第1章01 『入団選別』
「ようこそ諸君。我々聖都騎士団は諸君らの到来を心待ちにしていた。」
力強い声が響く。その威厳ある声にレオンは自分の心が奮い立つのを感じた。
ここは聖都の中心に位置し、フェルト城を始めとする様々な施設を擁する"聖域ユグドラシル"。さらにその一角にある養成舎内の講堂である。
講堂にはこの春から騎士団に入団する者たちが並べられており、レオンもその列の中で起立していた。どの者も表情は凛々しく真剣な眼差しをして前方中央の壇上を見つめている。
視線が集まるその先には5人の強者達が立っていた。それはまさしく最強の名を持つ剣聖達であった。その名誉と実力を表すかのように壇上からは圧倒的な威圧感がこちらに漂ってくる。
(剣聖が5人も...すごい、ほとんど全員じゃないか!)
憧れの存在達が一堂に解しているのを目の当たりにしてレオンの心は浮き足立っていた。それもそのはずである。壇上には在位中の剣聖6名のうち5名が並んでいるのだ。剣聖のことをもはや神のように敬っているレオンにとっては信じられない光景だった。
だが、大喜びではしゃぐような状況ではないということは世間知らずの田舎者ですら理解ができた。
「諸君らは我々の新しい仲間だ。」
聖都騎士団。人々を守り、人々から敬われる崇高なる騎士たち。その名誉ある騎士団に仲間入りすることができる。起立している者達の顔はどこか誇らしげであった。
しかし、剣聖は予想外の言葉を続ける。
「...と言いたいところだが、厳密にはまだそうではない。」
「諸君らにはこれから選別を受けてもらう。」
壇上の中心に立つ剣聖が発した言葉によって講堂には動揺と緊張感が走る。中には「聞いてないぞ」と不満を露わにする者もいた。
「近年、魔族が強力になっている傾向が見られる。騎士団として大陸に巣食う魔族の手から人々を守るには強さが必要だ。諸君らにその力があるか確かめさせてもらう。」
レオンはゴクリと唾を飲み込んだ。考えてみれば当たり前のことだ。人類の剣である騎士団においそれと気軽に入ることのできる道理はない。入団できるのは一握りの才ある者達であり、この場に集まった者はほとんど脱落することも有り得ない話ではないだろう、と気を引き締める。
「では早速だが入団選別を行う。30分後に屋外の修練場に集合するように。各自解散せよ。」
そう告げると中心に立つ剣聖が右腕を上げて合図する。その直後、壇上に立っていた剣聖達は一瞬で全員姿を消した。
「き、消えた...」
レオンは思わず声に出して呟いた。周りの若者達も皆彼と同様に目をキラキラと輝かせていた。剣聖達の粋な演出によって張り詰めていた緊張感が少し薄れたのか、近くの者と談笑し交流する声がちらほらとあがるようになった。
「あなたはどこの家の出身なのでしょうか?僕の家は---」
「私の家は古くから聖都に家を構えておりまして---」
「この間の剣舞祭ご覧になりましたか?」
「早くフェルト城に入ってみたいですわ...」
(なんというか...違う!)
田舎者は1人困惑した。自分の周りにいた者達は確かに同じ騎士団を志す同士ではあるが、どの者もいかにも上流階級出身の者だと言わんばかりに品のある者達だったのである。
聖都の騎士はその他の職種とは異なる上位職に相当しその多くは聖域ユグドラシルで生活している。そのため現役の騎士を辞めた後も聖都で生活する者は少なくない。そうやって長い間聖都を基盤とすることで騎士を輩出し続ける名家は多く存在したのだ。
(馴染めない...)
もちろんそんな状況で田舎者など話の輪に入れるわけがない。ましてやレオンの場合...
「見ろよ、あれが例のズル野郎だぜ。」
「剣聖様に媚を売っているらしいぞ。」
「見るからして田舎者ですわ。こっちまで田舎者が移ってしまいますわ!」
---ご覧の有り様である。
☆
「君、騎士団に入らないか?」
「へ?」
「君には素質がある!今の騎士団には君のような面白い少年が必要なんだよね〜」
「え、えと、その...」
「大丈夫!俺が推薦しとくからさ〜 ってわけで明日入団式あるからよろしく! あ、今日はさっき休んでたとこに泊まってって良いから〜」
「ちょ、ちょっと!僕が騎士団にって...え!?」
レオンは慌てて問い返そうとしたがすでにネルヴァはその場を去っていた。
☆
「どうしてこんなことに...」
断りきれずにここまで来てはみたものの、どうやら他の入団希望者たちは適性検査を通過して今日の入団式を迎えていたようである。そんな中、適性検査を免除されたどこぞの田舎者が混じっていれば煙たがられるのは必然であった。
はぁとため息をつき、憂鬱な気分で修練場に向かうことにした。心なしか足取りは重くブルーな気分に包まれる。
「君、ほんとに媚売ってるの?」
ふいにすぐ後ろから声をかけられ振りかえる。振り返った先には同世代くらいの容姿をした少女がこちらに向かって歩いて近づいてくるところだった。
「君、ほんとに剣聖様に媚売ってるの?だとしたらちょっと引いちゃうなぁ。」
「ち、違うよ!うまく説明するのは難しいけど媚なんて売ってない!」
レオンは力強く否定したが、声が上ずってしまい明らかに挙動不審である。そんなレオンを見て少女は
「ふ〜ん、まいいや。この後分かることだしね。お互い頑張ろうね!」
レオンに向けてにこやかに笑いかけた。それを見たレオンは天にも登るような嬉しい気持ちになった。まるで初めての理解者に出会ったかのような気分である。
「うん!頑張ろう!」
(そうだ、頑張って自分の力を認めてもらうんだ。こうなった以上ネルヴァ様の好意を無駄にはできない!)
少年の心に火がともる。その時またあの「内なる声」が頭の中で励ましてくれているような気がした。
☆
---30分後---
入団希望者たちは修練場に集められた。
(ここが修練場...)
修練場は主に騎士たちが戦闘訓練を行う際に使われる場所であり、コロシアムのように数十メートル四方で周囲を観客席に囲まれていた。地面中央には騎士団のエンブレムに沿って模様が施されている。
入団希望者が全員揃ったところで観客席に5人の剣聖が現れた。先ほど壇上中央にいた剣聖は立っているがその他の4人は席に腰をかけている。
「揃ったようだな、ではこれより選別を行う。ネルヴァ、よろしく頼む。」
指名されると「は〜い」と伸びをしながらネルヴァが観客席から立ち上がる。
「え、ネルヴァさんにやらせちゃっていいんですか!?」
「はぁ、今年の子たちはかわいそうだ...」
「なんでもいいと思うよ。」
他の剣聖達からの辛辣な言われように「俺ってなんだと思われてんの....」とガッカリしながらネルヴァが観客席から降りてくる。
そしてエンブレムから少し離れたとこまで歩みを進めると、
「よ〜し、入団希望者諸君?これから選別を始めるぞ〜、準備はいいか?」
ネルヴァが軽く投げかけると、希望者たちは各々身構える。
(相手は剣聖だ、何をすればいいのかわからないけど...とにかく絶対に気を抜くな...!)
レオンはそう自分に言い聞かせ体に力を込めると全身に軽い身体強化を施す。
「あ!ルール言ってなかった。いいか〜、ルールは簡単!地面にエンブレムがあるだろ?俺がよーいどんって言ってから、
5秒間そのエンブレムからはみ出さずに立っていたら合格ね。」
思わぬ選別内容に驚きが走る。
(え!それだけ!)
レオンはあっけに取られて目が点になった。周りの者達も同じようなリアクションをしている。修練場内が「これなら大丈夫だろ」というムードに包まれ、全員エンブレムの上に乗った。
「じゃあ始まるよ〜!」
変わらない雰囲気のままネルヴァは剣に手をかける。
だがその瞬間とてつもない威圧感が襲いかかりレオンは思わず戦慄した。
(まずい、これは!)
周りは気がついていないのか軽く構えているだけである。だがレオンは違う。自らにのしかかる圧倒的なプレッシャーに押しつぶされそうになる。すぐに勘づいたのは彼が以前にも同様の威圧感を感じたことがあったからだ。
(これは昨日の、村の外れで見たやつと同じ...下手したらそれ以上の...)
「いちについて、よ〜い」
ネルヴァは剣を引き抜く構えになった。それと同時に更なる威圧感が襲いかかってくる。さすがに他の者達も感じ取ったらしく一瞬にして緊張感が辺りを包み、慌てて魔術を発動する者もいた。
---だが、もう遅すぎた。
「---どん。」
ネルヴァは剣を勢いよく引き抜く。
衝撃が波のように修練場に広がる。まるで水面に小石を落とした時の如く、ネルヴァを中心にして波状の衝撃が走り---
直後、強烈な風が襲う。
それは今まで生きてきた中で感じたことのないような突風であった。早くも大勢が後方へ吹き飛ばされているのが視界の隅に映る。少しでも気を抜くと吹き飛ばされそうな暴風の中でレオンは飛ばされまいと必死に力を込めて踏ん張った。
(たった5秒だけじゃない、こんな中で5秒もだ!)
まるで永遠のような5秒が続く。それほどに剣聖が繰り出した衝撃の勢いは凄まじかった。必死に堪えるレオンだったが徐々に身体が向かい風に負けて浮遊感に包まれるのを感じた。
(ぐっ...いま何秒経ったんだ?まだ続くのか...?)
そろそろ限界が近づいてきた頃、内なる声が響いた。
(すごい...おい少年!隣の子を見てみるんだ。)
(なんだ、昨日から大人しいと思ったらこんな時に急に出てきて...)
そそのかされるままに隣に目をやると先ほど声をかけてくれた少女が必死に強風を耐えていた。レオンより華奢な身体なのに芯が通っているのか、しっかりと両足で地面を掴んでいる。
負けてられない、と思ったレオンだが、悲しいかな彼も男の子である。
少女は正面から強風を受け身体にぴっちりと服が張り付き、彼女のボディラインが服の上からも分かるほど強調されてしまっていた。それに気がついたレオンは赤面し思わず目を逸らし---
---そして気が緩んだことにより足が浮き、勢いよく吹き飛ばされた。
「おいぃぃぃ、ふざけんなぁぁぁぁ」
少年は飛ばされる最中、大声で叫んだ。