第1章02『激動の2日間』
内なる声のセリフを()表記から"()"へと変更しました。
「おいぃぃぃ、ふざけんなぁぁぁぁ」
少年は思い切り叫び、頭の中から"(すまない。)"と声が響く。責め立てたい衝動に駆られたがいまはそんなことを気にしている場合ではなかった。一度飛ばされたが最後、身体は暴風の勢いを受けあっという間にエンブレムの上から大きく外れ、気がつけば眼前に観客席が迫っていた。
(くそ、このままじゃ... やるしかない!!)
レオンは自分の足に身体強化を施し、なんとか空中で体勢を立て直す。そして観客席の壁に足で張り付くように着地すると、
「いっけぇぇぇぇえぇ!!」
渾身の力を持って壁をバネのように思い切り蹴り飛ばし、さながら大砲から射出される砲弾のように勢いよく飛び出した。全力の身体強化を施した発射の威力はとんでもなく、加えて強風を真正面から受け止めているせいで髪の毛と顔の皮膚を後ろから引っ張られているようなひどい顔になっている。
"(少年!きっといま最高にブサイクだぞ!!)"
「うるひゃぁぁぁい、だまれぇぇぇ」
狙い通りレオンは徐々にエンブレムに近づいていく。しかし、剣聖の繰り出した衝撃はなお弱まる事なく襲いかかってくる。その絶えることのない暴風により発射の勢いは完全に相殺され、ついに空中で停滞してしまった。
(くそ、、あと少し、、、なのに、、、)
レオンは飛行魔術を発動すると、最後の力を振りながら暴風の中を進みエンブレムに手を伸ばす。
(あと少し、、、届いた!)
ついに地面のエンブレムの端に手が触れる。まるでそれを見計ったかのように、
「はい、しゅ〜りょ〜」
ネルヴァが声を上げ、剣を使って空を切るかのように素振りをした。すると修練場に吹き荒れていた風は嘘のようにおさまった。レオンは全力で飛行魔術を発動していたため風がなくなった反動でバランスを崩し頭から地面に激突してしまう。
それを見てニヤリと笑うとネルヴァはエンブレムに立っているものを指差しで数えはじめる。
「え〜っと、1,2,3,4...8人か!すごい、思ったより多い!」
ネルヴァが満足そうにうんうんと頷くと---
「すごいじゃないですよ!200人は居ましたよ!!こんなのめちゃくちゃです!」
「やっぱりこうなったか...」
「8人、いいと思う。」
リゼが声を荒げ、もう1人の女の剣聖が頭を抱える。最後の1人はどうでもいいと言った様子でぼーっとこちらを眺めている。
(8人...僕はセーフなのか....?)
レオンは慌てて周囲の人数を数える。1人また1人と数えていくたびに鼓動が早くなっていき、6人目まで数えたところで...
「納得できません!」
後ろから大きな声が上がる。思わず振り返ると、観客席は吹き飛ばされた入団希望者達で溢れかえり酷い有様だった。気絶している者、目が回っている者、伸びている者などなど...もう散々である。そんな中1人の少年がこちらを睨んで立っている。それは先程レオンに嫌味を言ってきたうちの1人だった。
「選別の内容は納得...してはいませんが剣聖の意向なら仕方ありません。ですが選別の条件は5秒間エンブレムに立ち続けることです。ならばその者達も失格のはずです!」
そう言うとこちらに向けて指を刺してくる。それを受けて「そんなこと言ったっけ」とネルヴァは頭を掻く。
(者達ってことは...)
レオンは隣に目を見やると自分と同じように、エンブレムの隅にギリギリ帰ってきましたと言わんばかりに倒れている少年がいた。少年は白い肌と白い髪のせいで酷く衰弱した病人のようだった。
「確かにそう言ったかも知れない。でも考えてみれば、一回外に出て帰ってくる方が凄いと思うんだ〜、だから採用!」
「えぇ...」と少年は不服そうに反論しようとしたが---
「合格者は8名。これは騎士団の決定だ。脱落者に指図する権利はない。」
講堂で仕切っていた剣聖が静かに、そして威厳ある声で言い切ると立ち上がった少年もがっくりと肩を落とした。
「以上で入団選別は以上だ。だがこれはあくまで聖都での選別だ。諸君らの騎士としての道が途絶えたわけではない。」
剣聖は声色を変えて優しく話を続ける。
「現在騎士団は北部に最大拠点を設けて防衛ラインとしている。諸君らに意思があるならばそこへと行くと良い。我々は勇気ある者達をいつでも歓迎しよう。」
剣聖はまるで熱のこもった演説するかのように脱落者達に告げると、彼らの心に再び火がついたのかその多くが立ち上がった。
「私が先導する。北部の拠点へ行く者はついて来い!」
そして先程までリゼの隣で頭を抱えていた女の剣聖が脱落者たちを引き連れて修練場を後にした。大勢が出ていく中で大多数が「なんでお前なんかが」とレオンを睨んで行ったが、彼はアハハと困ったように笑うしかなかった。
こうして波乱の入団選別は幕を下ろし、レオンは無事に騎士としての道を歩むこととなった。
☆
「ふぅ〜」
その晩、レオンはベッドに腰をかけ昨日今日のことを思い返していた。新たに騎士団に入団した8人はこれから養成舎という騎士の養成施設で訓練に励むことになる。それに伴い、自室が与えられそこで生活することになる。
「色々あったな...」
昨日の朝までは普通に郵便屋として働いていたのに、空から魔族が降ってきて、目覚めたら聖都にいて、聖都で魔族に襲われ、変なおっさんに憑依されて"(変なおっさんとはなんだ!)"、気がついたら騎士になった。言うまでもなく激動の2日間であった。
「なんで僕に憑依したんですか?そもそもあなたは何者ですか?それに昨日の変な空間は一体何だったんですか?どうやって僕をあそこに?」
"(それは...)"
色々と突っ込みどころの多い2日間だったが中でも突き抜けて異質だったのは、謎の声に出逢った異空間のような場所と、魔族と戦う際にあらわれた剣である。
本人に聞くのが一番早い、とレオンは内なる声に尋ねた。すると声の主は幽体離脱のようにレオンの体から乖離し、目の前に現れた。その姿は相変わらず漠然としか捉えられない。
"(今の時点で答えられる範囲で教えよう。まず1つ昨日の剣についてだが、アレはただの魔力の暴発だ。普段使いできる代物ではない。そして2つ、君に憑依した理由であるが、これはただの偶然だ。だが私にも果たすべき役割がある。これはまだ教えられない。)"
声の主は話を続ける。
"(そして3つ目、あの空間についてのことだがこれもまた教えられない。今のところは魔力の海とでも思ってくれ。もう2度と行くことは無いだろうがな。)"
「...」
結局のところレオンは声の主について何も分からないままだった。だが自分に力を貸してくれるところを考慮すると危険な存在ではないらしい。そう思案していると、
"(さては俺を怪しんでるな!お、俺はそんな怪しい者ではないぞ!そ、それに君の命を2回も救っているんだぞ!2回目に関しては魔力も分けてあげたし...)"
いや十分怪しいだろと呆れていると、1つ引っかかることがあった。
「2回...!ひょっとして郵便屋をしてた時も!?」
"(その通り!君があの大災害こと"始原の蒼"に襲われた時も助けてあげたのだ!感謝したまえよ!)"
声の主は自慢そうに威勢よく言い放った。
やはり命の恩人だ、この人は悪いやつではないと安心したところで新たな疑問がレオンの脳裏に浮かんだ。
「その"始原の蒼"とはいったい何者なんですか?」
(それは...)
「それは...?」
(それは...俺もよく知らん!)
レオンはガックリと肩を落とした。
☆
"(すまない、君を巻き込むことになってしまった。)"
眠りについたレオンの隣で声の主が静かに呟く。
"(君が騎士団に入ってくれたのは好都合だった。待たずともこの世界の真実へとたどり着くだろう。心配するな少年。)"
そう告げると声の主はレオンの体に吸い込まれるようにして消えていった。