手紙編(3)~彼の自己犠牲〜
俺と宝は時間が合えば会うようになっていた。
彼の家の近くには、AからFまでの公園があった。中には蝮が出た公園もあった。
俺たちがいつも行ったのは、その中の一つのC公園。
なんとも昭和を伺わせるような公園だった。
高さの違う鉄棒が二本ずつ。少し幅の狭い、冷たい滑り台にジャングルジム。砂場やブランコまであって、遊具の取り壊しが進んでいく中では、貴重な公園だったと思う。
彼と俺は中学二年生になっていた。
ブランコの定位置に座りながら、俺は彼から話を聞いた。
「今付き合ってるやつとかおるんか」
「それ聞くん?」
「おん」
「好きじゃないけど、付き合ってる人ならおるで」
丁寧に好きじゃないのに、とか言ってたけど、そんなやつと付き合うとか馬鹿だと思った。俺は思ったことがすぐに口から出てしまう性格だった。
「お前バカやろ。何で付き合っとんねん」
「好きって言われてん。半年前の俺みたいに傷付いてほしくないから」
自己犠牲もいいところだった。多分宝の性格上、初恋をまだ忘れられていないはずなのに、自分の恋心を消してまで他人に付き合っていた。
「お前はもっと自分のために生きてもええんちゃうか?」
「自分のために生きるよりも、誰かのために生きる方がよっぽど有意義やと思うよ」
「俺にはその神経が分からんわ」
もっとも俺は、人の為に生きるなど性に合わなかったし、仮にそれが宝でも、俺は見捨てると思った。それだけ俺は他人のために生きるということが嫌だった。
後から分かったけど、自棄が含まれていたのではなく、彼なりに自分のために生きるということだった。
そんなある日、俺は人目につかないトンネルで三人の集団と喧嘩した。相手は高校生だった。体もできあがっていない中学二年生が勝てる相手じゃなかった。一人でも精一杯だったのに、それが三人となると、もうお手上げで殴り続けられた。
俺は自分のことを強いと思っていた。同い年に負けたのは宝ぐらいだったし、一個上にも余裕で勝てるぐらいだった。
でも現実は違った。狭い井戸の中で暮らしている蛙にすぎなかった。
世界はもっと広いということを突きつけられた。
手加減なんて言葉知らない奴らで、あ、もう駄目だな。って思った。
その時だった。宝が来てくれたんだ。
「おまたせー早紀。そんなカス三人に劣勢とか、体調でも悪いのー?」
完全に挑発しに来た。もちろん素で劣勢だった俺を含めて、その場にいた全員がイラッってきたと思う。
でも宝の狙い通り、彼ら三人の意識は俺から外れた。
俺から手が離れた三人は、彼に殴りかかった。十センチメートルほどの身長差相手によく戦っていたと思う。
空手で大学生と練習していると言っていたから、きっと俺よりも視野が広く、遅い手に対して冷静に対処していた。それでもやっぱり体格差というハンデは縮めることができず、力勝負では負けていて、何回も殴られていた。
数分後、彼は見事勝った。
一人ずつこかしては頭を踏んで気を失わせた。傍から見ると、首折れたんじゃ。って思うぐらいに躊躇がなかった。
最後の一人なんて、マウントを取られたかと思うと、足で首を絞めて、マウントを取り返した。
宝はかっこよかった。
最後の一人から退いて立った時の後ろ姿は輝いて見えた。
振り返ったあいつは申し訳なさそうに俺に言った。
「遅くなってごめんな。もうちょい早く来れたら良かってんけど」
口の中を切っていて、血を流している。唇よりも赤く染った歯が相手の強さを示していた。腕や頬は既に痣になっている所も数箇所あった。あの時の表情は決して作ったものじゃないというのはすぐに分かった。
俺は片目しか開かず、立つことができなかった。そんな俺の隣に来て、
「俺も疲れたし、ちょっと休憩するわ」
「何でここにおんねん。学校はどないしてん。そんな顔じゃ明日学校行けへんやろ」
そして俺はその言葉を聞いた。
「自分のために過ごすよりも、誰かのために過ごす方が有意義ってゆーたやん。それが親友なら来る以外の選択肢ないやろ?学校なんて休んでも問題ないし、いつでも助けに来たるわ」
泣いた。初めて人前で泣いた。こんなやつが苦しい思いをすることのない世界にしたいと思った。
怪我が治った俺は、久しぶりに制服に着替えた。学ランのボタンを久しぶりに留めた。首元が窮屈に感じた。
玄関を開けるとまだ肌寒かった。二年生になって数日しか経ってないから。風が肌を包むように吹いていて、桜が舞っていて、朝日が眩しかった。そして久しぶりに
「お母さん。行ってきます」
母は泣いていた。
その日からコンビニで何かを買うと、必ず十円は募金するようにした。
真面目になった俺は先生から褒められたが、元の俺はこれが普通だったから、慣れるまでにそう時間はかからなかった。
宝に出会えて良かったと思った。
人の為に生きるのも悪くないなって思った。
宝は女運がない。だから次は俺が守ってやる。そう誓った。




