血塗られた道の先 2
今日は何とか5話投入出来ました。
ここが区切りとなるので、頑張ってねじ込みました。
戦闘シーンが続きます。
あとリドワールの貞操が……。
引き続き苦手な方はご注意ください。
咄嗟のこととはいえ、腿を刺した短剣を抜いたのは良くなかった。想定してよりも多く血を流してしまったようだ。魔力は血にも宿ると言われていて、その流血とともに更に魔力も流れ出るようだった。自分の飾り帯を解くと、傷より上の方を縛って簡易的な止血をする。馬まで行けば血止めの薬草があるのだが、追手をやり過ごして戻るのは困難であろう。
荷物は諦めて、リドワールは知人のいる街を川沿いに目指すことにした。
眠気というよりも最早気絶寸前の眩暈に抗いながら、その場を離れようとした時だった。
複数の人間の声がした。追手は思った以上に迫っていたらしい。風魔法で移動の音などを消していたのだが、すぐに見つかってしまった。
リドワールは、抜剣して一人目の剣を受ける。その背後に回り込もうとしたもう一人を短剣で牽制し、受けた剣を巻き上げると、すかさず返す刃で一人を切り伏せた。気配からしてもう一人いるはずだった。
一人は剣士、もう一人は従魔の主で、恐らくは魔法士だろうと思われた。最後に残った剣士はなかなかの手練れで、押されはしないが決定打を決めかねる技量だった。まずは、力量の読めない魔法士を片付けたいところで、リドワールはわざと隙を作ってみた。
すると相手は引っ掛かり、魔法を打とうとしてその気配をリドワールに読ませてしまったのだ。意外と近くにいたらしく、その距離ならば魔法よりも剣の方が攻撃は速かった。
魔法士を切り捨てようとして、一瞬リドワールの動きが止まった。
相手はまだ若い女の魔法士であったのだ。しかも白金色の髪と緑の瞳で、リドワールの母親を思わせる色彩であったことが災いした。
その一瞬の躊躇の隙を突かれ、リドワールは背後から斬られた。致命傷ではないが、かなりの深手だ。ぐうっと低く唸って激痛を堪えると、常人の域を遥かに超える頑健さを見せ、振り向いて自分に斬り付けた男を肩口から切り捨てた。だが、リドワールの反撃も虚しく、背後から女の氷魔法を受けてうつぶせに地面に倒れた。
「手練れを二〇人も返り討ちにするなんて、化け物ね。私が最後の一人になっちゃったじゃない。まあ、成功報酬が独り占めになるからいいけど。でももう、魔力切れかしら。エルミナの光の貴公子も形無しね」
そう言って近づいた女は、背中の傷を靴で踏みつけた。リドワールは眉をきつく寄せて呻き声を上げそうになるのを堪えた。それを見て女は嗜虐心をそそられたのか、楽し気に笑う。
「女を斬るのを躊躇したのは、やはり高潔な騎士様だからかしら。馬鹿なことをしたわね。でも私、優しい男は好きよ。綺麗な男の顔が苦痛に歪むのもね」
女の足に更に力が掛かる。痛みが脳髄まで駆け抜けるが、肩越しに女を睨んで屈する意思のないことを示す。それを見て、女は更に笑った。
「ああ、ぞくぞくするわね、その目。殺す前に少し楽しみましょ」
リドワールの握っていた剣を蹴って遠ざけると、つま先で仰向けにする。そしてすかさず伸びたリドワールの掌を地面に縫い付けるように氷の刃で貫いた。さすがにリドワールも痛みを堪えることが出来ずに、くぐもった吐息を漏らしてしまう。腱が傷付けばもう剣を持てなくなるかもしれなかった。それもここを生きて帰れればの話だが。
リドワールの感情を読みったのか、歪む顔を見てそれに気を良くした女は、仰向いたリドワールの腹に跨り、リドワールの服の前をはだけさせ、その肌に掌を這わせた。
「本当に殺すのが惜しいわ。こんな綺麗なのにもったいない」
女は恍惚としているが、リドワールは女が触れるたび、不快感しか覚えなかった。
渾身の力を奮っても、今の自分には大した抵抗が出来ないことが、狂おしいほどに許せなかった。
「あら、お気に召さない?」
反応を示さないリドワールに不機嫌そうにそう言って、何かを思いついたように急に甘く微笑んだ。
「そういえば私、エルフと混血の人間の耳って見たことがないのよね」
女はリドワールが人前で決して耳を見せないことを知っているらしく、嗜虐的な声音でそう言った。そして、その手でリドワールの髪を掻き揚げるようにして耳を露にする。
「や、めろ!」
全身を虫唾が走るような戦慄に、思わず声を荒げて女を制止するが、それが却って女を刺激したらしく、笑い声を立てて耳に触れた。
「嫌だ。魔物の小鬼みたいな形。耳の先だけ何かの傷があるわね」
女の自然に出た否定の言葉に、リドワールの胸が苦しくなった。人とは違う耳殻を恥じるように右に顔を傾けると、楽し気に女は言った。
「噂は本当なのね。これがあなたの弱点だって」
そんな噂が出回っていたことは初めて聞いたが、あながち間違いではなく、それはリドワールの幼い頃からの悪夢の象徴だった。
リドワールの表情に女は、残虐な気持ちを隠せないようだった。
「そんなに嫌なのねぇ。それなら、最後にこの耳を切り取ってあげましょう。でも、その前にいい思い出を作ってあげるわ」
そう言って女は、リドワールの左耳を口に含んだ。
リドワールは爆発しそうな嫌悪感に身を震わせながらも、できるだけ冷静さを保つように呼吸を整え、その時が来るのを待っていた。
女は嗜虐的な欲望で、自分のした行為の意味を深く考えなかった。魔力とは、自らの内にあるものを用いるだけではなく、外にある魔力も利用することができるものであると。
女がリドワールの自由を奪うために両の掌を串刺しにした氷の刃は、崩れたり折れたりしないよう魔力で補強されているのだ。
「私を満足させるまで、死なないでよ」
女が微笑んで、リドワールの服に手を掛けようと身体を起こした時だった。
女の「ひっ」と息を詰める声がし、口から大量の血が溢れた。女の喉には、リドワールの掌を貫いていた氷の刃が一直線に伸びて突き刺さっていた。リドワールは、女が氷の刃の延長線上に身体を動かすのを待っていたのだ。
二、三度女の身体が痙攣し、そのまま女は絶命した。と同時に、女の魔力で持っていた氷の刃は、その魔力の元を失い霧散する。
自分の身体の上に落ちかかる女の身体を不快気に押しのけると、先ほどまでの嫌悪感と疲労、失血のせいで暫く動くことも出来なかった。やがて嫌悪感だけでも収まると、ノロノロと起き上がり、女の纏っていた日よけの布を剥ぐと、自分の耳と胸に掛かった女の血を拭った。そして、汚れていない部分で手と太腿の傷を覆って、背中の傷を圧迫するように巻き付けて簡単な手当てをする。右手はどうにか動くが、左手がうまく動かない。早く手当てをしないと物が握れなくなるかもしれなかった。
じきに日が沈む。そうなると肉食獣や魔物がこの血の臭いを追ってやってくるだろう。そうなる前にここを離れなければならない。
幸い、女の使う魔法が氷属性であったため、血管が収縮し、血は思ったほど流れなかった。背中の傷も同じだ。このことばかりは女の属性に感謝する。
全身がバラバラになりそうなほど痛むが、それに鞭打ち、リドワールは先を急いだ。何度か気を失いかけ、倒れそうになるが、何とか森の端までたどり着くことだけを考えて進んだ。
無意識に、腰にある短剣を握る。細かい装飾が施されていて、その手に馴染んだ感触が幾分リドワールの心を落ち着けた。母の形見である、エルフの剣だ。
やがて、辺りが暗くなりかけ、目の前が夕闇の暗さなのか失血のための暗さなのか分からなくなった時、不意に目の前が明るくなったのを感じた。
「誰?」
冷静な誰何の声が聞こえる。それは若い女の声のようだった。この声にリドワールの警戒心が動くが、身体は限界を迎えていた。自分の意思とは関係なく身体が頽れる。しかしその身体は、いつまでも地面にぶつかることはなかった。代わりに、ひどく柔らかいものが自分を包むのを感じる。
「シロ、父さんを呼んできて」
何かにそう命じる声がすぐ耳元でして、「わん」と応じる獣の声が遠くからした。
「……な、せ」
放せ、と言ったつもりだったが、酷いしゃがれ声で自分でも聞き取れなかった。だが、相手にはしっかり伝わったようだった。それでも相手はリドワールを離すことはなかった。
相手は随分と小柄なようで、背の高いリドワールを支えきれずに一緒に地面に座り込んだようだったが、背中に回された手が遠慮がちに傷のない場所を撫でる。警戒心は拭えなかったが、不思議とその手を不快に思うことはなかった。
「大丈夫。もうあなたを傷付けるものはないから」
力強いその言葉に、リドワールは力が抜けていくのを感じた。
闇に意識が飲まれる前、覚えていたのはそれが最後であった。
常人なら普通死んでますね。
リドワールが常人ではないことを書きたかったんですけど、普通死んでますよね。
多少の主人公補正は掛かっています。
という訳で、ようやく主人公二人が出会いました。
次回からは、少しずつ恋愛タグを活かせたらと思います。
また閲覧よろしくお願いします。