葉書
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
小沢君へ
大阪の大学への進学が決まりました。
自分で決めたことだけど、みんなと離れてしまうことを思うと寂しいです。
地元に戻ったら、また仲良くしてください。
今までありがとう。
佐伯理恵
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
彼女からの葉書にはそう書かれていた。返事を書こうと思ったけれど、彼女の住所はどこにも見当たらなかった。僕は諦めて、その葉書を電気スタンドに立てかけておいた。そもそも彼女のことを、僕はほとんど知らないのだ。一年の時に同じクラスだっただけだ。三年のクラスも違うし、部活も違う。それでも彼女は僕の事を覚えていたのだ。そのことに対して僕は嬉しく思った。同時に申し訳なくも思った。僕は彼女がどんな女性だったか思い出そうとした。セミロングの髪に、ぱっちりとした目をしていた。良く喋る方だった。運動部だった。服装は?わからない。制服姿しか見たことがなかった。兄弟はいたのだろうか。友達は多かったと思う。趣味はなんだろう。わからない。何が好きだったのだろう。大阪の大学ってどこだろう。
僕は一通り考えてみたけれど、彼女について思い出せることは限られていた。その葉書はしばらくの間電気スタンドに立てかけられたままだった。それから一年が経ったある日、彼女が僕の所にやってきた。こんにちは、と彼女は言った。
「ねえ、去年ここに葉書が来なかった?」と彼女は訊いた。
「うん、きっとこれだろう」
そう言って僕は彼女に葉書を差し出した。
「そう、これよ。本当は別の小沢君に送るつもりだったの。どうもありがとう」
彼女は葉書を鞄にしまうと、回れ右をして帰って行った。
それ以来、僕はずっと彼女のことを覚えている。