身代わりの姉
私には1つ年下の妹がいる。2つ上には兄もいて、両親も兄も社交界の華と呼ばれた祖母によく似た妹が大好きで、何でもわがままを聞いて、何でも欲しがる物を与えるものだから、うちの経済状況は年々苦しくなっている。
なのに両親も兄もどんなに忠告しても理解してくれない。
それどころか、まるで私が僻んで虐めているかのように言われてしまう。
使用人達もみんな可愛い妹を天使か何かだと思い、私はまるで天使をいじめる悪魔かのように思われているようだ……
もちろん、こんなだから私に婚約者なんていない。取られる心配もなくて良かったのかもしれないけど、女独りで生きていくには働かなくてはいけない。
どこかの上位貴族のお屋敷でメイドが出来れば1番いいのだけれど、外に出すのも恥ずかしい娘だと思われているようで、両親が許可してくれないのだ……
このまま一生家にいるわけにもいかないのに、いったい両親は何を考えているのか……何も考えていないのかもしれない。
妹の口癖は「私……そんなつもりじゃなかったのに。」だ。
両親や兄にあれが欲しいこれが欲しいと言って買って貰い、それに私が苦言を言えば必ず目を潤ませてそう言う。そうすればもちろん悪者は私だ。
そして妹は人の物を何でも欲しがる。今では私には何も与えられなくなり、取るものが無くなってしまったので他所のご令嬢の物にまで手を出し始めたらしい……本当に何を考えているんだろう?
年頃になっても妹可愛さにどこかの王子と結婚させるなんて夢みたいなことを言って婚約者を作らずにいたら、他所のご令嬢の婚約者達にちょっかいを出し始めてしまった。
さすがに何か起こってからでは遅いと必死に両親や兄、妹本人に訴えるも、モテない僻みと全く相手にされず、ついに事件は起こってしまった……
婚約者を取られた何人かのご令嬢達が婚約破棄をして、慰謝料を男性だけではなく、妹にも請求してきたのだ……
いつものように妹は「私……そんなつもりじゃなかったのに。」と瞳を潤ませていたが、怒り狂ったご令嬢やご家族に効くはずもなく、期日までにきっちり払わなければ家財道具どころかお屋敷も手放して、爵位も返上しなければならない所まで来てしまったようだ……
おそらく、あの一言が無ければ家までは手放さずに済んだんだと思う。火に油を注いでしまったようだった。
それでも両親や兄、妹は相手の男性の誰かが、婚約破棄になったんだから妹と結婚して助けてくれると信じて疑わず、危機感を全く持ってくれなかった。
ここに来て使用人の聡い数人は目を覚ましたようで、このままここにいたらやばいんじゃないかと就職先を探し始めたようだ。
家族は誰も気付いておらず、私も見て見ぬふりをしている。退職金も出せないし、今までの態度からして就職先を探す手伝いをする気も無い。
今は人のことより自分の今後の心配をしなければならない。幸い、メイドに冷遇されていたので自分の事は自分で出来る。料理はしたことがないのでわからないが、賄い付の食堂で働ければ1番有り難いな。
もしくは裕福な平民の家の使用人何かも悪くない。このまま家族と一緒にいたら、何をさせられるかわからないので時が来たらさっさと逃げ出す予定だ。
ドレスも平民でも着るような地味で安いものばかりでよかった。宝石1つも持っていないのは、換金出来ないので少し残念だが、おそらく妹が私から奪ったり買ったりしたものが山ほどあるので、いくつか失敬してもばれないだろう。
今はまだダメだが、あの人達がやっと事態を理解してパニクり、使用人が減った時がチャンスだろう。その時どさくさに紛れて妹の宝石を失敬してそのまま逃げ出す予定だ。
屋敷を去る使用人に紛れて行けばきっと大丈夫。
数日後、その日はやって来た。妹の相手の男性達は皆口を揃えて「そんなつもりじゃなかった。」と言って、妹との結婚はもちろん援助も断って来たそうだ。まぁ、当然だろう。
むしろ婚約破棄になってどうしてくれるんだと、息子をたぶらかした毒婦め!うちの分の慰謝料もそっちが払えと怒鳴りこんで来る家まであった。
妹はお決まりの「私……そんなつもりじゃなかったのに。」とうるうるしていたけれど、両親や兄もここに来てやっと目が覚めたようで、化物でも見るような表情で妹を見ていた。
今夜脱出を決行しようと夜を待っていたら、急に夕方メイド達が部屋に来て何故かお風呂に入れられ磨かれ髪を編まれメイクをされ、妹のドレスを着せられた。
何がなんだか困惑しているうちに馬車に乗せられ、とある侯爵家へ連れて行かれた……仕事は出来るが、とにかく女好きで有名な侯爵様の家だ。
どうやら私は売られたらしい……一足遅かった。宝石を狙わずにさっさと逃げ出していれば……でもまぁよく考えれば今までよりいい生活が出来るかもしれない。
元々結婚は諦めていたし、数人もしくは数十人いると噂の愛人の1人に収まるのも悪くない。そう思っていたのに、侯爵様は馬車から降りた私を見るなり一緒にいた父にお怒りになった。
「私は今話題の毒婦と噂のお嬢さんをお願いしたはずですが?まさか侯爵家を騙せると思いましたか?このお嬢さんは誰ですか?」
「ひぃ……申し訳ありません。これは上の娘です!すぐに連れ帰って下の娘を連れて来ますので、援助の話はどうか……お願いします!」
「なるほど……だからアマーリアに似ていたのですね。連れて帰る必要はありません、こちらの娘さんも一緒に頂きましょう。もちろん、すぐに帰って毒婦の方も連れて来てくださいね。9時までに連れて来なかったら、援助の話は無かった事に。」
「わわわわ分かりました!すぐ連れて来ます!」
そう言って私を置いて父は帰ってしまった。まぁ、置いていけと言われたので仕方が無いんでしょうね。
顔立ちはもちろん、髪の色も瞳の色も全然違うのに、何で騙せると思ったんでしょうね?本当バカだとは思っていましたが、ここまでだったとは……
どうやら私は望まれていなかったようですが、これからどうなるんでしょうか?9時までに妹も連れてこいと言っていましたが、もしかして初めてなのに妹と一緒にと言うことでしょうか?
何でも出来ると思っていましたが……中々ハードルが高いですね……が、頑張ります。
「心配しなくても大丈夫だよお嬢さん。私は毒婦と噂の娘がどんなものか気になっただけなんでね、お嬢さんをどうこうするつもりはないよ。
ちなみに婚約者や情を交わした相手はいるのかい?」
「いえ、家を出すのも恥ずかしい娘だと思われていましたので、そのような相手はいませんでした。」
「おや、そうなのかい?じゃぁちょうどよかった。うちの息子が誰に似たのか堅物でね~、まぁ私を見て育ったからそうなってしまったんだろうけどね。くっくっく
息子と言っても愛人に生ませた4番目の息子で、年もお嬢さんと同じくらいだ。私の持っている子爵位を譲ったんで、今は子爵を名乗っている。
真面目だけが取り柄の堅物な男だが、何故だかお嬢さんとなら合いそうな気がするんだよ。
女なんて皆同じだから誰でもいいと言ったんで、子爵を譲る時に私が決めた相手と結婚すると誓約書を書かせたんだ。
と言うことでお嬢さんは息子の嫁になってもらうね。あの家にいるよりいいだろう?おそらくその様子じゃ、帰ってもまたすぐどこかに売られるのが関の山だ。
何より、アマーリアに似た君をそんな目に遭わせたくないんだよ。」
アマーリアとは、父の一番上の姉で15歳の時に病気で亡くなったと聞いている。肖像画を見たことがあるけど、似ていると思ったことは無いのだが……そもそもあんなに美しくない。
妹とはまた違った美しさのある女性だった。伯母と姪だから何処か雰囲気が似ているんだろうか?
とりあえず息子さんとの結婚なんて、思ってもみなかった位の良い話なので二つ返事で了承した。
すぐに顔合わせさせられ、確かに侯爵様の息子にしては若いが真面目で誠実そうな男性だった。
思ってもいなかった結婚話についていけず、ボーッとしている間に話し合いは終わり、私はそのまま息子さんの部屋へ連れて行かれるらしい。
おそらく、侯爵様が『気に入らないなら私が貰う』と言ったから守ってくれているのだろう。正義感が強いらしい。
今日は息子さんの部屋に泊まって、明日からは離れを1棟貰ってそちらで生活するらしい。
ちなみに妹は別の離れと言うか後宮と言うか、愛人達が住んでいる邸に1部屋与えられるらしい。
本妻や家族と鉢合わせしない様に塀で囲まれて入り口には門番までいるそうだ。
最近では、飽きられた愛人は使用人達にも貸し出されるため、皆侯爵様の寵愛を受けようと必死なのだとか……
仕事は優秀で人格者なのだが、アマーリアと言う初恋の君が亡くなってから女性に対する部分の精神的に異常をきたしたらしく、奥様もとてもじゃないけど1人じゃ付き合いきれないので愛人は公認何だそうだ。
子供達も分け隔てなく可愛がられたそうで、奥様凄いな~なんて思ってしまった。まぁ、確かにアマーリア、アマーリアと別人の名前を呼ばれながら毎晩毎晩求められるのもキツいのかもしれない……
あれ?でも私の事をアマーリアに似てると言っていたけど、侯爵様の愛人じゃなくて本当に息子さんの妻でよかったんだろうか?
思わずそう呟けば、息子さんに抱き締められて、必ず守るから安心してと言われてしまった。
何でも最近の後宮は恐ろしい所らしい……それに、アマーリアに似た私に侯爵様のそんなどろどろした一面を見せたく無かったのと、幸せになって欲しいと思ってくれたから自分では無く、息子さんに託したのだとか……
その夜そのまま息子さんと結ばれ、翌朝妹の話を息子さんが聞いてきてくれた。
慌てて父に連れて来られた妹は、そのまま後宮の所謂やり部屋に連れて行かれたのだとか。驚いたことに既に処女では無かったらしい……あんたいったいいつの間に!相手誰よ?
その事でも実家に苦情が行くらしい……相手の家にもこれで慰謝料かなにか肩代わりしてもらえるかな?
そう思っていたら、本人に問いただしたところ相手は数人いたらしい……婚約破棄された男性達全員と、なんと家の使用人とも関係を持っていたとか……あと……兄も。
本当何やってんのよあんた達!父とは大丈夫だよね?もう嫌だこの家族……全然気付かなかったよ。
寝てる間に、私はちゃんと処女の証の提出は済まされたのだとか。っていつの間に!みんな安心したって、みんなって誰よ!いーやーだー!誰に何を見られたのか気になるけど聞くのが怖い。もう忘れよう。
その後私は後宮のことも忘れ、夫婦仲良く穏やかに暮らしました。侯爵家が大きいので、裏手にある後宮は遠いし普通に塀もあるので、他所の家という感覚なんです。
堅物だけど誠実で優しいし、私だけを愛してくれて良い旦那さんです。
侯爵様は孫に会いに毎日やって来ます。私によく似た女の子で、侯爵様がアマーリアと名付けて目に入れても痛くないくらいの溺愛っぷりです。
おかげですっかり後宮への足は遠退いてしまい、今ではほとんど使用人用の娼館と化しているのだとか。まぁ、広い分使用人も多いですしね。
妹は侯爵様を満足させられなかったようで、最初の晩のあとすぐに使用人達に下げ渡されたのだとか……まぁ、複数人と関係をもつくらい好きだったようなので、本人としてもよかったのかな?
妹の事はすぐに社交界で噂になり、婚約破棄された男性達がみんな関係を持っていたことも話題となりました。
毒婦にたぶらかされたと笑われるか、関係を持ったくせに責任も取らず逃げるとか最低の男と言うレッテルが貼られ、今でも婚活に勤しんでは玉砕の日々を送っているのだとか。
兄の事ももちろん話題となり、実の妹と関係を持った男とみんなに避けられ、慰謝料は何とか侯爵家からの援助で賄えたけど、家は潰れる寸前の様です。
まぁ、誰も嫁に来ないでしょうし、このまま兄の代で終わるでしょうね。まぁ、仕方無いですよね。
父と母にはその後謝りたいと何度か手紙を貰いましたが、私より先に侯爵様が読んで火にくべてしまうので、会わないのも仕方無いですよね?
あ、でもあの時妹の身代わりに私を連れて行けば良いと言ってくれた兄には、ありがとうとここで祈っときましょう。