変化 1
街へやってきました。
何だか二人の周りがザワザワします。
三日後、リドワールはユーリを伴って街へと出かけた。
前日に馬に乗ってみたが、もう傷に障るようなことはなく、怪我についてはほぼ完治したと言っていい。懸念していた左手も、右手と変わりなく動かせるようになった。体調に影響を与えずに、あれだけの傷をこの短期間に直したユーリの魔法は舌を巻くものがある。
まだ魔力が枯渇寸前だった後遺症で、身体が休養を欲して睡眠をやたら取ろうとするので、もうしばらく完治までかかりそうだが。こればかりはユーリの魔法でも治すことはできないのだ。
街へは騎士団の詰め所に寄ることが最大の目的であるが、ユーリの買い物にも付いていくのに、今のいかにも「いい所のご子息」的な服装は回避すべきということで、アレンの狩服を借りている。アレンとはさほど体格が変わらないので、着慣れない感じにはならなかった。
もっとも、リドワールの容姿は何を着ていても目立つので、渋い色のフード付きマントを着用することになったのだが。街中でも、傭兵や冒険者はフードを被る者が多いので、特に悪目立ちすることはないだろうという結論だった。
道中は街道が整備されているとはいえ、獣が迷い出ないとも限らないし、たまに魔物の類も現れることがあるので、ユーリは剣と弓をきっちりと装備した。
そういえば、とリドワールは思う。ここへ来た当初から、ユーリは娘らしいスカートを履いた格好をしたことがなかった。狩服のようなチュニックの下に細身のズボンを履いて、いつも少年のような恰好をしていたのだ。
違和感はなく、むしろ似合っているので不思議に思わなかったが、年頃の娘がそのような格好をし続けるのは思えば奇妙なことだった。
今日は馬に乗るのでそれで構わないと思うが、本人が無頓着なのか、故あってのことなのか判別が付けづらかった。
街へは、ゆっくり馬を進めても半刻ほどの距離だった。
途中で獣に遭遇することもなく呆気なく着いたのだが、着いて門を通る時にひと悶着あった。
田舎町の兵士なので、リドワールの顔を知らないのは仕方のないことだが、ユーリが知らない男性を連れてきたということで、俄かに蜂の巣をつついたようなさざめきが起こったのだ。
ユーリは門衛と話していて聞こえていないようだったが、リドワールの耳にはしっかりと、「ユーリちゃんの男か?やっぱり顔か?」「俺、明日から生きていく気力が湧かない」という兵士の声が聞こえていた。職務怠慢で処罰してやろうか、と一瞬考えたが、リドワールの不穏な空気に気付いた門衛長が、青ざめた顔で慌てて蜘蛛の子を散らすように兵たちを追い散らした。どうやら門衛長はリドワールの顔を知っていたようだ。
騎士団以外ではあまり身分を大っぴらにしたくないので、リドワールは門衛長に目線で黙秘を要求すると、門衛長はコクコクと頷いた。
騒がしさにようやく気付いたのか、ユーリがきょとんとしてリドワールの顔を見たが、「何でも無い」と言うと「はい」と返事をして近寄って来た。遠巻きになった周りの兵士がまたため息をつく。何となく、皆に可愛がられているけど懐かない小動物が、自分にだけ懐いたような感覚になった。
何とも言えない微妙な雰囲気で門衛の詰め所を出ると、一気に開放的な街中に出た。街では騎乗出来ないので、馬を降りて手綱をひいているのだが、本来リドワールは街中の騎乗も許さる立場である。しかし、今は身分を隠しているので騎乗はしない。
ユーリは慣れた足取りでリドワールを案内する。目抜き通りらしきところを過ぎ、商店が立ち並ぶ区画の先の開けた場所に、大きな門扉の屋敷が見えた。それが騎士団の詰め所らしい。
門番にユーリが丁寧に挨拶をしてリドワールを振り返ると、門番が恐縮して礼をする。それに鷹揚に応えると、すぐに中に通された。ユーリは厩で二頭を世話すると言ってリドワールから離れ、門番の一人がリドワールを案内してくれるが、遠くから騎士の幾人かの声が聞こえる。
「ユーリが来てるぞ。会いに行こうぜ」
「マジか!ああ、またユーリの『クッキー』食べたいな」
「アレンさんも一緒か?」
「いや、一人で厩にいるのを見た」
「やった!急げ」
ここでもユーリを目当てにした男たちがいるようだった。どこへ行っても職務怠慢か、とリドワールは軽く腹を立てながら用を済ませるべく団長室へ向かう。
団長は、メルヴィルという五〇手前の雄偉な体格の男で、この辺りの人間の気質であまり細かいことに拘らない型の人間だった。人としては好感が持てるが、この街に来てからの兵や騎士の様子を漏らすと、困ったような笑みを浮かべながらも兵たちを擁護するので、少し眉を顰めた。
そんなリドワールのどこを微笑ましく思ったのか分からないが、「騎士にも兵にも息抜きは必要ですから」と朗らかに笑う。言いたいことは分かるが、ユーリを息抜きにするのかと複雑な気分で頷いた。
とにかく用事を早く済ませようと、騎士団専用の紙で王への返事をしたためると巡視官の指輪で封蝋した。指輪はこういった場合にも使う。
一通り用事が済むと、メルヴィルと今後について話をする。
メアリー・アンの「旅行」は、リドワールの動向に気付いて急きょきまったものらしく、周囲との調整や警備の関係、またお姫様の旅程はのんびりしたものになるため、メアリー・アンが離宮に着くのはおよそふた月半後となる予定だった。それまではアレンの家で世話になることになった旨を伝え、何か有事の際はそこへ連絡するよう申し合わせる。その間に何度か王女の警備や王都との連絡でここへも出入りするようになるため、メルヴィルにも世話になると言うと、メルヴィルは少し意外そうな顔をして礼をした。
どうやら、最初に小言を言った印象とは違い、リドワールの気さくな態度に意外さを感じたらしい。そういうところを開けっ広げに言ってしまうところが、南方の男っぽかった。
それと、と一つ忠告をされた。
「ユーフォルト家に滞在することは、あまり大っぴらに言わない方がいいかと」
「何故だ?」
「ユーリの傍にいるっていうだけで、ここの連中の恨みを買うかもしれないからですよ。ましてや一緒に住むとなると……」
「父親のアレンも一緒なんだぞ。疚しいことなど無い」
大体言いたいことは分かった。ここに来るまでも思ったが、ユーリは兵士や騎士から憎からず思われているようだった。リドワールにしてみれば、近くで過ごすことに警戒心はあまり働かくなったが、リドワールが助けられた日に手酷くユーリを拒絶した時から、指の先ほども触れ合ったこともない。まあ、この間のケチャップ事件は置いておいてだ。
ムッとして言うが、メルヴィルは「分かってない」と言いたげに首を振った。
要は、リドワールが潔白だろうが疚しいことが無かろうが関係なく、ただ今の立場は嫉妬を受ける立場にあるということだった。
確かに、あの食事を食べられるのは羨望を受けても止む無しと思う。
いや、決して食べ物につられて滞在を決めた訳ではない、とまた心の中で言い訳をする。
ユーリは隠れファンが結構います。
この国にはいないタイプの外見が物珍しいのもありますが、控えめで芯が強い大和撫子タイプなので、自己主張の強めな女性が多い国風もあって、その辺りの目新しさも人気の源です。
そういえば、ずっとユーリの容姿について描写はあまりしていませんでした。日本では大人びた目元涼やかな綺麗系の顔立ちでしたが、こちらの世界ではどこかエキゾチックな顔立ちに見えます。好みの差はあれど、他人に不快な印象を与えない雰囲気で、日本では良く道を尋ねられるタイプです。
ちなみに、陽菜はくりくりとした垂れがちな大きな目をした、守ってあげたくなる愛され系美少女です。感情の起伏によって天使系にも小悪魔系にも見えますが、自分も他人からも、好悪の感情がはっきりと分かれます。賛否の極端なアイドル的な感じでしょうか。ただし演技派なので、賛が大多数で信奉者を量産している感じです。