第二章 停戦協議その1
第二章 停戦協議その1
「な~、ハガイ~会議ってどこでやんの?」
昨日はアモンと話せて良かったが、夜はまた無人の保健室で一人さみしく過ごすしかなくてとにかく時間が経つのが遅くて困った。
ようやく朝になって教室に戻るとまたハガイが一人で窓の外の景色を眺めながら佇んでいた。
「おはようございます、部田さん。時間と場所については私も存じません。連絡を待っている状態です」
「マジか~」
アモンから大まかな出席メンバーは聞いたが、初対面且つ難しい名前のヤツが多いから予め考え込んでも仕方ないとの結論に達したので、もはやぶっつけ本番上等! の心境である。
そんな中、アモン側についてはさやか先生の弟子の『馬場どん』だけは知らないけど、希とか、お、お、小笠原先生とか~、知っているメンツが多いのが有難い。
「でも、部田さん、昨日までに比べると俄然やる気になっているようにお見受けしますけど」
「え、そう? そうかな~? 気のせいじゃないかな、ハガイ君」
オレは足取りも軽やかに颯爽と着席した。
「ほら、やっぱり。ご機嫌じゃないですか」
ハガイはジト目だ。
「いや、ホントに考え過ぎだって!」
何とか取り繕うとしたものの、どうしてもどうして~も顔がニヤけてしまう。
するとハガイが後ろ手になりながら、上司か教師が部下や生徒に冷たく言い放つように語った。
「……部田さん、ムトは多分来られませんよ。それとアバドンも」
ムトとは小笠原先生のことである。馬場どんはどうでもいい。そんなことより――
「ええええええええええええ!?」
「……何とわかりやすい反応でしょうか」
今度は苦笑された。
「どおおして!?」
「ゼカリヤ様が難色を示しましてね。部田さんが間違いなく集中しなくなるということで」
「そ、そんな……」
オレは椅子から滑り落ちるようにして床にへたり込んだ。
「あの~、落ち込みすぎではないでしょうか?」
「……放っといてくれ」
「はあ」
「ハガイ様、人間! おはようございます!」
勢いよく教室に入ってきたのは希だった。今日は学生らしく指定のショルダーバッグまでぶら下げている。JKになりたいのかね。その一方で挨拶の仕方が軍人みたいでおかしい。
自分の机に向かって移動している希の後ろ姿を何げなくチラ見した時にオレは悲しい発見をしてしまった。
「おい、希! バッグがスカートを捲り上げて少し見えてるぞ」
「え!? 何? どういうこと!?」
焦った希はバッグを引っ張り上げてしまい、パンツを完全露出して尻丸出しになってしまった。アイツいつも白レースだな。
「あ、いやいい、余計なことするな。席に着けばいい。それで解決だ!」
「え? え?」
希はセルフスカート捲り状態で犬が自分の尻尾を追い回すようにくるくる回りだした。ダメだ、こりゃ。何も言わない方が良かったのかもしれないが、こういうこともあるんだということを知っておかないと、もしこれからの会議でああいう凡ミスが出ちゃったりしたら希が可哀想だ。
「あ、部田さん。通信が来ました。本校舎の校長室で行うそうです。今からです」
ハガイが急にビックリ顔でオレに伝えてきた。
「なぬ!? 校長室!? 魔界じゃないの?」
「魔界は部田さんや天界の者にとっては波動が良くないのです。私もここが望ましいと思いますよ」
「そうか、じゃ、行くか!」
いやあ~、さすがにちょっと緊張してきた。今まで魔界と言えばエキドナとアモンしか知らないオレにとっては彼らの父親に会うというだけでもインパクトがあるのにそれに加えて有名な何人もの悪魔とも会うって……ねえ?
廊下を歩いている途中、右隣にハガイが居たが彼はいつも通りで特に表情に変化はみられない。天界にとっては特別なイベントではないのであろうか。
「いいえ、特別ですよ。魔界内部のことで天界が首を突っ込む事案などこちらでは考えられないですし、恐らく向こうも同じでしょう。全時空的特殊事案です」
「おお、そうなのか。それでもハガイは落ち着いているな」
「まあ、天界ですから」
もしかしたらオレはこの時ハガイに初めて敬意を持ったかもしれない。だが、思い返せばハガイがテンパったり焦ったりしている姿が記憶にない。実はすげえヤツかもな。どう凄いのかまだ良くわからないけど。
オレの左には希がいるが、コイツはまた軍人みたいに足を高く上げ、腕を大きく振って歩いている。出征式と間違えているのではないだろうか。朝の挨拶からおかしかったもんな。
校長室に到着した。オレは一回大きく深呼吸してから引き戸を一気に開けた。
「われ、ノックくらいしんさいや」
「……ん?」
なんかコテコテの西日本訛りの野太い声がしたが……
「これはこれはアザゼルさん、失礼しました。こちらがアモンさんの依頼で招聘しました部田さんです」
ハガイがサッとオレの前に出て、ぺこりと頭を下げてからゴリマッチョの男に紹介した。
コイツがアザゼルか……確かにヘラクレスみたいな体だ。だが、今日は彼らにとっても大事な機会と捉えているのだろうか、タイトスーツを着ている。しかし昨日の学生服姿のリラクシー同様、ピチピチ過ぎてボタンが今にもはじけ飛びそうだ。髪は整髪料でテカテカだしアダルト男優みたいだ。
校長室は大まかに見ればかつてオレが通っていた頃と変わっていないが、椅子が全部真っ黒な革張りソファーでキングサイズになっていた。応接テーブルを挟んで二列に並べられており、向かって左の一番手前にそのアザゼルが座っていた。彼の隣に黒縁メガネの神経質そうな顔つきの男がおり、そいつはエリートビジネスマン風。その隣は空席になっている。
目線を部屋の奥に移すと窓から差し込む陽光で見えにくいが、やはりキングサイズのデスクに恰幅のいい男が足を机の上に投げ出して腰かけていた。本来なら校長のデスクがある位置だが、あの雰囲気は映画で見た反社の組長そのものだ。ここは事務所か!?
左右を見渡すと恐らくオレ達が座るのであろうと思しきソファー列の後方というかその恰幅のいい反社の組長みたいなヤツの少し手前に明日太郎が居た。アイツは許可を貰えていないのかそれとも自分の意思なのかわからないがその場所で突っ立っていた。格好はなぜかまたスカジャンとウチの制服のスカートだ。
丁度明日太郎の対象位置に居たのが、アモンの言っていたシースルーの布一枚だけの女。本当にスケスケで、日本の法律では公道は歩けない。たちまち保護されるだろう。それでもオレが冷静でいられるのはこの場の張りつめた空気のせいだ。それでもあの北欧とかロシア系の顔立ち且つ金髪でスリムなのにおっぱいはデカい。ケツもデカい。美術品のようなエロビーナスと言っていいくらいの圧倒的美人である。ここまでとは思わなかったが、やはりオレは日本人の小笠原先生の方が好きかな。
それはそうと向こうは今のところ五人か。アモンから聞かされたメンバーということだろうか。
こちらはオレ達三人だけだ。主役である魔界の人物がゼロの状態で始まるということはないだろうが、人間一人と天界人二人だけというのは心細い。
「あの~、席が少々足りないかもしれませんが?」
ハガイがアザゼルに話しかけた。アイツすげえ勇気あるな。あんなボディービルダーみたいなヤツ、オレは生理的に駄目だ。
「足らんなら自分で用意しんさい」
「はあ。では失礼します」
ハガイは右手の平を斜め下辺りまで上げると何もない空間から骨組みの細いオフィスチェアをまず一脚引っ張り出した。
「よいしょっと。すみません、部田さん手を貸して頂いても宜しいですか?」
「おお、わかった」
ハガイはゲートらしき場所から引っこ抜いた椅子をオレに渡した。さらに一脚、また一脚と次から次へと出してきてきた。
何脚出すつもりかわからないので、オレは受け取った椅子を縦に重ねていった。結局十脚になった。
「そがいにえっと要らんじゃろ」
アザゼルは訛りが強くて何を言っているのか良くわからない。多分『そんなに要らないだろう』とか言っているんだと思うけど……
「アザゼル!わいの言葉は訛りが強よて何よ言ているのかわからん!」
いきなり、組長みたいな男が喋ってきた。今、何て言った?
「あんたこそ何を言いよるのかわからん」
「わいがわからん」
「あんたがわからん」
アザゼルが立ち上がり、組長の方へと一歩踏み出した。その動線上には明日太郎がいるが……
「どきんしゃい!」
「痛った!」
明日太郎はアザゼルに突き飛ばされて壁に体をぶつけてしまった。とばっちりもいいとこだ。
「そがいな調子じゃけぇ、みんなが迷惑するんじゃ」
「俺のどこが悪りのだ?」
アザゼルと組長はお互いに両手で相手の頬を摘まんで思いっきりつねり出した。
「「いてててててて」」
互いに痛みを堪えながらも意地になって手を放そうとしない。一体彼らは何をやっているのだ?
「お三人……どうぞこちらへ。アスタロトも隣に」
黒縁メガネがこちらを一瞥してオレ達を手招いた。後ろの大男達の小競り合いは意に介していない様子だ。
「どうも。さ、部田さん座りましょうか」
ぽかんとしているオレの背をハガイが軽く押した。
「あ、ああ、そうだな」
オレは三つ並んだソファから丁度黒縁メガネの正面になるよう真ん中に腰かけた。座面がふわっふわで座った瞬間にバランスを崩して後側に反り返ってしまった。
ハガイがオレの右、希は左に座った。それと明日太郎も黒縁の右側に座った。
「ベルゼブブです。宜しく」
「あ、どうも部田です」
何とこの黒縁メガネがベルゼブブなのか。ブランド物っぽいスーツをビシッと着こなし、すぐに右手を差し出して握手を求めてくるところがまさに商談を始めるビジネスマンのようだ。ハエ男のイメージが先行していたが……ま、アモンが知性派だと言っていたし、仲も良いとのことだったので、少なくともほっぺのつねりあいをしているむさ苦しいオッサンではないだろうとは思っていたが、こんなにシュッとした身なりの男とはねえ。
次にオレは隣にちょこんと座っている明日太郎をチラ見して様子を伺った。向こうはその一瞬を見逃さず――
「部田、その節は……」
「ああ、いやいやこちらこそ。それよりさっき突き飛ばされていたけど大丈夫か?」
「……慣れているんで」
場の雰囲気がそうさせたのか、本当にビジネスの席みたいな挨拶になってしまった。
「さて、アモンやエキドナはまだのようですが……」
「ああ、そうだな。ハガイ、どうなってんだ?」
何時が定刻なのか知らんが、向こうが全員揃っているということは遅れているのではないのだろうか。ビジネスでこれはいかんね。ベルゼブブは今のところそれほど気にしていない様子だが。
「そうですね。ゼカリヤ様に伺いま――」
「お待たせ致しました」
ハガイの返答途中にアモンがいきなり室内に登場した。彼もまたウチの高校の制服だ。ということは……
「いや~、遅れて悪ぃな」
すぐさまエキドナも現れた。やはり制服。
「おお、アモン、エキドナ。待っていたぞ。オレが真ん中に居るのもおかしいしこっちに座れよ」
今度はオレが魔界ジュニアの二人を手招きした。
やはり、この二人が来ないとな。オレの安心感もさらに上がった。
「おお、ブタ。今日は私達じゃなくてお前が主役だよ。身内同士じゃ全くまとまらないから呼んだんだしな」
エキドナは出現した位置から動こうとしない。
「そうか。でもオレなんかで何か役に立つのか?」
「お前は気心が知れている唯一の人間だからな」
「ん? どういう意味だ?」
「人間の意見は斬新だからだ」
「ふ~ん」
エキドナの言うことは行間を読めと言っている気もしたがオレみたいなタイプには難解だ。
「ベルゼブブ、遅れてきてなんですが、そちらもあんな調子ですし、ちょっと別室で少しだけ良いですか?」
アモンがベルゼブブと握手した後、外で話をしたいと申し出た。ちなみにアモンが言う『あんな調子』とはデカいオッサン二名が幼稚な戦闘を続けていることを指している。
「確かに。魔王ともあろう者が最初からこれではね。少し出ようか」
ベルゼブブも同意した。
「天界の二人とアスタロトもいいですか? 部田さんだけ少しお待ちください。別に仲間外れにするわけではありませんが、部田さんは余計な情報を入れずにまっさらな状態でこの協議に臨んで欲しいのでお許しください」
「ああ、わかった。気にすんな」
アモンのことだ、何か考えがあるのだろう。
彼らが扉を開けて出て行くのをオレは大人しく見送った。
それにしても……やはりアザゼルとやりあっているのは魔王だったのか。こっちで色々話している間も幼稚園児の喧嘩みたいなことをずーっとやっている。全く今日を何だと思っているんだ?
「ねえ、貴方」
「……はい!?」
不意に声を掛けられ条件反射的に返答するとオレの前にはあの魔王の妻と言われるリリスが居た。彼女はさっきまでベルゼブブが居た席に座り、足を組んだ。
遠巻きに見ても違法というかほぼ裸だったが、間近で見ると完全にAVのジャケットだ。足を組んでいなかったら恐らくというかほぼ無修正AVだろう。
余りにエロが過ぎるのか、緊張しているせいなのかこんな千載一遇のスーパーエロチャンスにも関わらず、オレは意外と落ち着いている。
「貴方……トリタ君って言ったかしら? ドスケベって聞いていたけど、あまり私のことを見ないのね」
「……いいえ、がっつり鑑賞していますけど」
「え?」
「バストが九十五センチくらいでウエストが五十五センチ前後、ヒップが八十八くらいですかねえ。身長が百六十八から九センチ。だからウエイトは五十キロはあるかな? ついでに髪の毛は六十センチくらいですかね? 少しウエーブが掛かっているからもう少し長いですか?」
「……ビックリだわ」
「まあ、しょっちゅうAV見てますから」
「AVって何?」
「アダルトビデオのことです」
「アダルトビデオって?」
「え~? Hな動画って言えばわかりますか?」
「スケベな映画のことかしら?」
「あ、そうです。それです」
「それを沢山鑑賞すると女性のスリーサイズがわかるようになるの?」
「ま~それは人によりますけど、オレの場合はその能力が優れているかもしれません。でも何の役にも立たないというか人間の女性に対してこれほど簡単にスリーサイズを当ててしまうと確実に変態扱いされます。だから発揮する機会もないです」
「すぐにスリーサイズを見抜かれることって何が嫌なのかしら?」
「そりゃあ、自分の体を品定めされているようで気持ち悪いとか、自分に対して性欲剥き出しに接近されている恐怖感とかそういうことじゃないですか?」
「私はむしろ快感だわ~。女として見られたいもの」
「でも、内面と言うか心の部分を知って欲しくないですか?」
「それはそれ。欲求は欲求よ。男でスケベじゃないヤツは他の面でも全く駄目ね」
「そうですか」
「そうよ。人間でも当てはまると思うけど~」
リリスは話に夢中で気が付いていないがスケスケが段々ずれてきて胸が露出寸前である。また足を組み替えた時に一瞬解禁になってしまっていた。
リリスはドエロボディーではあるが結構サバサバした性格かもしれないとオレは感じた。人間の女ならこういうタイプは無防備過ぎて危ないけど、その心配はゼロだろうな、というか男の方が千倍返しを食らうんだろうな。
「あの、リリスさんは今の魔界内の争いをどう思っているんですか?」
すっかりエロ話に花が咲いてしまったが、彼女は魔王の妻であるという。その存在価値というか意義は絶大だ。
「まあね、ダンナが決めたことだから。一応妻だし」
「それは……う~んとリリスさん自身は必ずしも同調しているわけでもないと受け取っても大丈夫ですか?」
「好ましい状況ではないでしょ、コレって」
オレとリリスの間には応接テーブルがあるが、彼女は少し身を乗り出して発言した。そしてその瞬間にスケスケがはらりと腰の辺りまで落っこちてしまって殆ど裸になってしまった。
「そ、そうですよね。……あ、あの完全にはだけちゃってますけど……」
今日のオレは何故かエロへの耐久力があるが、さすがにこの美エロボディーがあらわになると……
「あら、やっとドスケベな目になったわね、安心したわ」
リリスはスケスケを直そうともせずに妖艶な笑みを浮かべた。
「ええ加減に降参しんさい」
「わいが降参しろ」
校長デスク付近ではまだアザゼルと魔王がやりあっている。ちなみに今はお互いの髪の毛を引っ張りあっている。二人とも似たような短髪のヘアスタイルなので勝負がつかないのかね。というか低次元過ぎてどうでもいい。
「あ、あのリリスさん、もう一つだけ聞きたいのですけど、魔王とアモンの関係性が芳しくないのはオレも知っていますが、現在はどんな戦い方をしているんです? まさかあんな幼稚な戦闘じゃないですよね?」
「あら、また真顔になっちゃった。残念。……魔王は前面に出て来ることが少ないわね。下っ端が前線に立っているかしら。でも数に物を言わせて戦況は互角を維持。アモンちゃんは自ら戦っているわよ。魔力は魔王と遜色ないし。でも優しいから決して深いダメージを与えない攻撃に徹している。だからダラダラ続いていたのよ。そしてやっと今日の直接対話プラスアモンちゃんの人間の友達である君の同席が進展をもたらすと思っていたのにね……あのバカ」
リリスは初めてオレの前で険しい顔になり、魔王を見た。
「とりあえず仕切り直しにしますか?」
オレの隣にアモンが突如出現し、対面のリリスの隣にもベルゼブブが現れた。
「お、おおアモン」
「すみません、部田さん。魔王があのような状態で話し合いになりません。申し訳ないですけど明日以降に日を改めさせて頂いても宜しいですか?」
「え? あ、ああそうだな。それが良いと思うぞ」
「では、ベルゼブブ、リリス、そういうことで私達はこれで失礼する。では参りましょう、部田さん」
「お、おう」
アモンはさっさと立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。少々らしくない。やっぱり怒っているんだろうな。
「また、いらっしゃい、君。今度は好きなだけ触らせてあげるわ」
「なぬ!? マジっすか!? ……あ、いや何でもないです。では」
うっかりリリスの誘惑に乗りそうになったが、すぐに思い直してオレもその場から離れた。