雪解け 1
またまたメシです。
ちょっとメシが続きます。
リドワールがアレンの家に来てから五日が経った。
今日アレンは、街の騎士団に顔を出す用事があり、朝から不在にしていた。
朝食を食べる前に、手と腿と背中の傷の包帯を替えるため、初めてユーリが一人でリドワールの傷を診ることになった。
いつもはユーリが傷口の布を替えるついでに治癒魔法をかけ、アレンが包帯を巻くという役割を分担しているが、今日は包帯を巻くのもユーリがやるのだろう。
治療が始まる。怪我をしている場所に、触れるか触れないかの距離でユーリが手を翳すと、不思議な温もりが傷口を覆う。温かい毛布に包まるような、そんな優しい温かさだ。次いで、ひんやりとした薬液を塗った布が傷口に当てられる。最初は薄っすらと沁みるが、慣れると熱を持った傷口付近の熱を取ってくれるようで心地いい。
最後に清潔な包帯を巻くのだが、左手や腿の傷は自分で巻けるから良いが、左手がまだ不自由なので右手を巻く時や、背中の傷は腕を伸ばすと引き攣れて痛いため、自分では巻けない。小柄なユーリが一人で巻くとなると、リドワールと密着しなければならない。
まだ良くわからないユーリに近づかれることに、考えあぐねて唸っていたリドワールを余所に、ユーリはリドワールの脇で「はい」と言って包帯をリドワールに渡した。それでようやくリドワールはハッと気が付いた。今までは治療を受けるだけだったのだが、思えば包帯の前側は自分で巻いて、またユーリに渡していけばよかったのだ。
リドワールは、こんな状況ならば必ず女性に抱き付かれるだろうと思って身構えていたが、淡々としているユーリに対して、あまりに自意識過剰に思えて赤面する思いをした。ユーリが背中側にいてくれて良かったと思う。
これまでリドワールの近くにいた女性が変なのであって、世の中の女性は皆このように淡白なものなのか、と疑念を抱くようになった。
ある意味苦行のような治療が終わり、二人は食堂へ移る。
ユーリの作る料理は、半分がエルミナ国の料理で半分がユーリの故郷の料理らしく、たまに説明を受けないと食べ方が分からないものがあった。
しかし、総じて凄く美味いので、少し食事が楽しみでもあった。
今日は昼前にアレンが戻ってくるというので、パンの買い出しを頼んだようだった。そのため、今あるパンを食べきるようにと、朝食は「ふれんちとーすと」というものが出された。
柔らかいパンにナイフを入れる。最初パンをナイフとフォークで食べることに驚いたが、切ってみてなるほど、と思う。これほど柔らかければ、手でちぎって食べることはできない。掛けたハチミツが零れないよう口に運び、そのままリドワールの動きが止まった。
「お口に合いませんでしたか?」
不安そうな顔をするユーリに、リドワールは無言で首を振った。咀嚼して飲み込むのが勿体ないと思ってしまうほど、リドワールの好みの味だった。それから黙々と食べ始めるリドワールを見て、ユーリはホッとしたように、自分の分を食べ始める。
リドワールは、徐々にユーリの空気に慣れてきた。ユーリは無口という訳ではないが、姦しくもなかった。リドワールを放置するでもなく、構いすぎるでもなく、何に付けても中庸であった。
だからであろうか。何を話すでもないが、同じ部屋や食堂にいてもいつしか沈黙を居心地悪く思うことはなくなった。
居間で、アレンの書物を借りて読んでいたが、気付けば窓の外は夕空になっている。傍ではユーリが食事に使う木の実の殻を剥いたり、野菜の筋や種を取ったりしており、時折飲み物を用意して差し入れてくる。
あまり近づくとリドワールが嫌がることを知っていて、間に人が二、三人くらいいるのではないかという距離がいつもあった。
アレンが夕方に帰ってきて部屋に入った時、何とも言えない微妙な距離感の二人を見て微笑していた。
次の日もアレンは不在で、昨日と全く同じ治療の時間が繰り返された。今度は、昨日のような戸惑いはなく、包帯も順調に巻けた。
朝食を食べてしまえば、リドワールは昼食まで暇になる。
午前はユーリの家事が忙しいので、リドワールは筋力が衰えないよう軽い運動をしてみた。意外に悪くない状態なので、剣に見立てた木の枝を軽く振っていると、ユーフォルト家で飼っている白い犬の「シロ」が、その棒を興味深そうに目で追っていた。名前はユーリの国の言葉らしい。
試しに薪用の短い木切れを遠くに放ってやると、脱兎のごとくそれを追っていった。そして、それを咥えて戻ってくると、リドワールの足元にそれを置いて尻尾を振った。
うーむ、と唸ってその木切れを見ていると、洗濯を干しに外に出てきたユーリが「遊んでくださってありがとうございます」と礼を言う。どうやらシロにとってこれは大変楽しい遊びらしい。
シロが飽きるまでと思って相手をしていたが、なかなか飽きる気配がなく、とうとうリドワールの方が音を上げた。そうして遊び倒して木陰で休んでいると、ユーリが水筒を差し出してくる。それを受け取って口を付けると、爽やかな柑橘系の果物の風味がする。
すぐに飲み切ってしまうと、今度は冷たい水で絞ったと思われる布を差し出された。少し汗をかいていたので、それで拭うととても心地よくなった。
「お昼が出来るまで、ここで休まれますか?」
天気も風も心地よいので、しばらくここにいることにする。無言で頷くと、シロがリドワールの隣に寝そべってきたので、それを撫でながら少しまどろむ。
「リドワール様」
どれぐらいそうしていたか分からない。ほんの一瞬のような気もするが、目の前でユーリがリドワールを呼ぶ声で目を覚ました。
まだ少し、ユーリに起こされることに慣れず、わずかに顔を顰めてしまう。
ユーリはそれを理解していて、少し離れた場所からリドワールを呼んだのだ。
ふと、足が重いので見ると、シロが顎をリドワールの腿に乗せてこちらを見ていた。正直に言って可愛い。それで緊迫感が薄れてしまった。
シロの頭を撫でると、彼は満足そうに立ち上がった。
アレンも帰ってきていたようで、家の入口で待っているのが見えた。
「お昼にしましょう」
寝起きだったが、空腹を覚えて頷く。ユーリ自身に慣れないくせに、舌はユーリの作り出す味に慣れてしまっていた。ここへ来てから、空腹が嬉しいと感じるようになっていたのだ。
家に入る前に、アレンとユーリが話しているのを何となく聞いた。
「ユーリ、ピートさんからトマトと卵をたくさんいただいたよ」
「本当?じゃあ、今晩の夕食は、父さんの好きなアレにしましょ」
「久しぶりだな。楽しみだ」
親し気なその会話は確かに家族が交わす会話であり、外見の相似が無いだけで二人はちゃんと親子なのだと頭では分かるのだが、やはりいろいろな疑念があって感情はそれを認めたがらなかった。
同時に、自分がその中には入れない、一抹の寂しさを感じてもいた。さすがに招かざる客とまではいかずとも、この団欒は自分がいなくても成立するのだと思うと、とても複雑な想いがあった。
「リドワール様も楽しみにしていてください」
ユーリの言葉に、ハッと顔を上げる。同時に得も言われぬ安堵が生まれた。
二人とも扉を開けてリドワールが来るのを待っていてくれた。
たったそれだけのことが、リドワールの胸を温かくしてくれるのを感じたのだ。
フレンチトーストは何故あんなに美味しいのか。
素人の作者が作っても美味い。
硬いパンで作っても柔らかいパンで作っても良きです。
あとシロが可愛すぎます。
ペットって、知らない間に寄ってきて、ピッタリくっついてますよね。
ちなみに、シロはちゃんと怪我をしていない方の腿に顎を乗せてます。
夜中に寝ている飼い主の顔の上を歩いたり、自分の尻尾を追いかけてグルグルしたりしない賢い子です。