19.02.15.F 終わりを迎える僕と始まりに向かう君。
二年生最後のテストの始まりを告げるチャイムが鳴った。
先生の持っているアラームの、ピッ、という音を合図に、クラスが一斉に紙を捲った。
教科は英語表現。本来なら一問一問に集中しないといけないのだろうけど、僕はテストが始まった時から、君のことしか考えられなかった。
この日、僕は君と小説の貸し借りをすることを約束していた。
半月ほど前なら、理由もなく会いに行けた。でも、もう僕たちの間には大きな溝ができていて、理由がないと会いに行けなくなっていた。だからと思う。君と話かけている自分を想像すると、心臓が悲鳴を上げたのは。
だから、本を貸して。というのは、君に会いに行くための理由づくり。
とりあえずテストの解答欄は全問埋めた。完璧だとは思わなかったが、見直しをすることをやめた。
黒板の真ん中に悲しそうに貼られたアラーム。君に会いに行くまでの残り時間、二十一分四十六秒。その数は見るたびに減っていき、僕の鼓動を加速させた。
残り、十分、五分、二分、十秒。もうここまで来てしまうと、感覚も麻痺して、逆に楽しくなってくるという、自分でも理解しがたいことになっていた。
とうとうその時はやってきた。
教室に響くアラーム音と先生の「はいやめてー」という大声。聞き慣れているはずなのだが、毎時間驚いてしまう。後ろや隣からは脱力しきった声や、高得点を確信した叫び声が漏れ出し、それに釣られて僕も溜息を吐いた。
君に会うため、教室の前まで行ったが、どうしてもそこから先に行く勇気がでなかった。ロッカーには鍵がかかっている。僕らは互いにそれを開けることができるのだが、それをしたら君から逃てるみたいで嫌だった。
勇気を出して君のところまで歩いて、声を掛けた。
「◯◯」
久しぶりにまともに見た君は、随分と痩せていて、髪も長くなっていて、もう女性だなって思った。
君の声はいつも廊下まで聞こえていたけど、僕に発せられたそれは約一ヶ月ぶりで、涙が出たが、きっと君は気付いていないのだろう。
僕は君に何度も話しかけて、それに君は何回も答えていたはずなのに、他の皆も僕が君に話しかけることなどどうでもいいことなのに、周りの目を気にしてしまった僕は、皆の記憶が消えて、苦しかった記憶だけでなく、楽しかった思い出すら無かったことになってしまったように感じて苦しくなった。
君の顔を一瞬見た。頬を林檎色に染めた君は初めてだった。一年ぶりぐらいに時間が止まったように感じた。
君は好きな人はいないと言っていたが、信じられなくなった。君を桜よりも赤い林檎に変えてしまう人には、勝ち目がないと思った。もう君が僕の隣に帰って来ないことも察したよ。
本を借りに行ったのだが、どうやら君のロッカーに置いてたらしく、君のロッカーに入れとけばよかったと後悔した。そしたら現実を見なくて済んだのに。
僕はすぐに貸してもらった本の名前を確認した。
「プラージュ」
すぐに君に声を掛けようとした。けど、さっきまでこっちを見ていた君の姿は、いつしか少し距離があったところで後ろ姿に変わっていた。僕は一人取り残された。
余計にロッカーに入れておくべきだったと思った。
僕もロッカールームから出ると、君は僕の苦手な男子と出てきて、二人で帰っていった。
僕はただそれを眺めることしかできなかった。
君に嘘をつかれた事、そんなことを含めて君を好きになってしまったこと。全部に後悔してしまった。
帰り路、「窒素大好き」という珍妙な名の集まりでカラオケに行った。部屋番号は十四。君と始め行った時の部屋番号、五番の前だった。
約四ヶ月ぶりのカラオケで、仲のいい六人で行ったのに、もう一度君と行きたい。って思ってしまった。
君と来たのは約八か月前。その時すでにこの恋は始まったんだと思う。
人生を百年とすると、およそ千二百ヶ月で、そのなかのたった八ヶ月。なのにこの八ヶ月は、たぶん千ヶ月経っても、忘れることはないと思う。
君が好きだ。大好きだ。歌ってる最中ずっと考えてた。
今更気持ちを打ち明けても手遅れだと思う。いや、完全に手遅れだ。絶対に迷惑だ。次部活で会うときどんな顔をすればいいのか分からない。それでもいいから知っていてもらいたかった。君と話せなくなってもいいから伝えたかった。
明らかに僕が悪いのだけれども、君が離れていくことを寂しく感じて、もう一度話しかけようとした時に、めんどくさいと言われたことを思い出して、どうやって話してたか忘れて、考えるたび夜も寝れなくなって、まともに食事をしなくなって、体重も増やさないといけない時期なのにガクンと落ちた。
君の教室の前の廊下を通るたび、君を笑顔にする僕の嫌いな男子に嫉妬して、僕が理由もなしに行ったら拒否するのに、彼らは拒否しない君にムカついて、久しぶりに一緒に登校しようと言ったとき、登下校は一人がいいとか言っていたくせに、帰りはその男子たちと笑いながら帰って、君のことを信じた僕が馬鹿だったと思う度に、自分を見失った。
四月、君と仲良くなる前のこと。早紀に君と関わらない方がいいと言われたことを思い出した。辛い思いをするからと言われていたのに、逆らった僕。自業自得だった。
楽しい時間があれば、必ず苦しい時間が来ることなんて分かっていた。多分それは僕が一番分かっていた。全て受け止めるはずだったのに、できなかった。
分かりきっていることを嘆いたりするのは大嫌いだ。
かつて交わった二本の直線が平行線ではないのは明確である。だからこの二本の直線を、ずっとずっと伸ばしたら、きっと地球の裏側で、もう一度交わると信じている。
サインやコサインだって、イチとマイナスイチを行き来する。
つまり僕が言いたいのは、必ずまた戻って来られるということ。
たとえそれが何年後だろうと僕は待っていると思う。最低でも学校を卒業するまでは待っているな。
こんなところで打ち明けることではないと思うのだが、君と僕をモデルにした本気の小説を書いていた。結末はハッピーエンドだ。実際にそうなった時、違うアカウントで投稿するつもりだったけど、もうその作品が出回ることはないのだろう。
この恋の終わりを迎える僕から、新しい恋の始まりに向かう君に、伝えたいことがある。
誰もがここで、君へのあの一言を期待していると思うが、ここにきてそれは蛇足であると感じる。
君だけに読んでほしかったのに、何人か読者が増えてしまっている。こんなところで言うのはやはり恥ずかしい。
そんな最後の最後で素直になれない僕からの一言。
「またカラオケでもいこーや」
完(仮)
※早紀の「手紙編」があと少し続くらしいです。




