねえし。ましてや女が一人であの森を生きて抜けるなんて無理でさあ。それに、とても女とは思ねえ動きをして……」

 信じられないとばかりに幹部の一人が言い募るが、頭目はいよいよ可笑しいとばかりに大笑した。

「そりゃあ、いい。並みの女じゃねえってことだ!」

 頭目は、優莉の身体を担ぎ上げると、歩き出した。

「こいつは俺の女にする。明日まで誰も部屋に来るなよ」

 そう言い残して、頭目は自分の部屋へ優莉を連れて行った。

 恐怖で体が震えるが、ダメでも目一杯抵抗してやろうと震えを無理やり止めた。

 雄偉な体格の頭目がゆったりと寝られるような寝台に転がされる。

「ちっと肉は足りねえが、やっぱりいいとこの出なのか?」

 荒れていないユーリの頬を撫でて呟く。その腕に爪を立てるが、分厚い皮膚は傷一つ付けられない。その腕も一つにまとめ上げられ、ジーンズに手が掛かった。

「や、だ!放せ!」

 暴れる足を身体で押さえつけ、男の手が下肢に無遠慮に手が伸びてきて、悲鳴すら喉の奥に張り付いてしまった。

「抵抗すりゃ、怪我するぜ」

 興奮で目のギラつく頭目の顔が首筋に下りてくる。脳裏に哲也の顔が浮かんだ。

「いやだ!……たすけて、西野さん!」

「ああ?ニシノ?おめえの男か?気の強い女が泣くのはいいが、他の男を呼ぶんじゃねえ!おめえは俺の女になるんだよ」

 頭目は嫉妬のようなものを滲ませて、思い切り優莉の頭を殴った。脳が揺れるような感覚がして、痛みよりも意識が朦朧とする感覚が怖かった。

 だから、その後に起こった騒動をほとんど覚えていない。

 混濁する意識の中、狼狽する頭目の声と悲鳴、あと力強くけれど優しく自分を抱きあげる誰かの腕の感触を僅かに感じ取るだけだった。

【補足】

優莉は、決して男の子っぽい外見ではありませんが、こちらの世界では女性は髪が長く、スカートを履くものという絶対的な認識があって、女の子と認識されていませんでした。

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