第一章 前夜その2
第一章 前夜その2
翌朝。
「ハガイ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
昨日、今日の予定を聞いていなかったので適当に教室に行ったらハガイだけ窓の外の景色を眺めていた。こんな紫の太陽に照らされた世界を見ても何らアガってこないけどな、オレは。
「あのさ、いつあるのか知らないけど魔界の会議みたいなヤツ、アレに希を連れていくことは出来ないか?」
「ほう、それはまたどうしてでしょうか?」
「いやさ、昨日の夜に魔界の……えっと、明日太郎っていうのが保健室に来てさ、悪いヤツじゃなさそうだし、性格が希に似てそうだから和平交渉に役立つかなって考えたんだよ」
「あすたろう? そんな方が魔界に居ましたっけねえ?」
「居るんだよ。ベルゼブブの側近だって言ってたぞ。天界で言えばやっぱり希くらいのポジションだと思うけどな」
「ベルゼブブ……あ、それってアスタロトじゃないですか? それは驚きです。なんで部田さんのところに?」
「う~んと、オレの様子を見に来たんだってさ」
「はい? どういうことですか?」
「それも何を見に来たのかオレもよくわかんなくてさ」
「でもよくご無事で。そういう時は私を呼んでください。危険ですから」
「確かに最初はなんかエライ剣幕で詰め寄って来たんだけどね……ちょっとアクシデントと言うかそれですっかり大人しくなっちゃって大したことなかったよ、ははは」
「良くわかりませんが、何よりです。アスタロトは血の気が多いことで有名ですからね」
「そうなんだ。でもアイツの本音も聞けたぞ。本当はまた魔界が一つになって欲しいとか言ってたし」
「え!? そんなことを言っていたんですか? 部田さんに?」
「おう」
「は~、部田さんってホントわからない人ですね。それはかなりの功績ですよ、きっと融和ムードにつながりますよ」
「だと良いんだがな。そういう訳で希の件、頼めないか?」
「ではゼカリヤ様に訊いてみましょうかね。天界人ならこの世界でも融通が利くはずです。それに白神さんと知床さんの件以上に本件は最重要案件扱いですから」
「……そうなんだ」
麗と知床のことも今はペンディングでこっちも最重要とか、オレの責任って途方もなく重いよな。
ハガイは一瞬空を見上げて、すぐにまたオレの方を向いた。
「許可が出ました。希は現時刻を持ってこちらの任務に張り付きになりました」
「え、そうなの? そんなあっさり?」
突然、教室の扉がガラガラと音を立てながら開いた。
「只今着任しました」
そこには制服を着た希が居た。
「あ、もう来たよ、すげえな」
オレが感嘆するとハガイが――
「そりゃあ、天界ですから」
えっへんとばかりに胸を張った。
「希、頼むな」
「……」
オレの依頼に希は下を向いたまま返答しない。ま、無理もないだろう。時空震犯捜査の時に散々こけおろしたし、寝起きビックリ状態でアイツの全裸を見ちゃったし。
「希、あの時は言い過ぎたし見過ぎたのは悪かったよ、謝るよ。だから機嫌直して協力してくれよ」
「……マスティマ様の命令なんで」
マジで『渋々やります』感全開の希。
「希、大事な任務ですから、不貞腐れずにやりなさい」
見かねたハガイが上司らしくぴしゃっと言い放った。こういう面もあるんだなハガイって。
「はい」
希はようやく顔を上げてハガイの目を見ながらしっかりと返事をした。
「じゃあ部田さん、説明を」
「お、おう。希、今度の魔界紛争だか戦争の講和会議……和平会議? それにオマエも出て欲しいんだよ。理由は向こうサイドに似た雰囲気のヤツが居てさ、結構仲良くなるんじゃないかと思っている。そうすれば両陣営の橋渡しになるかもしれない。だから是非とも出席してほしい」
「え!? そんな重要な責任あるの? 私が!?」
「責任とかそんなに難しく考えなくていい。……そうだな、友達探しに行くとかそれくらいでも構わないさ」
「……それなら別に平気かも」
相変わらず単純なヤツだ。言い方を変えただけでパッと明るい顔になった。だが、魔界トップを二分するメンツでの話し合いにはこういうヤツが必要だと思う。きっと場の空気を和らげてくれるだろう。それに……あっては困るが万一話し合いが水泡に帰すような事態になり、その場で戦闘なんてことになった場合も希の戦闘力は期待できる。
「よし、じゃあ宜しく。そんでハガイ、出席メンバーってどうなってんだ?」
「あ、はい。まずは向こうさんですが魔王及び妻のリリスさん、そしてベルゼブブさんとアスタロト。それにアザゼルさんになります。そしてアモンさんエキドナさん側で魔界メンバーはシェムハザさん、ベリアルさんとなっております」
「なんか難しい名前ばかりだな~、覚えられないよ~」
「ここで追加情報ですが、アモンさんとベルゼブブさんは友好関係です。そして今回部田さんがアスタロトと接点を持ったことにより、あの二名は反対勢力ではなくなった、或いはそうなる可能性が出てきました。これは幸先良い」
かすか~に思い出したが、オレが無意識にジャンプを繰り返した世界線のどこかでアモンがベルゼブブは知性派だと紹介してくれたことがあった。褒めていたわけだからハガイの言う通りに険悪ではないのかもしれない。
「あと、アザースと鮫肌とリアルさん? その人たちの特徴は?」
「部田さん、名前が全然覚えられないみたいですけど大丈夫ですか?」
「滑舌が悪いテイでいけば何とかなるでしょ? そんで?」
「アザゼルさんはマッチョの武闘派。シェムハザさんはむっつりスケベでベリアルさんは陽気なスケベです。あ、リリスは良いのですか?」
「魔王の妻か? どんなだ?」
「極エロです」
「なぬ!? 極エロ……」
オレは唾をごっくんと飲み込んだ。
「そうですねえ~……天界のムトのような感じですか」
「なぬ!? ムト!? それって小笠原先生だよな!?」
オレは無意識にハガイの首を両手で握った。
「そ、そうです、そうですから手を離して! 死んじゃう!」
「ああっ!! す、すまん」
魔界にも小笠原先生のような女が居るのか……見たい。
「ゲホゲホ……と、部田さん、落ち着いて下さいよ。リリスは魔王の妻です。決して邪な感情を持たないで下さいよ。話し合いにだって多大な影響を及ぼす恐れがありますからね」
「……わかってるよ。魔王を怒らせたらどうなるかくらい……ん? そういえば肝心の魔王ってどういう性格?」
「う~ん、そうですね、中小企業の社長っぽいかな?」
「そうなの!? じゃあ、おどろおどろしいって感じでは……」
「ないですね!」
「あ、そうなんだ~。意外だな~」
これはいいことを聞いたかも。口数少なくて強大な負のエネルギーを常時発しているようなイメージだったけど、陽気なおじさんみたいな人だったらいいな~。
でも本当にそうだったらアモンやエキドナと対立しないよな。
それとこっちサイドの二人は表スケベと裏スケベ的な言われようだったけど大丈夫なのかね?
「ああ、それね。アモンさんが同じ点で気に掛けていて、出席をさせない方向で進めているようですよ。シェムハザさんもベリアルさんもスケベが過ぎて魔に転落したというのも頷けます」
「そうなの!?」
ハガイから提供される情報が驚くことばかりで一つ一つ整理できないが、コイツはまたオレの頭の中を読みやがった。
「そういうわけで不確定要素があります」
「こっち……というか何で『こっち』という言い方をしているのか知らんけどアモン側は魔界以外に誰が出て来るんだ?」
「アテナさん、メリアさんと我々三人、あとは……まだわかりません」
「さやか先生は?」
「予定はしておりますけど確定ではありません」
「わかった。あとは本チャン前にアモンに会わせてくれるよな? 事前に訊いておきたい。様々なことを」
「ま、それはそうですよね。ただ、最前線に居る方ですから確約できません。最善は尽くしますから早くその機会を作りましょう」
「おう、じゃオレは朝飯を買ってくるというか貰ってくるから。いいよな、ハガイ?」
「勿論です。では希、部田さんに付いていきなさい。昨夜のようなことがあってはいけませんから」
「はい」
こうしてオレは希と一緒にまたあのスーパーに出かけた。