心を支えるもの 1
デートかな?デートですね。
ユーリと街に出かけてから二日経ち、今度は自警団の使いを頼まれてユーリが街へ出ることになった。アレンの勧めもあって、身体を動かすためにリドワールも一緒に出ることにした。
前回、大いに素顔を晒しているので、本日は最初からフードを被らずに街に入った。門でも二回目で慣れたのか混乱もなく、今日はそれほど時間も掛からずにユーリの用事も済んだ。時間に余裕もあり、帰りに少し屋台を見て、おやつを買って帰ろうということになった。たまにはこういった買い食いも悪くない。この街の名物があるというので、それを買いに広間にある屋台街に足を運んだ。
公園の円形の広場に様々な屋台が並び、それぞれが競うようにいい匂いを発して客を呼び込んでいた。その中で一際香ばしい匂いをさせている店があり、そこへユーリは近寄っていった。
「おじさん。三つください」
ユーリが声を掛けると、顔見知りなのか屋台の主人が笑みを浮かべて挨拶する。どうやらここは、糖蜜漬けの果物や木の実を生地に混ぜて蒸かす、甘い菓子を売る店のようだった。蒸したてはフカフカなのだが、冷めても食感が出て美味いのだという。
「おや、そちらはユーリちゃんのお連れかい?」
ユーリの後ろにいるリドワールに目が行くと、更にニコニコしてお祝いだと言って、一つおまけしてくれたのだ。何のことかさっぱり分からずに、二人で首を傾げるが、すぐに次の客が来たので何も聞けずにそこを後にした。
「何か祝い事でもあったのか?」
「……さあ」
何かと勘違いしている可能性もあるので、二人とも深く追求はしなかった。
菓子は両の掌に乗るほどの大きさで、それが三つになると相当な量だった。ユーリが持つと紙袋に隠れてしまいそうになるので、リドワールはその袋を引き取った。最初は大変恐縮されたが、騎士道精神と言ったら渋々引き下がった。そして、ユーリは礼を言いながらふと思いついたように言う。
「そういえば、リドさんは歩き食べをしたことありますか?」
そう尋ねられてリドワールは首を振る。いくら野営に慣れていると言っても、さすがに立ったまま食事をすることはなかった。ユーリは一つ頷くと、「一つください」と言い出す。リドワールは言われるまま袋から一つ取って渡すと、ユーリはぱっくりと菓子を割って、大きくなった片方をリドワールに差し出した。
「今日はお行儀悪く食べましょう」
驚くリドワールに構わず、ユーリはさっそくパクリと菓子を齧る。余程うまいのか、頬張った途端に笑みを浮かべる。そして、そのままリドワールにも促すように視線を寄越した。
意図は分かるが多少の抵抗がある。だが、ユーリの期待に満ちた目を見て、仕方なく一口口に入れてみた。
途端に、蒸かしたての甘い生地に、蜜漬けの木の実の香ばしさが相まった風味が鼻に抜け、またその柔らかな食感が得も言われぬ美味さだった。
しかしながら、歩いて食べるという行為は、ホロホロと崩れる木の実をうまく食べられず、ポロッと零してしまった。アッと思う間もなく、落ちた木の実にどこからかやって来た鳥が群がった。唖然としていると、隣からクスクスと笑う声がする。その声の主を軽く睨む。
「こうなると分かってやらせたな」
「はい。零して鳥に食べられるまでが、ここの名物ですので」
そう言って自分も菓子を口にするが、どういう訳か零さずに食べている。先ほどの言葉がそれで冗談だと分かる。あまりの悔しさに、今度は零すまいと必死に齧りつくが、やはりうまくいかずに鳥を呼び寄せる結果となった。
鳥が後をついてくるリドワールを見たユーリが、珍しく声を出して笑う。リドワールは最初一人面白くない気分だったが、ユーリが屈託なく笑うのを見て、何故だか不機嫌よりも徐々に楽しい気分になってきた。
「お味はどうでしたか?」
「ん。美味かった」
味自体も良かったが、思えば四苦八苦して食べたので、通常食べるよりもとても印象深く味が残った気がする。行儀悪く食べるというちょっとした罪悪感もあったが、それが却って未知に踏み込む楽しさを倍増させた。
「残りは帰ってから食べましょう。また食感が違って美味しいですよ」
そう言ってユーリが、手を拭うための手巾を取り出そうとして、ふと何かに気付いたようだった。服の中に入っていた手巾が無いことに気付いたようだった。
「もしかすると、本部で落としたのかもしれません」
書類を書いて拇印を押した際、手を洗った時に出した以外に手巾を使った覚えがないというので、恐らく本部に残っていると思われた。
取りに戻ると言うのでリドワールも共に行こうとするが、自分の失敗でリドワールを付き合わせるのは心苦しいようだった。それならと、リドワールが先に厩に行って、帰る準備をしていれば効率的であろうと申し出る。少し思案するようだったが、ユーリもそれで頷いて、できるだけ早く戻ると言って、一旦別れた。
二度目の街であるが、方向感覚には自信があるので、難なく目的地にたどり着く。荷は前回ほどないので、すぐに積み終わってしまい、手持ち無沙汰で番屋の入り口で壁に寄りかかって待っていると、女性に声を掛けられる。
「連れが居る」と言って断ること四度目で、さすがに辟易してくる。女性に対する不信は拭えたと思っていたのだが、またその思いがぶり返しそうだった。ユーリがいれば声を掛けられることも無いので、戻らないユーリをいささか責めたい気分になる。
いい加減そろそろ戻る頃だろうと本部から戻る方角を見ていると、かなり遠くにユーリの黒髪が見えた。八つ当たりのような苛立ちも感じるが、不思議と安堵も広がる。目が良いことを、狩りや戦闘以外ではあまり良いと感じたことは無かったが、今日はこの目の良さも悪くないものだと思った。
どんどん近づいてきて、そろそろユーリもこちらに気付く頃かと思った時、ユーリが誰かに話しかけられ、次いで勢いよく人気のない路地に引っ張り込まれるのが見えた。知り合いのようだったが様子がおかしい。
リドワールは、意識したわけではないが、ユーリの消えた方へ自然と駆けだした。
いつかのハールやメルヴィルの忠告ではないが、良い予感はしないので、とにかくユーリの姿を追った。
青い春ですね。