18.04.22.S 僕の意思(2)
彼と喧嘩したのは今に始まったことじゃない。
彼との出会いも喧嘩だった。
「お前、俺と同じ顔やん」
この一言に対して、昔の僕は、喧嘩売ってるんですか?と言って揉めたのを覚えている。
元々人を殴ることに抵抗など微塵も感じなかったが、彼と知り合ってから、誰かとした「人を殴らない」という約束を破ってしまったことには、苦しくなった。
彼の言葉に、俺は泣かないと言い返した。彼は僕のことを考えてくれているのは分かっていた。
「被害者やのに、加害者を庇ったこともあったやろ」
それは彼女を傷付けたくなかったからだ。
「二番目の時お前は人を信じひんて決めたやろ」
それは君に出会ってなかったから。
「先月だってお前のせいにされて、それを何で受け止めた」
僕が気付いてやれなかったから。
「一人で背負って何が楽しいねん」
楽しくない。苦しいに決ってる。でも一人が我慢して数人が笑顔になるならそれでもいいと思った。
「どおせそいつもお前を苦しめんねん。さっさと縁切れや宝」
それだけは違う。それだけは嫌だ。君を否定された感じで何か嫌だと思った。
何かが戻る音がした。
耳の奥でまた風が吹き始めたような感覚にも陥った。
「だまれ早紀。あいつは違う。殺すぞ」
僕の感情が久しぶりに声に籠った瞬間だったと思う。
あの時の君の笑顔をもう一度見たい。そして、その笑顔を向けられる人になりたいと強く思った。
もう君のことを好きだと思っても良かったのに、それを引き止める僕がいた。
久しぶりに僕は僕のために生きようと思ったんだ。
自分が傷つかない、最善の方法で君に近づいてやる。と誓った。
イネ科の植物が生い茂る道路。イネ科の花粉症を持つ僕。おまけに試合終わりで腰痛も少しあった。体の限界が来ていた。
落ち着いた僕は
「ごめん早紀。俺は俺のために過ごす。もし俺がまた潰れたら、そん時はまた慰めてくれや」
ありったけの作り笑いを彼に向けようと、下を向いて笑顔を作っていた。
彼はそれを不快に思ったのだろう。作ってる最中に殴られた。
「お前をなんとしてでも止めたる。あと言っとくけど、あいつが死んだのはお前のせいちゃうからな。あいつらのせいや。覚えとけ」
彼は頼りになる。
なんでかな?いつもは疲れていて、何も感じない光景。その日は心做しか明るく感じた。慣れてないその明るさに息苦しくなった。
彼に対して、ありがとう。と言った。
家に着いてから思ったのだが、相当腰に痛みが走るようになっていた。
屈むにしても、階段を上るにしても、全てが苦痛だった。悲しくなったよ。だってバレーができないんだから。君に会いに行く理由が無くなったと思うと辛くなった。
俺も変わったな。と部屋で寝転びながら小声で呟いたのを覚えている。
天井に吊り下げられている蛍光灯を見続けた。眩しすぎると感じた僕は、カチャカチャと電気を切った。そこには慣れ親しんだ暗闇があった。
目を閉じて、暗い瞼の裏に君を想像する。
髪はたしかこのぐらいの短さで、身長はだいたいこんな感じ。性格は単なるバカで、行動は真面目。
僕は君を想像していたが、肝心なものができなかった。君の顔だ。いつもどんな表情をしてたっけ。目の位置は?眉、鼻、口の位置は?
福笑いみたいにパーツを組み合わせたが、どうも君には程遠いものになってしまっていた。
「次会った時観察してみるか」
僕の意識が君に向いていることは自覚していた。