序章02 『聖都にて1』
---夢を見ていた。
見覚えのない場所であった。あたり一面は火の海。そこでレオンは立ちつくしていた。
目線の先には男が立っている。風貌からして騎士だろうか、しかし彼の鎧はボロボロだった。
(...随分と...待たされたぞ)
その男が発したのだろうか。しかし男はこちらには目もくれずに立ち尽くしているだけだった。火の手は今にも男を呑み込もうとしていた。
---夢を見ていた....
...これは夢なのか?
レオンは男を助けるために走り出そうとしたが、自分の体はなく、意識だけがふわふわと浮かんでいるような感覚でそれは叶わなかった。
(時は...満ちた...)
---これは夢ではない。
「...ッ!」
レオンははっとして目を覚まし、そのまま体を起こした。見回すとそこは見覚えのない部屋の中だった。病室なのだろうか、近くにはベッドがいくつか並んでおり、レオンはそのうちの1つに座っていた。
気がつくと自分の服装も病服のような格好をしており、枕元には服が畳んであった。どうやら誰かが看病をしてくれていたらしい。
「たしか...そうだ、魔族みたいな奴に襲われて...」
そこまで思い出したところで勢いよくドアが開く音がした。
「おぉ!気がつきましたか!!よかったよかった〜」
ドンドンと足音を鳴らして勢いよく部屋に入ってきたのは金髪の女性であった。腰には剣を携えている。どうやら騎士のようだ。
「いやぁ、任務で辺境まで来ていたら君が倒れていたので驚きました!見たところお怪我は酷くないようですが大丈夫でしょうか?どこか痛みますか?」
部屋に入ってきた勢いはそのままにこちらの元へ駆け寄り瞳を覗き込んでくる。その可憐な風貌にレオンは少したじろいだ。しかも察するに彼女が看病をしてくれたようである。つまりは服を着替えさせてくれたわけで...そこまで考えてレオンは赤面した。
「だ、大丈夫です!あなたが助けてくれたのでしょうか、あ、ありがとうございました!!」
レオンはタジタジになりながらも感謝を告げ、身体を引こうとしたが、その瞬間に体に激痛が走った。
「いっ、、ッ」
「あー、まだ無理しちゃダメですよ!安静にしていてください!」
女騎士は心配そうにレオンをなだめた。
「それにしても一体何があったのでしょうか?君が倒れていた周りは大きなクレーターみたいになっていましたが...魔族に襲われたのでしょうか?でも付近に魔族が出現した報告は受けていませんが...」
レオンは先ほどからこの騎士が"任務"や魔族について口にしていることや剣を携えていること、制服のようなしっかりとした格好をしていることから聖都軍の騎士なのだろうと思い、まだ気恥ずかしさはあるが改めて彼女の方へと視線を流した。しかし、彼女の上着の襟元を見て...
「その勲章は!!け、け、剣聖さま!?」
驚きのあまりレオンは凍り付いた。
剣聖。聖都騎士団が誇る最強の騎士たちであり、人々を魔族や様々な脅威から守る人類の剣である。つまりは大陸全ての騎士たちの頂点にも等しい存在を意味している。それ故に人々から敬われる英雄たちであり、特に子供たちからは憧れの存在である。
田舎育ちのレオンですらそれは例外ではなく、子供の頃はよく木の枝を持って"剣聖ごっこ"をしていたものだった。その剣聖が目の前にいるという現実にレオンは動揺を隠さなかった。
「いやぁ、照れますよ!そこまであからさまなリアクションを貰っちゃうと。」
女騎士もとい剣聖はへへへと照れ臭そうに笑った。
「どうして剣聖様がこんなところに...って僕の看病もあなたが!?ももも、申し訳ありません!僕なんかのために!」
レオンは勢いよく頭を下げた。完全にパニックである。
「いやいや!いいんですよ!ちょうど聖都に帰る途中でしたし!それに倒れている人を見過ごせませんって!」
あぁ、なんと素晴らしいお方なのだろうか、とレオンは感動していたが、1つ引っかかった。
「帰る途中...ってことはここは!?」
窓の外を眺める。そこにはいくつもの建物が並び、通りには多くの人が行き来して活気付いていた。ノートンの村ではこんな光景は絶対に見られない。それこそ大陸においてこんな場所は1つしか思いつかない。それは...
「聖都...聖都フェルティモア!!」
そうここは聖都フェルティモア。王国の亡き後、"聖都"として建てられ、直轄の組織である聖都騎士団を中心に大陸の平和を守る都である。レオンは郵便の仕事を続けてお金を稼ぎ、いつか聖都で暮らすのが夢であった。
自分の憧れだった聖都の景色が眼前に広がっていることに興奮して心を踊らせていたレオンであったが、しばらくして自分のいる部屋が高いところにあることに気がついた。聖都の街並みを見下ろせる場所なんて1つしかない。つまりは...
「聖域ユグドラシル...」
聖域ユグドラシル。聖都の中心にあるいくつかの主要な施設をまとめた総称である。まさしく世界の中心と呼ぶにふさわしい場所であった。
「はい、そうです!ここはユグドラシルの中のフェルト城です!」
剣聖はニッコリ微笑むと、レオンは目の前の現実を理解できずふにゃふにゃになってバタリと倒れた。