序章05 『内なる声』
「魔族!?ここは聖都だぞ!!」
信じがたいことに目の前には魔族がいた。魔族が人里を襲うこと事態は珍しくはないが騎士団が出来てからはてっきりそのような話は聞かなくなったらしい。ましてや聖都に魔族が現れるなんてもっての外であった。
魔族はブヨブヨとした巨体を垂らしながら短い2本の足で立っていた。そして泥に覆われた皮膚を持つ太い腕で人々が溶けてできた泥をかき集めて自らの体に取り込んでいた。
(あいつがやったのか!)
魔族はレオンには目もくれずにひたすらに泥を喰らったり体に塗ったりしていた。その様子を見てレオンの中に怒りがこみ上げてきた。そして、
「何してんだお前ぇぇぇ!!」
大声で叫びながら魔族へと殴りかかった。身体強化を施したレオンの拳は鉄のような硬さになる。拳が直撃し、魔族は体勢を保たずにうめき声を上げながら倒れた。
「くっ...こいつ思ったより硬い...」
泥のような外見に反して魔族の体はかなりの硬さがあり、魔術を施したとはいえ勢いよく殴ったレオンは拳にズキズキとした痛みを感じた。
「まだまだ!」
レオンは魔族と戦闘した経験はなかったがだからといって逃げ出せるような状況ではない。幸い魔族に攻撃は通用しているように見え、体力と魔力を消耗する前に決着をつけようと追撃に出る。
しかし魔族は口を大きく開き、レオン目掛けて泥を発射した。
(まずい!)
レオンはとっさに回避したが体勢が崩れてしまう。それを見計ったかのように魔族の太い腕が伸びレオンに直撃。見えない壁に叩きつけられ、その反動で口から塊のような血が漏れる。
「う、、、うぐっ...」
(なんて力だ...身体強化がまるで役に立たない!)
レオンは再び力を込めて魔族のもとへ飛びかかろうとしたが力が抜け地面へと落てしまう。魔力切れを起こし飛べなくなってしまったのである。
「魔力切れ、、、くそ、こんなときに...」
今朝の一件もありもはやレオンには立ち上がる力すら残っていなかった。顔を上げ魔族を睨む。魔族はゆっくりと、しかし着実にレオンの方へと歩み寄ってくる。
「こんの....!」
力を振り絞って近くの石を投げたが魔族は気にも留めずにじりじりと近づいてくる。
(このままじゃもう後がない...一か八かで飛ぶしかない!)
レオンは決心し、右腕に精一杯の力を込めて地面に叩きつけた。衝撃の反動で飛び上がりそのまま飛行で魔族との距離を取る算段であった。狙い通り体は高く飛び上がりそのまま飛行することに成功した。
(行ける!これなら...)
レオンが飛ぼうとした瞬間--
--魔族の右腕が伸びる。
「...ツ!!」
腕はレオンへと真っ直ぐ伸び、レオンの視界は巨大な手に阻まれ真っ暗になる。
(ダメだ...こればかりは助からない...)
レオンは諦めたように目を閉じて--
目を閉じて、何も起こらなかった。
何も起こらないというよりかは「何も無くなった」という表現の方が正しかった。音も聞こえなければ魔族の気配も感じず痛みも感じないのだ。
(何だ...周りの空気が変わった...)
レオンは恐る恐る目を開いた。
そこには眼前に迫った魔族の手はなく、それどころか自分が見たことのない空間に"漂って"いることに気がついた。
辺り一体にはさまざまな色や形、大きさをしている気泡のような物体が漂っており、それらは柔らかそうな印象を受けた。
困惑したままレオンはその気泡に手を伸ばすと...
「触ってはいけない!!」
声が響いた。声からして男だろうか。レオンは驚き手を引っ込め声がした方を振り向く。声の主の周りは靄がかっておりその容姿はまるで確認できない。しかしながらぼんやりと人型をしているようであった。
「そいつは劇薬だよ。触れると体が弾け飛ぶ。」
声の主は続ける。
「随分と...随分と待たされたぞ...全く。」
「何のことでしょうか、それよりここは一体?」
「ここは...そうだな、世界の裏側と言ったところだな。普通に生活してたらまず来ることはないだろうな。貴重な経験だ!感謝しろよ!」
声の主はなぜか偉そうに声を張り笑った。相変わらず容姿は掴めないが自慢げに腕組をしているようだった。レオンは目を細めて姿を確認しようとしたがそれは全く叶わなかった。
「その様子だと俺の姿は全く見えていないようだな。それも当然!俺は体が無いからな!」
「え!?体が無い!?」
理解が追いつかない...レオンはそう感じて頭を抱えた。
(一体何を見せされているんだ!? もしかしたら僕は死んだのか? 普通に生活したらいけない場所って「死後の世界」とかそういうことなのか?)
頭を抱えて唸っているレオンに向けて声の主は話を続ける。
「いかん、こんな無駄話をしている時間はないんだった! 少年よ、君に戦う意思はあるか? 正確には剣を取って魔を斬り伏せるということだが!」
声の主は威勢よくレオンに問いかける。
「剣を取ってと言われても、剣なんて振ったこともないし、そもそも自分の剣すら持ってないし...」
レオンは伏し目がちにごにょごにょと遠慮しようとしたが...
「そこは問題ない、俺が手を貸そう。大切なのは君に戦う意志があるかどうかだ! 君はこのまま魔族の腕に押しつぶされて死んでもいいのか?」
声に問いかけられてレオンは自分が置かれている状況を思い出す。そうだ、決して助かったわけではないのだと。まだ魔族は倒れていないのだと。
「そりゃ僕だってこのまま倒れるのは嫌だ!でももう魔力も残っていないしボロボロでどうにもならないんだ!」
レオンの悲痛な叫びを聞いた声の主は笑うように投げかける。
「戦う意志があるならば十分。合格だ! 安心しろ、そのために俺がいるんだ。とにかく時間がない、俺に触れるんだ少年よ!」
そして霞がかった手を差し出した。レオンは躊躇ったものの覚悟を持ってその手を取った。その瞬間辺り一体に光が満ちる。
「共に行こう、少年よ。君は"俺という剣"に選ばれた。」
眩い光に包まれる。
「まさか同じ日に2度も光に包まれるとは。」
レオンは自重気味に思いながらぼんやりと目を閉じた。