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第一章 前夜その3

第一章 前夜その3






「なあ希、メリアとアテナは今どうしてるか知ってるか?」

「戦闘中だ」

 希は廊下を歩いている時から表情が硬かったので、まだオレへのマイナス感情があるのかと思っていたが、校庭に一歩出た瞬間からさらにグッと顔が引き締まり、警戒モードだ。つまり職務に忠実なだけのようだ。そのせいでオレの問いかけにもそっけない返答になったというところか。

「そうか。ところで目線より高い場所ばかり気にしているようだけど、段差とかにも気を付け――」

「あいた!」

 オレの注意喚起は間に合わず、この前変態スケスケJK制服を着ていた時にも転んだ校門のレールにまたつま先を引っかけて希はうつ伏せに倒れた。制服のスカートが短いせいでまたパンツが丸見えだった。

「おい、大丈夫か?」

「……」

「おい……」

「……大丈夫」

「そっか。ほら」

 オレは右手を差し出して彼女が立ち上がる手助けをした。希は素直にオレの手を借りた。

「ごめん」

「いや、いいって気にするな。それよりアチコチ砂が付いているぞ、払っとけ」

 転んだ際に付着したグランドの砂をパタパタと軽く叩いて落として、再び歩き出す希。オレは何と声を掛けていいかすぐには思い浮かばなかったが――

「希、何か食いたいものはないか? スーパーなら大抵なんでもあるぞ」

「……アイス」

「アイスか! へ~そうなんだ。冷凍庫が動いていればあるはずだ」

「人間」

 希はオレのことを『人間』と呼ぶ。

「なんだ?」

「私なんかじゃ何の役にも立たないと思っているんでしょ? どうせ馬鹿だから」

 希はまっすぐ進行方向を見据えたままオレに訊いてきた。

「そういえば時空震捜査の時に『馬鹿』って言っちまったよな、ごめん」

 あの時は捜査が全く進んでいなかったので、アテナやエキドナにサポートしてもらうために、希に納得してもらう必要があり、結論を急いだオレが言葉を滑らせてしまったのだ。

「だって本当に馬鹿だから別にいい」

「馬鹿っていうか……調査とか偵察とかそういうのが得意ではないだろ? それを馬鹿と言うのなら馬鹿かもしれないけど、オマエはそういうのとは違うと思うぞ。誰だって得手不得手があるんだ。希は希の土俵で勝負すればいい。今回だってオレが希に来て欲しいってハガイに伝えて、それをさやか先生が承認してここに居るんだぞ? ただの馬鹿を呼んだりしないし、派遣もしないだろうよ」

「……わかった」

「期待してるよ、天使様」

 これで希は納得してるのだろうか。オレの護衛に集中しているようだし、本心を伺い知ることは出来ない。


 

 買い物を終えて(実際はぶんどっているだけ)学校に戻ってから、オレは冷凍食品を職員室のレンジで温めて食べたが、希はお目当てのアイスを五つも食っていた。人間と違うから栄養とか気にしなくていいのかもしれないが、あまり褒められたものではない。

「部田さん」

「ん? おう」

 どこに行っていたのか姿が見えなかったハガイが教室に入ってきた。

「今日中にアモンさんに会えそうですよ」

「そうか、そりゃあ良かった。ここで待っていればいいのか?」

「ええ、来て下さるようです」

「そんじゃ、来るまで寝てるか」

 オレは授業中と同じく机に突っ伏して寝ることにした。



 目が覚めると既に夕方になっていた。何の気なしに窓の外を見ると紫色の太陽は黒みを増して、この世界がもう魔界なのかと勘違いしてしまう。


「まあ、実際そうなんですが……」

「……ん?」


 聞き覚えのある声だ。

「ご無沙汰しています、部田さん」

 窓と逆方向に顔を向けるとすぐ隣に座っていたのはアモンだった。

「おお! アモン! 久しブリブリ」

「汚いですね」

 オレのばっちいダジャレに対してしばらくぶりに見るアモンは破顔一笑で応えた。彼もちゃんと制服を着ている。何でこう皆、律儀なの?

「ところでここは魔界だって?」

「実は境界が曖昧になっているようで、物理的には人間界の体を成していますが、魔界の影響を強く受けていると言いますかね。この空もそうです。魔界の太陽は紫ですから」

「そういうことか」

「部田さん、この度はこちらの一方的な事情で呼びつけてしまい、本当にすみません」

 彼はぺこりと頭を下げた。相変わらず実直な男だ。毎回思うがこういう礼儀正しいヤツは人間でもそうは居ない。魔界に置いておくのは実に勿体ない。

「いや、アモンが気にすることはないんだよ。殆どさやか先生から強制的に来させられたようなもんだ」

「でしたら余計に申し訳が立ちません」

 アモンの目力が強くなった。言うまでもなく敵対心ではない。責任感からだ。

「確かに強制的だったよ、最初は。でもアモンやエキドナとは縁が出来たし、身内で争うって辛いことだろ? オレが役に立つとは到底思えないけど、そっちのご指名ってことだから何かできればって今はそう思っているよ」

「有難うございます、部田さん」

 彼はオレの右手を取り、ガッチリ握手した。アモンはこういう熱血的な態度を見せるタイプではなくもっとクールで爽やかな男だ。これはオレが思うに少々心理的に追い込まれているが故なのではないだろうか。

「いや、とにかく気にすんなよ。そんで魔界内での争いになったいきさつを聞きたい」

 オレは体の向きを変え、アモンと正面から向き合った。

「天魔騒乱の本当のきっかけは実は私も承知していないのです。ここはもっとあやふやな存在の世界で具現化するかどうかもわからないくらいの世界線だったのです」

「……うん、知っている。それをやっちゃったのはオレなんだろ?」

「申し上げにくいですがその通りです」

「だから気にすんな。それで?」

「明確に出現した時点で既に天魔騒乱が起きていました。私の本体意識で察知しましたので、すぐにこの世界の自分と同期しました。天界の急進派と保守派の分裂については承知していませんが、魔界はやはり親子の確執です。今、ここに居る自分は部田さんと高校生活を過ごしている私と同じですけど、やはり父であるサタンには苦手意識があります。性格的に合わないのですよ、ガサツで」

 アモンでも眉間にしわを寄せたりすることがあるんだな。

「ほう。まあ人間と一緒にしちゃ申し訳ないが、よく聞く話だと思うぞ。それに昨日、メリアと親父が壮絶な戦闘をしていた。あの二人もかなりのもんだった」

「メリアさんが? こちらの戦線にも参加しているのにそんなことが……」

「ああ、そういう意味でもお前の力になりたい」

「恐縮です。メリアさんのことではないですが妹のエキドナも私以上に父とはソリが合いません。そんな心理が別世界線の私の意識を生んだと考えられます」

 エキドナがオンボロアパートに来て間もない頃、なんかそれっぽいことをほのめかしていた気がするなあ。

「今は本物のアモンの性格というなら、和解できないの?」

「父の方がかなりおかんむりで聞く耳を持たない状況なんです」

「そいつは困ったな」

「ええ」

「そんで会議はいつあるんだ?」

「明日です」

「明日? ……あ! 明日と言えば明日太郎という女を知っているか?」

「あすたろう? 日本の昔話ですか?」

「違う、違う、ベルゼブブの部下で……」

「あー、アスタロトですね? 勿論知っていますよ。今は相手側なので会えていませんけど」

「ソイツが昨晩、オレのところに来たぞ。様子を見に来たとか言って」

「そうなんですか? それで何か言ってきましたか? いや、それより何かされませんでした?」

「ん~と、オレは何かされたというより勝手に向こうがやらかしたというか……とにかくされていない。あと、お前の事をむちゃくちゃ褒めてたぞ。多分好きなんじゃないか?」

「ははは、まさか」

「それと……また魔界が一つになって欲しいとも言っていた」

「部田さんにそんなことを? ……」

「魔王側に付いている理由はベルゼブブの部下だからって言ってたから、上司のベルゼブブがなびけば引き込めるんじゃないか?」

「確かにベルゼブブとは仲が良いのですが、彼は何か弱みを握られているようで、それで魔王サイドに付いているらしいのです」

「それってどこ情報?」

「本人です。彼とは通信を続けていますから」

「その弱みってのは教えてくれないの?」

「勿論聞きましたけど『言えない』の一点張りでして」

「……そっか、じゃあ仕方ないな。ただ、脅されて仕方なく魔王側に居るということならチャンスはありそうだな。ならばあとは……よく知らないけどマッチョなヤツが居るんでしょ?」

「アザゼルですね? ゴリゴリです。先ほどメリアさんの話が出ましたけど体型はリラクシーに近いかもしれません。ただ、性格は全く違いますね。体つきそのままに口より先に手が出るタイプです」

「ひええ~、おっかねえ」

「ただ、私には『王子』と呼んで敬ってくれます」

「そうなのか。それならまだ話し合いの余地はありそうだな。あとは魔王の嫁が極エロってマジ?」

「そうですね……なかなか言い得て妙じゃないでしょうか。少し下品な言い方ではありますけど」

「ど、どんな感じで?」

「いつもシースルーの布を羽織っているだけの格好をしており、噂だといかがわしいことしか考えていないと。ただ、魔王の妻なのでそれだけではないと思います」

「あれ? アモンはその……」

「リリスです」

「そうそう、リリスの子じゃないの?」

「人間とは出自が異なりますから、必ずしも母体からというわけではありません」

「ふぇ~」

「他に何かありますか?」

「あ? ああ、こっち側はあと誰を呼ぶんだ?」

「重鎮クラスだと異性に節操のない者になってしまうので、今迷っています」

「ハガイから聞いたが二人いるんなら一人だけとかいう選択肢もあるぞ。それと希を連れて行っていいか?」

「ああ、伺っていますよ。歓迎します」

「あ、良かった」

「他に出席を推薦する方は居ますか?」

「やっぱり、さやか先生が居ないと」

「そうですね、伊集院先生は頼りになります。何と申しましても『天魔女王』ですから」

「え!? 何、その肩書?」

「ああっと、私から申し上げることではありませんね。伊集院先生が自ら貴方に教示することでしょう」

「あ、教えてくれないのか……」

「すみません、勘弁してください。それと謝りついでと言ってはなんですが、伊集院先生は明日に関しては出席が困難なようです。天界の他の案件次第と伺っています」

「えー、最優先とか言ってたのに」

「ですが、良い情報もありますよ。部田さんのモチベーションが上がるように保健の小笠原先生ことムトさんを天界にお願いしてご同席下さるようお願いしています」

「なぬ!? 小笠原先生だと!?」

「ええ」

「…………」

「部田さん?」

「よおおっしゃああああ!!」

「お喜びのようで何よりです」


 これで明日は怖いものなし!!

 オレは『わが生涯に一片の悔いなし!』のポーズで雄叫びを上げた。

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