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やさしい魔女の眠る国  作者: niku9
穏やかな日々
34/61

近付く距離 1

おいしいお弁当を食べて、ほのぼのと始まります。

けど、不穏な空気が……。

 早速街を出て街道を家の方向へ戻る。途中に小高い丘があり、大きな穀倉帯を見渡せる場所があった。今日は天気も良く、秋が深まる中で気温も暖かいのでピクニック日和だった。

 丘には大きな楡の木があり、荷物を下して馬を自由にすると、その木陰の平らな場所にシーツ大のレジャーシート代わりの布を敷き、持ってきたお弁当を広げた。弁当を挟んで並んで座るようリドワールに言うと、興味深げに腰を下ろした。

「地面に置いて食事をするのか」

 野営のようだな、とどこか楽し気に言う。軍に在籍していたリドワールはあまり抵抗がないようだが、布が敷いてあるとはいえ、高貴な身分のリドワールは、本来ならこうして地面に座ることなどほとんどなかったに違いない。

 それを嫌がるでもなく、ユーリの言葉に従ってくれるのだから、リドワールは余程の変わり者かもしれないと思うが、権威を笠に着て威張っているような貴族でなくて本当に良かったとも思う。

 そして、作ってきたおしぼりを渡すとそれで手を拭う。おしぼりは最初使い方が分からなかったようだが、何度か出したことがあるので、今では普通に使ってくれている。

 ちょうど昼くらいの時間になったようなので、ユーリは持ってきたバスケットからサンドイッチを取り出す。今日は、チキンのハニーマスタードソースソテーのサンドとたまごサンドだ。マスタードは、たまたまハールから仕入れることができたのだ。ハール様々である。

 チキンはパリパリと皮とジューシーな身が合わさり、大きなライ麦パンのようなものに葉物野菜と一緒に挟んだだけだが、これがまた自画自賛するくらい美味しかった。たまごサンドは、コロッケを作った時に購入した良質の油があったので、作っておいたマヨネーズを使ったものだ。

 実はマヨネーズづくりは体力がいるので、リドワールに混ぜる作業をしてもらったものだ。侯爵産マヨネーズ。きっとこの世で一番高貴なマヨネーズだろう。こちらは柔らかいバターロールのような白パンに挟んである。

 その他にもピクルスやフライドポテトも持ってきていたので出すと、パクパクと次々リドワールの胃の中に消えていった。

 リドワールは食事のマナーに大変厳しい環境で育ったので、最初食事パン以外を手で直接掴んで食べることに抵抗を示したが、今ではかなり上手に食べられるようになっていた。特にサンドイッチは、大口を開けることもあるし、食べ跡を見せるようなものだし、苦手なようだった。アレンとレティアも似たようなものなのだが、どちらかというと二人は男所帯の汗臭い騎士団に染まった生活をしていたため、ワイルドな食べ方でも抵抗なく受け入れてくれた。

 そんなリドワールであったが、やはり身に付いた所作は美しく、何を食べさせても優雅に見えるのが不思議だ。

 眼前には収穫間際の水麦(稲)が穂先を揺らして、風が吹くたびに金色の波を立てている。

「今は水麦の収穫の時期ですね。ここは冬でも大地が凍ることはないから、この収穫の後も麦を植えるので、農夫の方が休む暇がないと言っていました」

 大変だと言っても、この辺りは災害に対する備えがあり、不作でも豊作でもあまり値崩れせずに調整してくれているらしい。これは領地経営が行き届いている証拠だとアレンから教わった。

 この穀物を卸す一家は、ユーフォルト家とも懇意にしてくれている。実はユーフォルト家で食べられている米はここから買っているのだが、最初「食べる」と言った時の驚き様は凄まじかった。だが、ユーリが簡単なおにぎりを作ってあげると、食べると言った時の比ではない驚きを見せた。こんな美味いものを食べずにいたとは、と嘆いていたくらいだ。

 その後、大量に人間が食べられるように、脱穀機や精米機のようなものが作られて、今は随分楽に米が食べられるようになった。最初は、糠を取る作業だけで一日潰れた時もあったのだ。

元の世界にいた時とは少し米の種類は違うが、こちらのものは飼料用でも十分人の口に耐えうる味をしている。米の発見はユーリを満足させたが、できれば味噌と醤油があれば最高であるが、あまり期待は出来なさそうだ。海の近くには魚醤があるそうなので、今度取り寄せてみようと思っていた。

 元の世界のことは伏せてそうリドワールに話すと、驚いたように眼を瞠って興味深そうに聞いてくれていた。

「もしかすると、天災の対策にもいいかもしれないな」

 こういう所が真面目だと思うが、それはついでで味噌や醤油のくだりについて食いついてきた。

「それは美味いのか?」

「はい。いろいろな料理の幅が広がりますが、作り方を知らないので残念ながらリドワール様にお作りすることは出来ませんが。二つとも大豆を使うので、今度ハールさんにも相談して似たようなものが無いか聞いてみます」

「なるほど大豆か。恐らく東大陸が産地だったから、東方諸国でそういった文化があるか、外交使節団にでも聞いてみよう」

 リドワールに掛かると、捜索の規模がワールドワイドなので驚かされる。改めてそういう身分なのだと痛感する。自分は小さな世界で満足しているが、目の前の青年は国という巨大なものを背負う一柱なのだ。

 ユーリは、リドワール越しに金の稲穂を見ながら、小さな寂寥のようなものを感じた。いつまでもこの穏やかな時間は続かないのだと。

 リドワールの髪色の金とは違うが、稲の金の穂先を渡った風がその髪を揺らすのを見て、まるでこの美しい景色の一部のようだと思う。瞳は芽吹きの色であるが、それがとても綺麗なコントラストになっていた。

「……何だ?」

 じっと見ていた訳ではないのだが、リドワールと目が合うと笑いを含んで聞いてくる。ユーリは小さく頭を振って答えた。

「いいえ。ただ、気持ちのいい場所だなと思って。どうですか、初めてのピクニックは?」

 飲み物を差し出しながら逆に尋ねると、リドワールも辺りの稲穂を見渡して、口元を綻ばせながら目を細めた。

「ああ、行軍で感じたことはなかったが、これほど外で取る食事が美味いものとは思わなかった。景色を見て大地に触れながらこうしていると、心が洗われるようだ」

 それは本心から言ってくれている言葉だと思う。ユーフォルト家へ来た時とは全く違う、柔らかい微笑みを浮かべていたからだ。

「お前は、私にこれまで見たことのないものをたくさん見せてくれるな」

 リドワールが景色を愛でていたのと同じ眼差しでユーリを見つめてくる。ユーリのいた世界では当たり前のことをしているだけであるので、なんだかそう大層に言われてしまうと照れてしまう。

「わたしは国でやってきたことをそのままお伝えしているだけですが、リドワール様が楽しいとおっしゃるなら、ユーフォルト家を離れられるその時まで、たくさんお見せします」

 そう、リドワールは遠からずあの家を出て行ってしまう。それならば、その間にユーリが持てる知識をたくさんリドワールと共有しようと思う。ユーリがここへ来て心の傷を癒されたように、リドワールにも少しでもその心を安らかにしてもらいたい。

 リドワールは僅かに驚いたように目を開いたが、すぐに元の調子に戻って深く頷いた。

「ああ。お前が『何』を教えてくれるのか楽しみだな」

 少し悪い笑みを浮かべて意味深な顔を作る。最近こういった「悪リドワール」が出てくることが多々あった。砕けた雰囲気の時に出るので、恐らくこれも隠し持っていた地のリドワールなのだろう。意外と質が悪いのに最近気付いた。

 食事が終わると、カラッとした風に眠気が誘われるのか、リドワールが大きく伸びをした。怪我も良くなり本調子までもう少しというところだろうが、一度枯渇するまで魔力を使った弊害か、リドワールはまだ時折魔力を回復しようとして眠気を催すようだ。

 ユーリはリドワールに横になるよう促す。どうせ時間はたくさんあるのだ。リドワールも眠気に負けたのか、済まなそうな顔をして敷物の上に寝転がると、静かに目を閉じる。すぐに眠りに落ちたのか、リドワールの呼吸が深くなって小さな寝息が聞こえる。

 まるで大きな子供のようなリドワールを微笑ましく見てから、周りの片づけを始める。昼寝は今のリドワールには大切なものだが、あまり寝すぎるとかえって身体や頭が疲れて良くないので、いつも四半時くらいを目安に起こしている。それはここの片づけをゆっくりとして、馬に鞍を掛けるくらいで丁度いいだろうと目算を立て、リドワールを起こさないようにそっと立ち上がった。

 食べ終わった包み紙や軽い木皿をバスケットにしまい込み、馬を呼び寄せて鞍を付け、軽くなった荷を積み込むと結構いい時間になったと思う。気付けばあお向けて寝ていたリドワールは寝返りを打って右側を下にしていた。

 ユーリは傍らに膝を突いて座り、そっとリドワールの肩に手を置いて名を呼びながら軽く揺する。リドワールはすぐに目を覚ますが、いつも寝起きは十秒ほど寝ぼけるらしく、ユーリを見てあどけなく微笑むのだ。いつみてもその笑顔は心臓に悪い。まだ手を振り払われていた頃の方が体に優しいくらいだ。

 そうは言っても、出会った頃のリドワールに逆戻りしてほしいかと言われれば、あの頃は見ているこちらの心が痛くなるような表情を浮かべていたので、絶対に今のままの方が良かった。

 リドワールが眠気を払うように一度強く目を瞑り、スッキリとした顔で目覚める。ゆっくりと身体を起こすと、下にしていた方の髪に、どこからか飛んできたらしい枯れた麦の葉が付いていた。

「リドワール様、少し失礼します」

 そう断ってから手を伸ばして、髪に絡まった葉くずを取ろうとした。柔らかな金の髪に枯れた葉は強情にくっついていたので、少し多めに毛束を取るようにして取り除こうとしたとき、つと指に髪の毛ではない固い感触が伝わった。

 その瞬間、リドワールが酷く身体を震わせて反応を示したのだ。

「あ、申し訳ありません。痛かったですか?」

 強く引っ張りすぎたと思ったユーリは即座に謝るが、リドワールの反応はそんなものではなく、激しい怯えを含むものだった。出会った頃のような険の有る態度とも違う、「怯え」なのだ。

 右側の耳があると思われる場所を右手で覆ってユーリを凝視する。無意識に、短剣に左手が伸びている。

 その姿はまるで、ユーフォルト家に保護されて、悪夢に怯えていたあの時に戻ってしまったかのようだった。

長らく触れなかったリドワールの右耳のことですが、いつかこうなるという日が来ました。

刺客の女が言っていたとおり、それはリドワールの最も脆い部分です。

リドワールの怯えは、トラウマもさることながら、心を預け始めたユーリにそれを晒すことの怖さも含まれています。


次回も閲覧よろしくお願いします。

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