序章03 『聖都にて2』
「あはは、大袈裟ですよ。ようこそ聖都へ!私はリゼです。」
リゼは自分の名を名乗りながら笑顔で手を差し出した。大きな瞳は翠色に光り、鼻筋は真っ直ぐに通っている。首の辺りまで伸びる金の髪は窓から差し込む日光に照らされて光り輝いていた。
レオンは可憐で美しいその容姿に思わず見惚れてしまっていた。すると、リゼは「もしもーし」と言いながら首を傾げて不思議がった。はっとしたレオンは急いで手を差し出して名前を名乗った。
「僕はレオンです!剣聖...り、リゼ様!この度のご温情ま、まことに嬉しく思い、、、え、えと、、その...」
田舎育ちのレオンには敬語の知識などは皆無であった。しかもこれまでの人生でおそらく一番偉い人に急に出会ったとなればその緊張は計り知れないものである。故に気がつくと意味のわからないことを口走ってしまっていた。
「あはは、リゼでいいですよ。よろしくお願いします!レオン君。」
「はい、、よろしくお願いします。リゼさん。」
リゼのおかげで緊張のほぐれたレオンはふぅ、と一息つくとそのままリゼと握手を交わした。
「さて、あなたがどうして倒れていたのかお話を聞かせていただけませんか?」
レオンの動揺もひと段落するとリゼが話を切り出した。そしてレオンはそれに応じるように、自分が配達していたことと、蒼い"ソレ"に遭遇し、襲われたことなどをリゼに話した。
一通り話し合えると、
「なるほど...それはとんでもないことかも知れませんね...」
さきほどまでは元気な美少女といったような雰囲気だったリザは一転して冷静に思考を巡らせているような顔つきになった。
「まさか"始原の蒼"...長い間現れなかったのになんでこのタイミングで...」
レオンは微かにしか聞き取れなかったが、リゼは口元に手を当ててぶつぶつ呟きながら考え事を始めてしまった。その様子を見るにどうやらただ事ではないらしいとレオンは感じた。もしや自分のせいで何か変な事態が起きていないだろうかと急に不安に駆られる。
その様子を察したのか、大きな声で「あぁ、」と漏らすと、
「すみません、私、考え事をするといつもこうなってしまうんです...あはは」
リゼは申し訳なさそうに謝り、話を続けた。
「レオン君が出会ったのはおそらく魔族でしょうね。あれほどの被害をもたらすほど強力な魔族なら目撃情報の1つや2つ挙がると想うのですが...」
レオンは"ソレ"を見たときに魔族とは違った感覚を覚えたため完全には納得しかねたが、自分の知らない魔族も多くいるのだろうと自分に言い聞かせるようにして納得するしかなかった。
「とにかく、またその魔族が顕れないとは限りません。あれほどの被害が出るのならば私たち剣聖が出ないわけにも行きませんからね。」
そう言うリゼの顔は剣聖としての使命感に満ちているようであった。
「さて、私はそろそろ戻ります!まだ体が痛むようでしたらゆっくり休んでいってくださいね。もう大丈夫なようでしたら、この部屋を出てすぐに出入り口がありますからそこからお帰りください!では、またどこかで!」
最後にこちらにペコリと一礼してまた元気よくリゼは去っていった。
部屋に残されたレオンはしばらく休み、おもむろに立ち上がると、
(いつまでもここにお邪魔するわけにはいかないな...それに丘の上のお城に持っていく手紙も無くしてしまったし...)
まだ体の痛みは抜けきってはいなかったが城を後にすることにした。
外から改めてフェルト城を見上げると、様々な彫刻に模様が施されていて思わず息を飲んだ。こんな間近にフェルト城を眺めるのもこれが最後だと思い目に焼き付け、満足気にその場を後にした。
聖域ユグドラシルにはそのほかに教会や軍の養成所など様々な建物があるがレオンは部外者にすぎないので遠目に眺め、市街地でも回って帰ろう、と歩き出した。
その様子をフェルト城から見下ろす男が1人。
「なんだあいつ、あんなやつ騎士団にいたっけな。」
男はリゼに負けず劣らずの綺麗な金髪をしている。だが、毛並みの綺麗なリゼとは打って変わって至る所にうねりのある癖の強い髪をしていた。男は何となく窓の下を眺めていたが、自分の隣に心配そうに少年を見つめている者がいることに気がつき、ニヤリと笑った。
「り〜ぜちゃん、なーに見つめちゃって!あんな感じがタイプなの?あ!もしかしてショタコンとかって言うやつ??」
「うげ!ネルヴァさん!!ち、違います!彼はさきほどお話した怪我人です!身体が心配で見ていただけですー!!」
急に話しかけられて動揺したリゼはとっさに距離を取り身構えた。それを見た男は笑いながら続けた。
「本当に? ま、いいや。へー、あいつがさっき言ってた"始原の蒼"に襲われた少年ってことかぁ。」
「ええ、彼が遭遇し攻撃を受けたモノの特徴は伝承にある"始原の蒼"のそれに全くと言っていいほど一致しています。」
「うーん、だけどアレはもう随分と姿を現してないんだろ?そっくりな魔族とかってオチはないのかな。」
「そうかもしれませんね...ですが、そうなら尚更のこと我々も何かしらの対策を講じる必要があると思います。アレほどの被害を出しておいて目撃情報がないということはもしかしたら転移のような特性があるのでしょうか。魔術を扱う魔族はいることにはいますが転移となるとそれこそ高度な魔力が必要で...」
リゼは真剣に思案してぶつぶつと呟き始めてしまった。男は「あちゃー、はじまったか」と困惑した顔で頭を掻いた。こうなったリゼを引き戻すのは難しい。良い暇つぶしになった、と男はその場を後にしようとして...
「もし本当に"始原の蒼"に遭ったってんならよく死ななかったなあいつ...」
もう一度窓を見下ろし、「良いオモチャが見つかった」とニヤリと笑う。
そして、彼---剣聖ネルヴァは廊下を元気よく走り出した。