すすれ文学少女
文芸部に入部したばかりの私が、馴糸しおり先輩に会ったのはその日が初めてだった。
濡れ羽色の長い髪、白磁のような肌に、黒玉のような目。派手さはないけれど思わず見入ってしまう美貌の二年生だ。
私が部室を開けると、しおり先輩はカセットコンロに鍋をかけてお湯を煮立たせ、ポリ袋で密封した本を茹でている所だった。
「あの……何やって、いるんですか」
まさかの奇行に至極当然の疑問が口を突いた。
「こら、邪魔しちゃ駄目でしょ。しおりは読書中よ」
後ろから来た部長が私の制服の袖を引いた。
「どくしょ」
ポリ袋をお湯から上げたしおり先輩は、あちち、と小声で呟きながら熱せられたハードカバーの単行本を袋から取り出している。その一ページ目を開き、机の上に置いた。
おもむろにヘアゴムで長い黒髪を後ろで束ね、胸元から取り出したのは、箸。
細い指先で箸を翻し、本のページに突き立てた。
すくい上げるように箸を動かすと、本の文章、その一行一行が、まるで麺のように箸に絡んで紙面から持ち上がった。
「えええええっ!?」
しおり先輩はふうふうと冷ます風に箸に絡んだ「文章」に息を吹きかけると、その艶やかな口元から勢いよくすすり上げた。
「うわあああっ!」
「うっさいわね」
迷惑そうな部長の腕を掴み、幸せそうに「文章」を咀嚼しているしおり先輩を指差した。
「ほ、本の文章をすすって食べてますよ! 何あれ、何あれ!?」
「文章は細いからすするものでしょうよ」
「形状の話はしてないですよ!」
騒ぎ立てている私に気付かないほど集中しているのか、しおり先輩は次々にページをめくっては、その文章を箸ですくってずるずるとすすって食べている。
あっという間に「文章」を食べ終えたしおり先輩は、持ち上げた本の小口に唇を当てて、こくこくと喉を鳴らし始めた。
「こ、今度は何か飲んでますよ!」
「行間ね」
「飲むの、行間!? スープみたいに!?」
本を閉じると、しおり先輩は満足気に大きく息を吐き、ごちそうさま、と小声で呟いた。
「ほんとしおりは速読家よね。あれで内容がちゃんと頭に入っているのよ、羨ましいわ」
「いや速さ以前に指摘すべきところがあるでしょうよ!」
私が世間知らずなだけなのか?
世の文芸部員は、みんな本をラーメンみたいにして読んでいるのか?
今の私には否定しきれない。
なろうラジオ大賞2 応募作品です。
・1,000文字以下
・テーマ:文学少女