セクハラ貴公子
題名からして常軌を逸していますね。
でも、これしかタイトル思いつかなかったんだもの。
作者的には、一番好きなタイトルです。
近頃リドワールは怪我の療養の間に鈍った感覚を取り戻すかのように、アレンと手合わせを重ねている。ユーリもアレンに手ほどきを受けているが、それがいかに生ぬるいものであったか思い知る。
刃を潰した模擬刀とはいえ、二人の打ち合いは見ているこちらが肝を冷やすような激しいものだった。剣技においてはアレンに譲るが、リドワールは持久力と勘に優れており、打ち合いも粘られてしまうとアレンも一本取られることもあった。
そういえば最近、アレンとリドワールは何やらコソコソとユーリに聞こえぬよう耳打ちをしていることがあった。
誰にも言ってはいないが、ユーリはリドワールの傍に居ることが多かったせいか、何故だかリドワールの周りにいる精霊が感知できるようになっていた。
そんなユーリに精霊も気を許しているのか、たまに悪戯をしてその会話を届けてくれることがあるのだが、大概子供じみて呆れるような内容であった。もちろん、リドワールには内緒であるが。
「私が勝ったらアレンの秘蔵の酒をもらう」
「では、私が勝ったら今日のおかずのコロッケを一つ所望します」
「何!コロッケか!」
真面目な顔をして二人が話し合っている姿は、どう穿ってみても国の大事を憂いているようなやり取りでもしているようにしか見えない。アレンは未だに衰えぬ容姿に成熟した雰囲気が目を惹くナイスミドルであるし、リドワールに至っては国の至宝と呼ばれるほどの美丈夫なのだが、このような会話が繰り広げられているのを世の女性たちが知れば、間違いなく何パーセントかの熱は冷めるであろう。
ユーリはつくづく見た目で得する人たちだなぁ、と二人を白けた目で眺める。
時折ユーリもその稽古に加えてもらう(半ば強制)のだが、やはりというか当たり前というか、明らかな手加減をした状態でもリドワールから一本取ることは出来なかった。
ある日、アレンが街に出て不在時の稽古の時、悪戯心が働いたのか、リドワールが悪そうな顔をして一つの提案をしてきた。悪そうな顔をしても光の貴公子の美貌は決して崩れないのが癪だ。
「一つ、私と賭けをしないか?」
「嫌です」
「……にべもないな」
「わたしがリドワール様から一本取れる訳がありません」
リドワールの言う賭けは、手合わせで剣を相手から奪うか「参った」と言わせるもので、そもそもユーリの勝てる要素は何一つ無いのだ。
不当な要求をしようという魂胆なのだろうから、断固として拒否した。
するとリドワールは、いつになく意地の悪い顔をして言う。
「私は利き腕を使わないようにしてもか?そこそこの勝負になると思うが」
「そんな訳ないでしょう。大体わたしとリドワール様では体格が違いすぎます。利き腕でなくても初撃で勝負を決められてしまいます」
リドワールが本気を出さなくても、その長い腕から出される体重を乗せた上段からの一撃で、恐らくユーリの剣は弾き飛ばされてしまうだろう。いくらユーリが街の自警団では負けなしとは言っても、陸上競技で培った瞬発力が物を言うだけで、リドワールのように万能型の戦士には出し抜けるところが無い。ユーリに勝機があるとすれば、遠距離からの攻撃しかない。
「あと、何気なく左手もほとんど利き手と同じくらいに使えるじゃないですか」
リドワールは基本右利きだが、左手も遜色なく使える。左手の怪我を治したことを少し後悔した。理屈っぽく理由を並べ、ついでにハンデにも何にもならない証拠を突きつけると、リドワールはわざとらしくため息をつく。
「お前はもっと向上心のある人間だと思ったのだが、私の買い被りだったな」
その言い方にユーリはカチンときた。普段は生真面目な人間を装っているのではと思うほど、小憎らしい口調になるのだ。冷静なようでいて負けず嫌いな一面のあるユーリに、こうなったら受けて立つとしか言えないだろうという口調を押さえていた。
「分かりました。その勝負お受けしましょう」
ムッとして言うと、リドワールは、それはいい顔で笑った。
「そう言ってくれると思ったぞ。ならば、私が勝った際は、今度の夜会に出た時は、私と一曲踊れ」
ユーリは苦々しく顔を顰めた。まだ正式に招待を受けてはいないが、恐らく離宮に招かれる際は、そのまま夜会に強制参加となるだろうということで、現在最低限のマナーとしてダンスをアレンに習っていた。挨拶やテーブルマナーは、レティアからみっちりと叩き込まれたのである程度様になっていると思うが、夜会に招待されることは無いと思ってダンスは教わっていなかったのだ。
付け焼刃ではあるが、アレンと一曲踊れば壁の華となっても文句は言われまいということで、とりあえず無様に転ばない程度の練習はしていた。が、元々あまりダンスは得意ではないので、絶対に一曲しか踊らないと宣言していたのだが、リドワールはそれを面白がっているようだった。
最近分かってきたことだが、リドワールは元来こんな腹黒な一面があるようだった。
その誠実そうな見た目と柔らかい物腰で騙されがちだが、アレンとの打ち合いも結構あくどい手を使って勝つこともあるし、しれっと厚顔な頼みをごり押しすることもある。生い立ちや命を狙われていることなどで同情していたら、足元を掬われてとんだことになるくらい、姑息な一面を持っているのだ。
「分かりました。その代わり、わたしが勝ったら、今後味見をする際はご自分の手を使ってください」
ジトッとした目で睨んで言い放つと、一瞬詰まったような顔を見せたが、少し思い直して重々しく頷いた。
いや、そんなに一世一代の決断みたいな顔をするようなことじゃないでしょう、と突っ込みを心の中で入れた。
つくづく大げさなリドワールの演技力に呆れながら、ユーリは一礼をしてから剣を構える。
恐らくリドワールは、初撃から勝負を決めるような事はしない。刺客を追い詰める時は絶対的に確実な方法で仕留めるが、こういった「遊び」は長引かせて楽しむ性格だ。猫が虫やネズミで遊ぶように残忍な楽しみ方をする人でなしな面だ。
案の定、リドワールはユーリが応戦するのを楽しむように、ユーリが対処できるくらいの力で剣を繰り出してくる。
悔しいが、ユーリは対処しているのではなく、対処させられているのがわかるのだ。誘導されるように剣を振らされて、徐々に後方に追い詰められていく。その手際に、リドワールの性格の悪さが表れているようだった。結構な数、剣を振らされて額に汗が浮かんだ。
剣を振ろうとして足に何かが引っ掛かり、後方へ身体が泳いで、背中に何かが当たるのを感じた。いつの間にか追い詰められて、木の根に足を取られ、木の幹に背中が付いたようだった。そこで勝負を決められるかと思ったが、リドワールはユーリの剣を弾くことなく、ズイッと身体を寄せてきた。
「降参か?」
剣は左手で持っているので、利き手の右手をユーリの顔のすぐ傍に突いて、壁ドンならぬ樹ドンをやらかしてくれる。冷え冷えとした目で睨むと、リドワールは爽やかとも言える笑顔を向けてきた。
「強情だな。それでなくては面白くないが」
悪役のような事を言って、樹ドンしていた右手を離してユーリの額に汗で張り付いた髪を撫でるように横に流した。「それ、今必要⁉」という行為で、ユーリの動揺を誘って「参った」と言わせる気なのだろう。もはや試合ですらない。
ユーリが心の中でリドワールを「セクハラ貴公子」に認定したところで、ユーリもようやく動くことにした。
リドワールの指先が、ユーリの頬に触れようとしていた時、ユーリは不意に視線を外した。
「あっ」
「ん?」
思わずつられるように、リドワールもユーリが向いた方向へ顔を向ける。
「隙あり」
と、リドワールの包囲からスルリと抜け出して、左手の剣を弾き飛ばした。
一瞬何が起きているのか理解が追い付いていない表情で、リドワールは地面に転がった自分の剣を見ていた。
「試合中に余所見して、注意力が足りなかったようですね、リドワール様」
渾身の笑顔を見せて勝利宣言する。
思わずキョトンとしていたリドワールだったが、急に弾けたように笑いだした。裏表のない笑顔だった。
「参った。私の負けだ」
改めて宣言して試合を終わらせると、しばらく楽しそうに笑っていた。ようやく笑いを収めてユーリを見る。結構な笑い上戸なのかもしれない。
「本当にお前は、私を楽しませてくれるな」
優しい笑顔を見せて頭を撫でられた。ほぼシロと同じ扱いであった。最近特にだが、こんな子ども扱いが目立つようになってきた。打ち解けてきたと言えばそうなのだろうが、いいのか悪いのか悩むところだが、ユーリはとりあえず勝利を収めて賭けに勝ったのだ。
「それでは、わたしの言うことを守ってくださいね」
これで少し心の平安が戻ってくる、とユーリは素直に喜ぶことにした。
「ああ。約束は守る」
爽やかな笑顔を見せて宣言したリドワールだったが、ユーリは何故かその爽やかな笑顔に不安を感じた。リドワールの爽やかな笑顔は、そのほとんどが内心の企みを隠すことが多いからだ。
その不安を証明する機会はほんのすぐに訪れる。
アレンが帰る前に夕食の準備をしていたのだが、いつものようにリドワールが味見を要求してきたので、自分で食べろとスプーンを渡そうとした時だった。
リドワールは、スプーンではなくユーリの手を握り込んだ。そしてそのままユーリに持たせたままのスプーンを自分の口へ運んだのである。
「リドワール様!約束が違います!」
「何故だ?私はお前の言う通りにしただけだが」
確か、賭けの内容は「今後味見をする際はご自分の手を使ってください」と言ったのだった。確かにリドワールは、自分の手で食べていた。ユーリの手ごとスプーンを持って、だが。
「ああ!そういう意味では無いんです!」
何故こんなことになったのか。以前よりも恥ずかしいことになった結果に、ユーリは頭を抱えた。
「私は約束を違えていないだろう?」
勝ち誇ったような顔で言うリドワールは、それは爽やかな笑顔を浮かべていた。
間違いなく「セクハラ貴公子」ですよね。
好意を匂わせる言葉だけでは絶対に伝わらないユーリに、ついつい手が出てしまうリドワールですが、これでも相当我慢してます。
それでも抑えられなくて、樹ドンとかしちゃいます。
だって、男の子だもん。