第四章 戦闘その1
第四章 戦闘その1
「校舎全体に結界を張ったわ~。もう無機物は使えないはず」
「お、おおそうか」
窓際の角っちょで休んでいるオレ達にアテナがどこから持ってきたのかファーのついたバブリー扇子をひらひらさせながら伝達してきた。
希はまだ戻ってこない。迎撃ですっ飛んで行ってしまいそれきりだ。アイツのことだ、そのまま敵陣に突っ込んだ可能性もある。
「アテナさん、メリアさん、ご足労頂きまして有難うございます」
アモンが二人の元に近づいて礼を言う。コイツ本当にしょっちゅうお礼を誰かに言ってるよな、本当に律儀だ。
「お安い御用だから気になさらないで、お兄様」
アテナが軽~く返答した。
「いつも妹がお世話になってしまって……」
おいおい、ここは社交場じゃないぞ、戦場だぞ。
「だからいいのよ。それにしても魔王は遠隔攻撃ばかりね~、あまりお父様のことを悪く言いたくないけど、ケツの穴の小さい男ね~」
アテナは本当に歯に衣着せない言い方をする。が、いつも事実だ。
「メリア、有難う」
「……はい」
今日のメリアは何故か初めて会った時の姿を彷彿させる。しかし次が違った。
「……」
メリアは少しずつ後ずさりして身構えた。
直後、その理由がわかった。
またしても窓からの攻撃、ただし今度は無機物じゃなくて人型……って勿論、汎用人型決戦なにがしではなく――
「え、誰?」
金髪イケメン、〇ャニーズ系。ただし服は最近見飽きた古代ローマ人的ワンショルダー麻布着用だった。だが最も特筆すべき点は彼が背負っている鞘に納まっているであろう剣である。
グレートソードというフレーズを聞いたことがあるが、これこそまさにそうだろう。目測で百五十センチから二百センチはあるのではないだろうか? なぜなら彼の身長と遜色ない長さに見えるからだ。
彼は忍者のような体さばきであっという間に教室内に侵入したかと思うと素早く反対側隅に移動して、腕を背に回してゆっくりとその大剣を抜いた。そしてその場で大きく振りかぶってから表情を変えることなく大げさに振り下ろした。しかしあれほど離れていては何の意味もない。ただの素振りだ。素振りは大事な稽古だとは思うけどな。
呑気に素振りの重要性と実戦での意味合いについて思考していたオレの脇を猛烈な速さで駆け抜けていったのがメリアだった。彼女はヤツとオレとの対角線上を走りつつその大きな翼で自らの体を覆い隠した。アレにどんな意味が?
理由はすぐに判明した。あの金髪イケメンは素振りをしたのではなかった。刀身と同サイズでありながら三日月型に歪曲した閃光をこちらに向けて真っすぐに放っていたのだ。よくわからないが気功弾のようなものだろうか。アレは当たったらかなりヤバそう。いや、下手すりゃ死ぬな。いやいや絶対死ぬ。真っ二つにされる!
だが、それをメリアが阻止した。あの三日月閃光を羽で弾き飛ばし、一気にヤツの間合いまで入り込んで前蹴りを相手の顔面に食らわせ、何とそのまま全身を発火させた。ついこの間の精霊王リラクシーとの戦闘がフラッシュバックしたが、あの時は膝蹴りの後にビンタで終わった。しかし今回は燃え上がる体からキックをハイ、ミドル、ローと休みなく高速で打ち分け乱打し続けた。プロの格闘家が素人をいたぶっているかのような容赦のない攻撃だ。相手は炎上しながらボコボコのサンドバッグ状態。
オレはメリアの戦闘の凄まじさに吃驚していたが――
「またゴキブリが入って来たわよ~」
アテナの緊張感ゼロの間延びした声に気付いて振り向くと彼女はバブリー扇子で窓際を指し示していた。そこには頭が二つあって顔が犬、その下が人間の形をした怪物だった。物凄く気持ちが悪い。アレに知性はあるのか?
二つ頭はアテナに向かっていった。
「やだ、気持ち悪いわ~」
アテナは涼しい顔で化け物の感想を口にした。……そう、口にしただけなのに――
二つ頭はその場で氷漬けになった。というか窓際のおおよそ三~四メートル四方の空間だけ瞬間凍結された。
「またですね……」
「えっ!?」
アモンのセリフは何を表している? ――
今度は上方空間から上半身裸、おっぱい丸出しで下半身が蛇の半獣が突如現れ、そのままこちらにダイビングボディープレスをするつもりなのかと思うほどの勢いで上から降ってきたが――
「はああー!!」
初めて聞くアモンの雄叫びのような声。直後雷鳴が聞こえた。また雷?
確かに雷……に酷似しているとしか言えないが、天井を突き破ってイカズチが落ち、おっぱい蛇女に直撃、その容姿同様おぞましい悲鳴を上げながら目的を達することなく墜落した。
アモンの力技は初めて見る。クールで礼儀正しいけどよくよく考えれば魔界のプリンスだもんな。
「部田さん、まだです。だが、これは……」
「あっ!」
アテナが二つ頭の魔獣を凍らせた窓の隙間から入ってきたのは『ゴブリン』だった。あのルックスは多分。
一体一体は小さく、デカいやつでも百センチもないだろうが、あとからあとから湧いてくるように入ってくる。これは別の意味で怖い。
彼らは数に物を言わせてオレだけではなくアテナやメリア、アモンにも群がろうとしていた。
「部田さん、ゴブリンはさしたる戦闘力ではありません。慌てずシールドを張ってそれから気を練って攻撃してください」
アモンからついにオレへ指示が来た。指揮官からの攻撃命令。なんと感動的響き。オレはソルジャーになったのだ。こうなったらやるしかないだろう。男・部田、一世一代の晴れ舞台! 見せてやろうじゃ~、あ、ないか~!
オレは見得を切った。そして自分の頬を両手で一発張った。気合い充分! ――しかし余計なことをし過ぎた。対処は遅れ、わさわさとオレにしがみついて噛みつき始めるゴブリン達。
「いてててて」
「部田さん、飛んでください!」
指揮官から次の指示。
「よっしゃ! ……あいたたた」
ジャンプしただけではオレにまとわりついているゴブリンを払うことは出来ない。
「違いますよ! 跳ねるんじゃなくて空中に避難してください!」
「あ、そうか」
オレはさっきの練習で習得した飛行をやって空中浮遊に成功した。しかししつこいのが一匹いて、まだオレの腰辺りにしがみついていた。
「コラ! どけ! どけ!」
必死に腰をフリフリしてゴブリンを振りほどこうとしたがなかなか落ちてくれない。そしてこの行為が良くなかった。
ゴブリンはオレのベルトに捕まっていたが、安物のガチャベルトだったせいでストッパー部分が緩んで外れてしまった。
よって…………
「ああっ!!」
ゴブリンはずり落ちてオレの足首付近でまだ粘っていた。しかし本当の問題はヤツの両手にはオレのズボンが固く握りしめられていたことにある。良く見るとパンツもずり下げられていた。そう、オレは完全に下半身を露出してしまった。しかも空中で。まるで違法変態サーカス団の空中ブランコじゃ……あ! ねえ~か~。
だが、ゴブリンを何とかするのが先だ。壁面に衝突しないよう注意を払いつつも出来るだけ変化をつけて教室内を飛び回った。しかし初心者にはこの飛行術はコントロールが難しい。しかもゴブリンが足元にいるため、遠心力が加わりさらに難易度が上がっている。なんとかサーファーのように両手でバランスを取っているものの自分一人ではこの窮地から脱出不可能かもしれない。
教室内を飛び回るオレの眼前にはメリアが見えた。彼女は猛攻撃を終えて冷たく敵を見下ろしていたところだった。
「メリア! メリア! 助けてくれ!」
メリアはオレの声に気付いてくれたようですぐにこちらを向いてくれたが――
「!!」
それは見たこともないメリアの顔。この世の終わりを見たのか、大切な人を目の前で失ったのか。メリアはそういう表情だった。そして、その場でそっぽを向いて静かに横座りし二度とオレへと目を向けてくれなくなった。腰を抜かしたのだろうか、あれでは余りにも無防備で敵襲に備えることが出来ない。危険だ!
しかし今のオレでは役に立たない。誰か手を貸してくれ。オレにも、メリアにも!
周囲を見渡すとアテナの姿が視界に映った。
「アテナ! アテナ! 助けてくれ!」
両手を使えば比較的思うように動けるようになったオレはすぐにアテナめがけて飛んだ。
「いや~、来ないで~!」
何とアテナは逃げ始めた。二つ頭の半獣を冷酷に氷漬けしたアテナが一目散に走り回っている。何故だ!! ゴブリンが苦手なのか?
仕方ない。大将の手をまた煩わせるのは極めて不本意だが……
だが残念なことにアモンは群がるゴブリンを旋風でなぎ倒すことに夢中でオレには全く気付いていない。
くっそ~!! どうすればいい!?
「部田!」
「部田君!」
「ん? ……なぬ!? まさか!!」
オレの直下に全くもって想定外の人物が二人。
「何やってんのよ! 丸見えじゃない! 犯罪よ、アンタ!」
「部田君、これ」
そこに居たのはセクメトとヘーラー。いやこの話し方は完全に――
「麗! 知床!」
麗と知床はエジプト、ローマの女神のスタイルだった。だが、表情や語り口は麗と知床だ。
「お、お前ら、正常か?」
オレの記憶の中であの時、毒だかウイルスや業火を吐く二人の姿が蘇る。
「それはこっちのセリフ。空に舞う下半身露出犯なんて世界というか全時空の犯罪史上で唯一でしょうね。呆れた」
麗は大きなため息をつく。
「ああ、すまん」
横に居た知床が投げてくれたタオルをオレはキャッチして腰に巻いた。するとその行為によってバランスを崩してしまい、急降下、緊急着陸状態で着地した。
オレはようやく閃いた。最初から勢いよく着地してヤツを床に叩きつければ良かったんじゃないかと。しかしそれはオレに踏みつぶされたゴブリンの姿を見た後だから意味がなかった。
「部田、味方を戦闘不能に追い込むなんて、アンタ一体どういう存在?」
麗がぐっとオレに近づいて早速文句を言ってきた。懐かしいなこの感じ。しかも外人顔にまでなっちゃって。
「麗、前も良かったけどお前ってやっぱり飛び切り美人だよな」
うっかり頭に過ったことを口走ってしまった。オレってフッと気が抜けた時にこういうことがある。
「……は!? ……は、はあ!? ……な、何言ってん……の?」
やばい、麗の顔が真っ赤になった。また怒らせちまったかな? 確かに戦闘中に言うことじゃないよな、不謹慎だ。
「と!! 部田君! 私はどうかな?」
怒りでフリーズした麗の横から知床がオレに物申してきた。
「おう! 知床は……今の中東系もいいけど日本人の時の方がカワイイかな、エロかったし。特にあのフワモコのショーパンとタンクトップしか着ていなかった時、家事全般をかいがいしくやってくれていたじゃんか? 結婚生活ってこういうことなのかな~なんて思っちゃったりしたし」
「け!! ……け、けっこ……ん」
あ~やば。働いてもいねえのに結婚とか軽々しく女子に言っちゃいけなかったな。ちょっと衝撃受けて白目剥いているし。
「あ~あ、所詮、ブタはブタか。プタハだっただけに」
「ぬっ! その声は!?」
引き続き大量に押し寄せてくるゴブリンたちの中に混じってよ~く知っている顔が居た。
「よう! また二名ほど戦力外にしちまったな、さすがエロエロ大王!」
「な、なんだと!? お前こそ今まで何をやっていたんだ、エキドナ!!」
エキドナはそこら辺のゴブリンに片っ端から蹴りを入れて動線を作ってオレに近づいてきた。
「希が魔王本陣に突っ込んだから一緒に戦ってたんだよ」
「なぬ!? マジか!?」
「ああ、だが、向こうも同じ、ゴブリンたちがわんさか居てなかなか進軍できなくてよ、一旦引き上げてきた」
「そうか」
「んで、こっちはどうなってんのかと思いきや、まさか変態露出男の天下無双とは……貴様は悪魔か!?」
「なぬ!? 悪魔はお前だろ!?」
オレは腹に据えかねてエキドナに向かって大声で抗議した時に、腰に巻いたタオルがはらりと落ちた。
「……そうだな、お前は悪魔じゃなくて変態だった」
「あっ!! ち、ちくしょう。ズ、ズボンは?」
オレはゴブリンに取られたズボンを探したが、ヤツの爪で完全に引き裂かれていた。
「しょうがねえだろ、タオル巻いとけ」
オレは出来るだけタオルの結び目をきつめに締めたが、その作業中にまたゴブリンの群れが集まってきた。これはマズいぞ、モロだしで戦うか、男の誇りを選択して潔くやられるか……
「くはーー!!」
「なぬ!?」
固まっていた麗と知床がいつの間にやら復活してゴジラみたいに口から炎とミストを同時に吹いていた。かわいい顔が台無しだぞ、二人とも。
だが、弧を描くように噴射された二人の攻撃により周囲のゴブリンはみんな焦げながらバタバタと倒れていった。すげえな、すげえけど……
「う、麗、知床」
「?」
二人はきょとんとしながらオレの顔を見た。
「オレの命を守ってくれてありがとう。だけど、二人はやっぱり元の姿が良い。戦うのはやめてくれ」
「……」
「わかったよ、部田君。やっぱり嫌だよね、こんな怪物みたいな女子……」
麗は沈黙し、知床は落ち込んだ表情だ。
「ち、違う! 何て言ったら良いかわからないけど、誰しも素が一番だろ? 二人ともそれが今の素か? 過去世の力を借りた姿じゃないか。麗も知床もそうじゃないだろう?」
「……わかった。部田の言う通りにする」
「私も」
「そ、そうか。わかってくれたか。良かった」
オレは二人を抱きしめた。その時また腰のタオルが下に落ちた。