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第一章 前夜その1

第三部 魔界内乱編

第一章 前夜その1






 空が赤茶い。綿菓子のような雲がた~くさん猛烈な速さで流れている。雲間から見える太陽が……紫色。そして……

「オレのアパートが!」

 オレは瓦礫となり果てた愛すべきねぐらの前で呆然と立ち尽くしていた。その有り様はニュースで見た地すべりとかで無残に押しつぶされたかのようでもあり、暴風雨によって破壊されたかのようでもある。そしてそれを見たオレの率直な一言は……『無残』。

 確かに築五十年。木造。耐用年数はとうに過ぎていたであろうが、こんなのでも住めば都だったのに……

 アパートもさることながら、この外の変わりようは一体どういうこと? 戦争とか? 天魔騒乱はまだオレ達人間界には及んでいないよな?


「いいえ! ここは人間界です!」

「うぴ!」


 背中越しに誰かが大声で叫ぶから、驚きのあまり前方へつんのめって、足が地面にひっかり横座りしてしまった。その時、オレは学校の制服を自分が着ていることに気付いた。なんで制服?


「どうも、ハガイです」


 上方から能天気な聞き覚えのある声がしたので、振り向くとやはりヤツだった。ムカッとしそうになったが、この世界の終りのような景色をやにわに見せられ、理性を失いかけていた時に聞きなれた声と見慣れた顔はオレに冷静さをもたらしてくれた。だから許す。

「この野郎! ビックリしたじゃないか!」

「ああ、それはどうもすみませんでした」

 棒読みのセリフのように謝罪するハガイだったが、毎回わざとやっていることは重々承知しているのでこれについても腹を立てずにいてやろう。

「お前の言う通り、ここにオンボロアパートの残骸があるわけだからオレが生活していた世界だと認めざるを得ないな」

 オレは足や尻に着いた土をはたきながらゆっくりと立ち上がった。

「ええ、しかしまあ酷いことになってしまいましたねぇ、部田さんのオンボロアパート。元々オンボロだったから遅かれ早かれ倒壊していたでしょうけど、何もここまでぐちゃぐちゃにならなくてもねぇ。オンボロはオンボロなりの最期ってありますからねぇ」

 ハガイは瓦礫の方へ顔を向けながら、能面のように無表情で語った。そこにオレのような感傷は皆無で、むしろ喜んでいるのか薄笑みを浮かべている。

「何を面白がってんだよ。それとこの地獄のような光景は一体どういうことだ?」

「ああ、それね。魔界の親子喧嘩が時空を超えてこっちにまで波及しちゃったのですよ。つまり魔界のトップクラスが本気の衝突をしたらこうなっちゃったという感じ?」

 『感じ?』じゃないだろ……現実の色使いをガン無視したアートだよ、アート。いや、そんな美の世界とは違うな。

「ハガイ、この前オレが来た世界と本当に一緒なのか? にわかには信じられないぞ」

「ここは間違いなく『天魔騒乱』と言われている世界で、部田さんが最後に行った異世界です」

「何が変わったんだ!? 変わり過ぎじゃないか」

「部田さんがあの時こちらに来られて5界の話や元々の世界の話をされたおかげで、その後天魔保守派と改革派では融和ムードになりました。つまり各自がですね、世界は無数にあって様々な境遇で生きていると知ったおかげで、発想がグローバルになったとでも言いましょうか、そんな感じ?」

 なんでまた『感じ?』とか言ってんだよ、やっぱりムカつくなあ。

「うん、それで? ここまではそれこそ『いい感じ』じゃんか」

「改革派であったエキドナさん、保守派だったメリアさんやアテナさんを含めて今は皆仲良しですよ。元々他の世界線ではそうであって、この世界がおかしかったのです」

「そうなのか? 何でこの世界は真っ二つに分かれて争っていたんだ?」

「そこですよ、表向きは保守と改革の考え方の違いとなっていますけどその真実は……」

「し、真実は……?」

「……」

「……?」


「どーん!!」

「わふぁ!! いた!」


 じりじりとオレに近づいてきたからおかしいとはちょっと思ったけど……またハガイにしてやられて尻もちだ。

「あ、すみません、熱が入り過ぎてしまいました。どうもさーせん」

 あ、コイツ、今『サーセン』って言ったよな? ホント頭来るわ。

「おほん。改めまして、こっちの世界がこうなったのは部田さんが形成したことによるものです」

「えー!?」

「うわ!」

 今度はハガイが尻もちをついた。オレの声が大きすぎたせいかもしれん。ま、これはこれで一矢報いたから気持ちが良い。

「オレが作ったって?」

「そうです! きっと無意識に望んでいたことがこの世界を完全に構築してしまったんじゃないですか?」

 ハガイはオレに驚かされたことが悔しいのか、急にフテ腐れた物言いに変わった。

「オレはそんなことは望まない!」

 そうだ、だれが好き好んでプリンセス達が争う世界など。

「正確に言うと望んだというよりも好奇心に駆られたというべきでしょう」

「好奇心?」

「誰と誰が戦ったらどっちが強いのかな~っていう感じ?」

「あっ!」

 時空震犯捜しで学校に行ったあとにファミレスへ行ったが、あの時にエキドナがマドゥーサと組んでもアテナ・メリアとのタッグ戦では勝てないと言っていた。あの発言、実は非常に興味を引いた。その時自覚したが、実際はもっと前からそんなことを潜在的に思っていたのかもしれない。

「おや? 思い当たる節があると?」

「……」

「おやおや、ダンマリですか。ま、いいでしょう。そういうことで続けますが、エキドナさんが魔王との不仲を他の……部田さんの世界で言うプリンセス達に相談したわけです。意気投合した彼女達と兄のアモンも加わり、今は魔界内戦争となっております」

「くうう~、それでも根本原因はオレにあるわけか」

 今さら悔やんでも何の意味もないが、ジャンパーとしてオレが望んでしまったために出来上がった世界。魔界内だけにとどまらず、荒れ果ててしまったこの世。その責任の大きさはオレにはとても背負いきれないし、少なくとも来世が昆虫なのは完全確定だろうな。いや、むしろそれで済めば御の字だ。

「今さら何言ってんだ」

 ここぞとばかりにタメ口でハガイが蔑みの極みのような目でオレを見下ろしてきた。ムカつくが返す言葉が見つからない。

「……」

「まあまあ、部田さん。ここで汚名挽回のチャンスですよ。何しろ当事者であるアモンさんとエキドナさんのご指名でここに来たわけですから。万に一つも可能性はないだろうけど、もし、もしですよ、魔界戦争を鎮めることが出来たなら、神の裁可でジャンプの件はおとがめなしなんて奇跡もあるとかないとか……」

「え、ホント?」

「……さあ、私が決めることではありませんので、何とも」

 悪代官のような顔でオレにささやくハガイ。コイツは本当に悪役が似合う。

「わ、わかったから、これからどうすればいいんだ?」

 オレは冷静さを欠いていたかもしれない。なぜならハガイの足にしがみついていたからだ。

「とりあえずオンボロアパートは木っ端みじんになりましたから、別邸に参りますか。作戦会議です」

 木っ端みじんにはなっていない。瓦礫になっただけだ。




「なぬ!? ここか?」

「そうです。高校です」

 オレが連れて来られたのは母校だった。外壁は少し汚れているかもしれないが、目立った損傷は無いように見える。うちのアパートとは大違いだ。まさか鉄筋だからというわけでもないだろうが。

 それにしてもここで寝泊まりするのか。まさか体育館のマットで寝ろとかじゃないよな。

「そんなことはないですよ。今は誰かさんのせいでここも廃墟となっております。隅々まで使い放題です。では入りましょう」

 皮肉ばっかりいいやがって。

 それはともかくいつも心の中を読まれているのだし、声を出して会話しなくてもいいんじゃないか?

「そうはいきません。あなたばっかりラクしてこちらは毎回発声しなくちゃいけないなんて不平等じゃないですか」

「いや、そりゃそうだけど、オマエ、せこくないか?」

「そんなことはございません。正論です」

「ハガイ、聞くのが怖いが、他の人々はどこに消えたんだ? まさか……」

「大丈夫です。全員死亡なんてことはありません」

「え、じゃどこへ?」

「部田さん、天界をなめてもらっては困ります。部田さんやセクメトだけがジャンパーではありません。もっと強力で正しき方法を駆使できる方がおられるのです。皆さまは集団ジャンプで隣の世界線で暮らしておりますからご安心を」

「そ、そうか良かった。そ、それなら、今回の魔界の問題もその凄い方にやってもらうというわけには……」

「あ~、またそんなこと言って! てっきり反省したのかと思ったら、とんでもない方ですね。ガッカリしたわ!」

「す、すまん! もう言わないから」

「……さっさと行きますよ、とりあえず教室です」

 オレはハガイの後を追い校舎の中に入り、先日まで居た慣れ親しんだ教室に入った。



「や~あ、また会った~ね。今回は~ぶっ殺しちゃお~うか~な」

「あ! メリアの親父!」

 反射的に指を差してしまったが、そこに居たのは精霊王リラクシーだった。どういうわけかオレがローマで着ていたような麻布の服ではなく学生服だった。顔は完全にオッサンだし、体も学生であんなボタンがはじけ飛びそうなガチムチはあり得ないので、異様ともいえる不自然さだった。さらに生徒が座る机も椅子もあの体には全くサイズが合っていないので、大きくはみ出している。あれでは両隣りや前後に他の生徒は座れないだろう。実際一人で四人分のスペースを占有している。まあ今は他に誰も居ないから問題ないが。

 それにしても開口一番『ぶっ殺す』とは何事だ。相変わらず失礼な親父だ。娘の垢を煎じて飲め。

「私は貴様の親父ではな~い。ブタに娘をくれてやるほ~ど落ちぶれて~はいないの~さ」

「アンタこそ、ぶっ殺すとはなんだ、ぶっ殺すとは!? おい、ハガイ、お前もなんか言え」

「はあ」

 ダメだ、ハガイは役に立たない。

「ブタのくせ~に、精霊王女を嫁に取ろ~というだけ~で、許しがた~くて当然なんだ~よ」

「誰がそんなこと言った? どこのガセネタ掴んでんだよ、馬鹿オヤジ」

「ば、馬鹿!? ……」

 リラクシーの間延びした話し方が止まった。そして彼の両手の平が真っ赤に燃え上がった。それは徐々に範囲を広げ彼の上半身を覆いつくした。もちろん自分でやっていることなので本人は何も動じていない。だが、目玉まで燃え上がっているんで、ちょっと怖いかも。

「おじさん、少し落ち着きなよ。ただでさえ年のくせに学生服なんか来ちゃってアブナイ感じなんだから」

「お、おじ!? ……」

 リラクシーのヤツ、何か衝撃を受けているみたいだけど、そっちこそいきなり『殺す』とか宿敵かよ、オレは? 無礼者には無礼で対抗だ。

「言ってはならないこ~とを言ってしまったよ~うだね」

 リラクシーはゆっくり立ち上がったが、実は全身炎に巻かれていた。火あぶりになった人みたいだ。つまり怒ってるってことかな?

 オレはどうせ来世が虫で、過去世も沢山悪いことをしてきて、今回も人間が出来ないレベルの世界改変の悪行をしてしまった。もはや怖いものなどない。業火に焼かれるのは断末魔の苦しみなのかもしれないけど、これから魔界戦争の火種を消すことだってどうせ出来ないだろうし、挙句リラクシーのせいで任務を果たせなかったという言い訳も成り立つし丁度いいじゃないか。

 ついにはリラクシーが起こした火は教室中にまで広がった。もう、これは大火事のレベルだ。

「ハガイ、逃げろよ」

 こんな時にオレは何でハガイの安否なんか気にしているんだろうか。コイツもホント、ムカつくヤツだけど、いいところもあるしな。天界にとっても貴重な人材だろうし。

「部田さん、お気遣い有難うございます。でも大丈夫ですよ。これ以上ない助っ人が今現れます」

「え、そうなの――」

 その刹那、オレの眼前に少し色の異なる大きな炎が出現した。それもまた徐々にサイズを拡大していき、オレの体まで包んでしまったが、全く熱くない。むしろ心地いい。そしてほのかに香るこの花のような……


「部田さん、大丈夫ですか?」

「メリア!!」

「……はい」


 リラクシー同様に燃え上がった正装メリアが浮かび上がってきた。その輪郭は最初はぼやけていたが、少し経つと明瞭になった。間違いなくメリアだった。ニッコリ微笑む姿は変わらぬ美しさだ。それと元気そうなメリアを目視したのは久しぶりな気がする。

「メリアさん、父上殿を鎮めて下さい。ただ、向こうの気持ちも少しは察してあげて下さい。娘を想う親の気持ちなのですから」

 ハガイがメリアに助力を求めた。すでに助けてもらっているが……

「……」

 何故かメリアは返答しなかった。

 メリアは火だるまになりながら(というかこちらも自ら発火しているのだが)右手の平からリラクシーに向けて野球のボールほどの火球を射出した。

 業火で良く顔が見えないがものすごく怒っているように見える。それがこの攻撃に出ているのではないかと思う。

 親父の方はそれをやはり燃え上がっている左手で振り払った。そしてあろうことか同じように火球を愛娘に向けて連続発射した。五~六発はあるだろう。〇ラゴンボールのベジー〇かと思わせるがそれよりオレが驚いたのは余程リラクシーは頭に血が上っているのか、あの親バカが娘へ攻撃とは……

 対するメリアはその大きな羽を一度だけ羽ばたかせると火球を全て退けた。そしてすぐにもう一度大きく二枚の羽を広げてからぐっと後ろ側で合わせた。

 待つことせいぜい一~二秒、再び一気に羽を前に出して羽ばたかせた。すると火炎空間に鎌で切ったかのような隙間が出来て飛んで行った。例えていうなら真空ブーメランのようなイメージだ。

 真空ブーメランはリラクシーの頭上をかすめて奥の壁に当たった。そして休む間もなく第二波、第三波と同じ攻撃でリラクシーの顔面すれすれで通過し、やはり壁面に衝撃音が響いた。

 メリアはさらにもう一回、真空ブーメランを見舞った。それと同時に猛ダッシュして自分の繰り出した攻撃を追いかける形でリラクシーに接近した。リラクシーは自分の顔の中心に向かってきたブーメランを回避しようとして少し首を傾けたが、その位置にメリアの飛び膝蹴りがヒットした。

「ぐおぁ!」

 リラクシーはらしからぬ奇声と共に後ろへ倒れた。メリアはそのままリラクシーの頭部にしがみつきつつ一緒に倒れ、親父の胸辺りで馬乗りになった格好だ。そしてひと際大きな乾いた音がした。またその瞬間、教室全体に広がっていた火は嘘のように消えた。

「痛ったあああ!」

 音の原因はメリアがリラクシーの顔に平手打ちしたためだった。だが、この一発では済まなかった。その後……う~ん、二十発くらいかな? リラクシーは娘にビンタされ続けた。叩いている娘の方は無表情で無言。これはやられている方は恐怖だろう。何も言わない相手が延々と暴力行為をしてくるというのは、もしかすると死ぬまで続くのではないかと想像してしまう。少なくともオレだったらそう。

「いった! いった! いった! いった! いった!」

 リラクシーは一発叩かれるたびに悲鳴を上げていた。ガチムチのくせに痛がりのようだ。

「メリアさん、そろそろご勘弁願います。こちらでお呼びした方なので」

 ハガイがトコトコと歩いていき、メリアの肩越しに呟いた。それを機にメリアは親父へのビンタ攻撃を止め、ようやくガチムチボディーから離れた。

「リラクシーさん、もう正気ですよね? 娘さんの気持ちはこういうことだと思います」

 ハガイはリラクシーの顔を覗き込むように語り掛けた。

「……わかった」

 デカい体とは思えない蚊の鳴くようなボリューム且つ少し裏返った声で返答してからゆっくりと上体を起こし、ハガイに手伝ってもらいながら巨漢を再びあらわにする精霊王リラクシー。親父って辛いな。オレはなったことがないからわからないけど、娘にエンドレスビンタを食らうってどういう気持ちなのかね。

「部田さん、何とお詫びしたらよいのか……私には言葉が見つかりません」

「……いや、大丈夫だよ、ほら、かすり傷一つないから」

 胸の前で手を組み必死に謝るメリアにオレは両手を広げて元気さをアピールした。

「いいえ、部田さんは死を覚悟されていました。その相手がよりにもよって自分の父なんて……」

「い、いや、多分お父さんは脅かすだけで本当に殺そうとはしていなかったと思うよ」

「たとえそうだとしても、死ぬかもしれないと思わせたことは許されざることです。もはや親でも子でもなく、ただの罪人として精霊界から追放致します。それで宜しいでしょうか?」

 メリアは顔を上げようとしない。困ったな。

 一方で罪人呼ばわりされた父親は……これまた俯いたままである。勿論オレに対する罪の意識からではなく娘に『親子ではない』とか『追放する』とか言われ、ショックを受けたのだろう。

「メリア、そう簡単に親子の縁を切るようなことは言わない方がいい。お父さんだって君への愛情からやったんだし、オレからも頼む、許してやって欲しい」

「……部田さんがそう言うなら従います」

「そうか、是非そうしてくれ」

「……はい」

 最後やっとこちらを向いて少しだけ笑ってくれたが、やはり完全には納得していないようだ。こんな感じで親子関係は魔界でも難しいのだろうか。親の心子知らず、子の心親知らずって言うしな。


「では、飛び入りでメリアさんも交えましてこの四人で少し情報共有致しましょう」


 ハガイが教壇に立ち、オレ達を適当に間隔を空けて座らせてから話を始めた。

「まず、前線で戦っているメリアさん、戦況を教えて頂けますか?」

「はい」

 メリアは授業中に教師に指された生徒のように椅子から立ち上がった。コレって何? いつの間にか制服を着ているし。

「現在も魔王軍とプリンスアモン率いる軍勢で戦闘が繰り広げられています。身内ですからさすがに相手に致命傷を負わせるわけにもいかないため、かえって戦闘が長引いている状況です」

「なるほど。それでその膠着状態を打破するために部田さんが呼ばれたということですか?」

「はい、そうです。エキドナさんとアモンさんからの要請です」

「具体的に部田さんに何をしてもらおうというのですか?」

「近々、停戦に向けての協議が予定されています。そこに同席してもらい、中立の立場でジャッジして最終的にこの戦争を終わらせるきっかけになってくれればということです」

「なるほど~、それで部田さんの方はいかがですか? 自信はありますか?」

「……いや~、むしろある方がどうかしているというか……」

 急にハガイに指されてうっかり本音で答えてしまったが、今こうしている間も皆が戦っているなら安易な発言は避けるべきだった。

 案の定、メリアはひどく悲しい表情をしている。そして……オレを刺すような目で見ているのがリラクシーだ。『娘を泣かしたらただじゃ済まさんぞ』という非常にわかりやすい顔だ。

「あ! あの訂正しますけど、自信はありませんが、なんとかしてやるという意気込みだけはあります。皆をこんな戦いの場にいつまでも置いておくのは胸が痛みますから、頑張ります! 頑張らせてください!」

 リラクシーの方は正直どうでもいいが、メリアを悲しませてはいけない。良い結果を出せるかどうかわからないが、とにかくやるしかないだろう。

「素晴らしいお答えです、部田さん。まるで模範解答です」

 もしかしてハガイはこういう結果を導くためにこのメンツを集めたのか? つまりヤツのシナリオ通りとか。もしそうならオレはしてやられた訳だが、さすがに精霊親子のあの激しい攻防までも想定内とは思えないのだが……

「部田さん、重ね重ね申し訳ありません。でも嬉しいです」

 メリアがオレの座席位置まで近づいて胸に飛び込んできた。もう誰かの画策とかそんなのどうでもいいや。頑張ろう。

 またリラクシーがオレをガン見しているが、これもどうでもいいや。



 晩になると腹が減ってきた。思い出せばここに来る前の元の世界で既にオレは腹が減っていたがシカトされてここに飛ばされたのだ。全くもって酷い話である。

 他のメンバーは人間じゃないから皆消えてしまった。帰る場所があるヤツはいいよな。そんでもって人ってなんてちっぽけでひ弱な存在なんだろう。

 この荒廃した世界ではスーパーもコンビニもないだろう。いや、厳密にいえば建物はあるが、人が居ないのだから無いのと同じだ。

 まあ、でも何か品物が残っているかもしれないので、気を取り直して外に出てみることにした。

 街灯はちゃんと点いており、歩くことに不自由はなかった。むしろ昼間の気色悪い空を見ることがないので、安心感がある。

 少し歩くと見慣れたスーパーがあるので、入ってみる。それなりに広い店だったので照明はそのままなのに無人そして無音なのはなんとも不気味だ。なにせ自分の足音と自分の呼吸の音しか聞こえないのだから。

 少し怖かったが折角来たので、店内をぐるっと回ってみた。意外にも商品はふんだんにある。好きなだけ見ては取れる状況だが、誰も見ていないとはいえ売り物だ。オレは試用品のシェーバーで髭を剃ってみたり、試食品を食べて半分腐りかけで慌てて吐き出したり、本を立ち読みするなどはしたものの、すぐ飽きてしまった。

 段々と心細くなってきたので、とりあえず陳列棚にあるパンとかすぐに食べられるものを少しだけ頂戴して早々に店を後にした。


 そして夜遅く。オレはハガイに本日の寝所として予め言われていた保健室へ向かった。

 外に出て再びすっかりネガティブになってしまったが、夜の学校を徘徊してより一層テンションが下がった。

「さて」

 保健室と言えばエロ……じゃなくて小笠原先生なんだけどな~。せめてこんな暗黒世界に小笠原先生の添い寝付きとかだったら俄然やる気アーップなんだけど。

 オレは溜息を一つついてから引き戸を開けた。

 中に見知らぬ人物が居て、ベッドに腰かけていた。戸が開くと同時にこちらへ顔を向けてオレを睨みつけてきた。

「あ、あの? どちら……様?」

「……」

 ハンパない目力なのだが、オレの問いには無視。その人物はゆっくりと立ち上がり、オレへと近づいてきた。

「あ、あの……」

「おどれが部田か? なんや頼りない顔をしとるのう……んで……やんのかコラ!?」

 ソイツはいきなりオレの胸倉を掴んで超至近距離でガンを飛ばしてというかメンチを切ってきたというか要するに因縁をつけてきた。何で絡まれているのかさっぱりわからん。

「あ、あのちょっといいですか?」

「なんじゃい?」


「おっぱいが当たってますよ」


 ソイツはメンズのスカジャンを着ているのだが、ファスナーの上げ方が甘く、直に着ていることも胸の谷間も丸わかりである。背が低いということもあるかもしれない。

 つまるところ口の悪いチビヤンキー着崩し女とでも言えば良いだろうか。……わかりにくいか。

「な、な、な、なんじゃとゴルァ……き、貴様……なめとん……の……かい」

 オレの襟元を固く掴んでいるヤンキー女の手が見る見るうちに脱力して最終的にだらりと下に落ちた。顔も最初は目を剥いていたのに目線を外したあと、下を向いてしまった。今目の前に居るのはヤンキースタイルで完熟トマトのように顔を紅潮させつつ俯いている何か哀れな学生風の女といったところか。それと今気付いたが、下はウチの制服のスカートを着用している。どうもアンバランスでおかしい。

「まあ、座りましょ」

 オレはそっとヤンキーの背を押して一番近い場所にあった椅子へ座らせた。

「……」

 ヤンキーはまだ下を向いたままだ。最初の勢いの良さから考えると胸が当たっていたことが余程恥ずかしかったのだろうか。

「あの、貴方が言ったとおり、オレが部田ですけどご用件は何でしょうか? あと失礼ですけどどちら様ですか?」

 相手が無礼でも初対面だし、一旦オレは丁寧な対応をすることにした。

「……あすた……」

「明日? トゥモローの? え? すみません、もう一度お願いします」

「……あすたろ……」

「明日太郎? えっと……声が小さいんで少し張ってもらっていいですか?」

「アスタロト!!!!」

「うぎ!」

 一転してバカでかい声を出しやがった、この露出チビ。鼓膜が破れるかと思った。でも顔を上げてくれたのでこれで少し話せるか?

 よく見ると可愛い顔をしているじゃないか。残念ながらオレはロリではないが、髪も赤いし希に少し雰囲気が似ているかもしれない。だが、コイツの方が肌が浅黒くてやんちゃな感じだ。スカジャンはサイズがデカすぎるがまあまあ似合っている。

「そんで!! 明日太郎さんは!! 何の用ですか!?」

 少々大人げないが、オレもかなり大きな声で質問した。

「ひぃ! び、ビックリすんじゃねえか! テメエ!」

 明日太郎は少し最初の勢いが戻ってきたようだ。が、オレの大声で少しビビったのか太ももがわずかに震えている。

「いいから、用件を」

 オレは明日太郎の前にパイプ椅子を置いてどすんと座った。考えてみればモタモタしているとオレの睡眠時間がどんどん減っていく。こんな変なヤツは出来ればさっさと追い出したい。

「き! 貴様は! 今度……魔界の停戦協議に参加するらしいな?」

 何をミスったのか最初声が裏返っていたが、それよりそもそもコイツは?

「そうですけど、貴方こそ、関係者?」

 この廃墟となった世界に普通の人間がプラプラしているわけがない。ハガイも集団ジャンプさせたと言っていたし。ということはこの明日太郎は異世界住人だろう。

「私は……ふふん! 司令ベルゼブブ隊筆頭アスタロトなのだ! 驚いたか!?」

 急に立ち上がって足を広げて仁王立ちする明日太郎。

「……すいません、知らない」

「……ええ!? うそ!?……うそ!?……!!」

 口を両手で覆って絶句するほど驚くことか? 悪魔の世界なんてサタン? ルシファー? それと……友達のアモンと……あ~ベルゼブブ? 何かハエのヤツでしょ? ちらっと知ってる。…………そんなもんでしょ!

「うん、知らない。誰?」

「あ! 悪魔界のナンバー2であらせられるベルゼブブ様の側近じゃぞ、ゴルァ」

 また最初の目を剥いての挑発的な顔でオレの顎を人差し指に乗せながらうそぶく明日太郎。

「あの! そうやって近づくと谷間が丸見え。乳首見えそうだし」

 こっちが座った状態でむこうが立った状態。そんでそのチャック半開きの上着しか着ていない女がかがんで来たと。結果は火を見るより明らかである。

「ち、ちく!? ……」

「うん、そう。もう少しチャック上げなよ。まあ大きいみたいだから余計そうなりやすいのかもしんないけどさ」

 明日太郎は衝撃を受けた表情と共にあの天界の希そっくりな形で『その場ペタンコ座り』になり、両手を胸の前でクロスさせて『ウィッシュ』ポーズ……いや、隠している。

「お、おのれ部田!」

 また赤面しながらも今度はきちんと言葉を返してきた。えらいぞ、明日太郎。

「悪いけど、早く寝たいんだよ。明日太郎さんの用件は何なのかそろそろ言ってくんない? オレはその魔界の会議に出席するし、アンタがベルゼブブの部下というのはわかったよ。そんで?」

 もう、なんか面倒くさくなってきた。

「……き!! 貴様がどんなヤツか……見に来た」

 発言には多少気の強さが伺えるものの、明日太郎はガッチリ胸を押さえながら、少しおどおどしている。 

 絵面的にオレが明日太郎を脅しているみたいになっちゃっているのが、ちょっと不本意だな~。

「え~!? たったそれだけ!?」

「わ、悪いか!?」

「いや、悪いとかそういうのじゃなくてね……う~ん……時間の無駄?」

「無駄!?」

「オレはただの人間で何の力もないし、今回だって呼ばれたから来たけどオブザーバーに近い存在だと思っているし、そもそも主役はあくまでも魔界のメンバーでしょ?」

「……」

 コイツやっぱり希みたいだな、アホそうだし。

「全然関係ないけどさ、何で下だけウチの制服なの?」

「……学校だから」

「え? じゃ、上がスカジャンなのはどうして?」

「貴様になめられないように……」

「ふ~ん。でもそれを着ているせいでおっぱいが見えそうになっちゃって結果、失敗だよね?」

「うるさい! 黙れ!」

 また、立ち上がって威勢が良くなった明日太郎。単純なヤツだ。でもベルゼブブの右腕か何かということは何かすげえ技とか魔術とか使うのだろうか?

「ごめん、ごめん。ところで君はどんな恐ろしい技を使うのかな? きっとすごいんだよね?」

「……ふふん! こう見えても私はドラゴンを手なずけているし、毒霧も吐ける。貴様などコロリだわ」

「へー」

 明日太郎は出ばな、関西弁だったような気がするが偽物だったんだな多分。あと『コロリ』とかフツー若者は使わないだろ?

「それと聞きたいのだけど、君はエキドナとかアモンのことをどう思っているんだ? やはり敵か?」

「えっ? ……」

 明日太郎は今までで一番の真顔になった。結構エグイ質問だったかな? でもこれからのことを考えれば是非知っておきたい。

「エキドナはそんなに好きじゃないけど……」

「何で?」

「だって口が悪いし、散々ツッコミ入れてくるし、大人目線でなんか嫌い」

「うん、ちょっとわかるぞ。アモンは?」

「アモン様は、かっこいい。優しい。頭良くて素敵」

「褒めてばかりじゃないか。ならばなぜ争う?」

「私はベルゼブブ様の部下だから……」

「なるほど、上司の命令じゃあ仕方ないか」

 側近を口説き落としても事態の打開には繋がらないのか。いや、それともコイツがただの役立たずなだけなのか? うん、後者の気がする。

「でも、私はまた魔界が一つになれたらいいなって思っている」

 明日太郎は寂しげに呟いた。

「そっか……あ、お前の友達になれそうなヤツがいるからソイツを調停会議……じゃなくてなんだっけ? とにかく魔界の会議に連れてきてやるよ」

「?」

「ま、その時のお楽しみだ」

 こうして異世界線最初の夜は寝不足になってしまった。もちろん、その前に明日太郎は帰ったというか消えた。決して一緒に寝ていないからそれだけは念押ししておく。

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