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やさしい魔女の眠る国  作者: niku9
世界は優しい
3/61

新しい世界 1

舞台が異世界になりました。

 気が付いた時、既に辺りは真っ暗で、気を失う前の暗闇がまだ続いているのかと錯覚した。

 しかし、落下感は無かったので辺りを見てみると、そこは深い森の中であった。体中ズキズキしていて、容易にはすぐに動けない。一カ所ずつ手足を確認し、骨折などが無いことを確認してため息をついた。

 あんな得体の知れない状況で、よく五体満足で生きていたと思う。

 少し眩暈はするが、とりあえず状況を確認しようとした。きょろきょろと辺りを見回すと、ある異常なことに気付いた。

 木々が切れた中天に浮かぶのは青白い月だった。真円に近い満月だ。だが、その隣にも赤っぽい月が見える。……乱視?

 瞼のうえから眼球を揉んでもう一度空を見上げるが、やはりそこには二色の月が浮かんでいる。

 ああ、これ。もしかしてファンタジーなやつ?

 優莉は投げやりな気分でため息をついた。

 あのバカ、今度会ったら一発殴ってやるんだから。

 最後の一瞬、陽菜が放った言葉は悪意に満ちていて恐ろしかった。だが、それを上回るくらい彼女が心配だった。光の輪を潜るのを見たから、恐らく陽菜は無事だろう。自分にはあの先にあるものに確信があった。出口を知っていたのだ。だが記憶はそれだけ。今ここがどこか見当もつかない。

 優莉はそっと立ち上がって自分の身体を見た。

 飛ばされた時と同じく、スキニーのジーンズとオーバーサイズのシャツ。歩きやすいデッキシューズだった。哲也と食事をするのに少し子供っぽいかなと思ったが、動きやすい服装で、今はそれをありがたく思う。

 しかし、辺りを見回すが、持っていたバッグが見当たらない。あれには今日もらった腕時計が入っていたのだ。哲也とのつながりを示すものだ。

 そう思って、胸がズキッと痛んだ。哲也とはもう会えないのだろうか。何故だか、既に心がそれを諦めているのを感じた。

 生身で渡れるのは一度だけ。女神の加護がなければ。

 ふと頭に浮かんだその言葉に狼狽する。何でそんなことを思ったんだろう。

 あの暗闇の時もそうだ。陽菜に対してもおかしな心の動きだった。まるで、忘れるよう蓋をしていた記憶が少しずつ漏れ出しているような。

 優莉はシャツの胸をギュッと握って、震える身体を叱咤した。とにかく人里に下りなければ、このままでは飢え死にしてしまう。

 だが、とりあえずは夜の強行軍はいろいろな意味で危険だった。ここがどこか分からない以上、無暗に歩いても方向を失うだけだし、ましてや獣がいるかもしれない。危険な獣は夜行性であることが多いから、とにかく見つからないようジッとしていたほうがいいだろう。ジャングルではなく森のようなので、イヌ科か熊のような猛獣を警戒すればいいだろうか。

 優莉は手近で登りやすい木を見つけると、何とか太い枝まで登ることができた。これで、少なくとも木登りができないイヌ科の猛獣に襲われることは無い。

 木に寄りかかって息を殺して浅く眠る。眠れたかどうかも定かではないが、目を瞑って身体を休めることに専念した。明日はたくさん歩かねばならないのだから。

 夜が明けて、辺りに朝もやが立ち込めると、身体が一気に冷えてきた。凍えるほどではないが、無駄に疲れる。

 昨夜は動物の気配はしたが、大型の猛獣のような気配は無かったので一安心する。が、ただ運が良かっただけかもしれないので、今夜も森で過ごすようなら、同じく警戒は必要だと思った。

 木から降りて、さてどちらに歩き出そうか、と考えていると、突如地を震わすような恐ろしい咆哮が聞こえた。恐らくかなり距離はあると思うが、これまで聞いたことのないような、巨大な生き物が発する声だと分かる。本能が、アレは近付いてはならないものだと訴える。

 立ち竦むように木の幹に寄り添い、ざわざわと項をなぞる恐怖に息を殺していると、頭上を凄まじい風切り音を立てて黒い塊が通り過ぎようとした。呆気にとられて優莉はそれを見上げる。

 竜だ。

 かなりの高度を飛んでいるはずなのに、その姿をはっきりと認識することができた。かなりファンタジーに疎い優莉でも知っている最強のモンスターだ。

 黒雲母片で出来ているかのような黒々とした身体が、朝日を受けて一部が煌めく。恐ろしい歯列も見て取れたが、恐怖もさることながら、優莉はその雄大な姿に畏怖と感嘆を覚えた。

 その風のように通り過ぎる一瞬、優莉はその竜の金の瞳と視線が交差したように感じた。いや、そんな訳はないとは思うが、目が合ってここに降りてこられたら非常に困る。慌てて木の陰に隠れた。

 優莉の心配は杞憂だったようで、竜は悠然と上空を飛び去った。激しい心音を何とか宥めて、優莉は先へ歩き出す。

 これほど異常な事態に遭遇しているが、意外と落ち着いて行動をしている自分に驚く。恐らくキャパシティを超えた事態に感覚が麻痺しているだけだと思うが、何にしても考えることができる状態は決して悪いことではないと思う。

 歩く方向は何となく決まった。竜が向かった方向へ歩くことにしたのだ。

 爬虫類(竜を爬虫類に分類していいかは謎だが)は、昼行性のものが多い。変温動物だから日の光が活動動力となるからだが、この時間に動くとなると巣穴から飛び立ったと考えるほうが自然だ。それならば、竜が人里に近い場所に巣食うとは考えられないので、巣とは反対方向に行けば、それだけ森の外へ出る可能性があると思われたのだ。竜と出くわす可能性が無くはないが、森の深部へ迷い込むよりはマシだと思う。

 早速優莉は、手近にあった長い木の枝を拾い、何かあった時の武器として携えた。杖の代わりにもなり、心強い旅のお供となる。

 人の手の入っていない森は、想像以上に歩きにくく、落葉の腐葉土に脚を何度も取られ、下草や枝に何度も肌を引っ掛けて、半日も歩くと沢山の傷をこさえてしまった。デッキシューズも泥にまみれて元の色も分からないほどだ。

 何時間歩いても一向に森が拓ける気配はなく、はっきり言って体力よりも気力が萎える状況だったが、優莉は人里を信じて歩き続けた。

 やがて優莉の耳に小さな流水音が聞こえてきた。ハッとして辺りを見回すが、まだ水らしきものは見えてこない。耳を凝らし、その音源を探ると、僅かに右前方から聞こえてくるような気がした。逸る気持ちを抑えて、慎重に先に進む。

 これまで獣らしい獣に出会っていないが、水場は獣が集まるものだ。気配を読んで、少しずつ近づいていくべきだと思う。

 一歩一歩を警戒しながら進むと、やがて岩から水が湧き出した場所に辿り着いた。鮮烈な水の香りに喉が鳴る。

 まろぶように近づくが、水を口にしようとして少し戸惑った。生水を飲んでも大丈夫だろうか、と。しかし、喉の渇きは耐え難く、腹を下すリスクと渇きを天秤にかけるが、どう考えても渇きの方が重大な問題のように思えた。ましてや目の前にあるのは湧き水だ。湧き水なら水に中る危険も少ないと思われた。

 一度決心すると優莉は迷わなかった。ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲む。優莉は、これほど美味しい水を飲んだことがないと思った。すっきりと冷たい水は甘みすら感じる。

 優莉は顔を洗い、ポケットに入っていたハンカチを濡らすと、歩いていて汗ばんだ手足や首筋を拭い、頭から水を被った。同じくポケットにあった髪ゴムで洗った髪を括ると、さっぱりとした心地で俄然気力が湧いてきたのだ。

 水があるということは、このまま水に添って歩けば川に出るのでは、と希望も出てくる。ぬかるみを避けて流れを見極めれば少なくとも山を抜けることはできるはずだった。川沿いには獣も出るだろうが、人里に辿り着く可能性もグンと上がるはずだ。

 大したサバイバル能力も知識も無いが、それがかえって優莉に絶望を与えないでいられたのだろう。

また、優莉は歩き出す決意をする。

 優莉の読みは悪くなかった。水流に添って歩くと、どんどん下りの様相になってきた。それは平地への期待も上がる。行く途中には、見たことのある木の実を見つけることができ、少しだが腹を満たすこともできた。恐らくキイチゴだったと思うが、それを少し多めに採り、近くの大きなつるんとした葉っぱで包むと、上からハンカチで包みなおし、持ち手を作った。食料も確保し、水にも困らない状況で、更に優莉の足は速度を上げた。

 日が傾いてきて、優莉は歩くのを諦め、早くに身体を休められる木を捜した。水場というより、小川に近くなってきた水流が見えないくらい遠かったが、ようやく休めそうな木を見つける。川を見失ってはならないので、来る途中に目印を付けてきた。昨夜と同じくまた木によじ登り、昼間に採ったキイチゴをちょっと食べて眠ることにした。

 余程疲れていたのか、不安定な木の上であったが、昨夜よりは深く眠ったと思う。

 幸運にも危険な生き物と出会うことなく夜を過ごし、また水流へ戻っていった。昨日と同じように身繕いをして歩き出す。

 優莉の彷徨は幸運といって良かった。木の実が無くなる頃に、また次の群生地を見つけることができ、水流もしっかりとした川となり、地下に潜って行き先が分からなくなるようなこともなかった。何より、懸念された大型の動物との接触が無かったことが大きかった。棒切れ一つで、野生の獣と対峙できる訳がないのだ。

 それでも、文明社会で育った一六歳の少女の足では、一朝一夕に深い森から抜け出ることはできなかった。

 同じような採取と彷徨を重ね、四回目の夜明けを見た後にそれは見えてきた。

 最初は岩場が出てきたのかと思ったのだが、よく見るとそれは直角に切り立っていて、明らかな人工物に見えた。少し前から獣道のよりも確かな生き物の往来のある足場を見かけるようになったものの、まだ獣道を警戒して近づかなかったが、石を組んだ道を見つけた時は小躍りするほど喜んだ。

 これで人里に出られる、と。

優莉は、陸上部だったので健脚です。また、獣医師の元にいたので、ある程度動物の知識も持っています。ですが、サバイバルはやったことが無く、歩く方向も飲み水も勘です。

良い子は真似をしないでください。

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