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18.11.10.S 本番



 とうとう、君とステージに立つ日がきた。

 朝は寒くて、ギプスは外れていたのに足は痛んだ。

 怪我した日以来、君と一緒に話すのかと思うと、罪悪感という文字で染まる頭の中。

 一ヶ月前までなら、君を見るだけで笑っていた。なのに、いつしか君に作り笑いをするようになっていた。

 慣れ親しんだ作り笑い。笑えなくなっていた時期、毎朝鏡を見て練習した笑顔を、苦しみながら自分の顔に被せた。君に見せるのには簡単だったけど、そのたびに、僕の頭が虫に喰い散らかされていくような感覚に陥った。

 足はなんとかびっこを引きながら歩けるまでに回復した。痛みはほとんどなく、足首が曲がらないから、びっこを引いていた。

 整骨院では、君は癖になっていて、捻り易い代わりに治りやすい。って言われた。

 実際に全治五週間を、三週間で治したことには自分でも驚いた。


 時間が経つなんてあっという間で、文化祭だというのに、教室の当番や部活の店番で、ほとんど楽しめなかった。君と当番が被らなかったから尚更退屈だった。でももし君と一緒だったら、息苦しく感じてしまっていたのだろう。

 昼になるとき、足の痛みがピークに達していた。腫れていて、鬱血もしていたし、歩くのが苦痛になった。

 僕はその時ゴミ回収担当だった。学校に設置されたゴミ箱のゴミ回収。でも痛みに耐えるのも限界だった。だから僕はバレー部の何人かに、手伝ってほしいと頼んだ。けれども皆は面倒だと断った。普通だろう。多分僕だって反対側の立場ならそうしたと思う。でも今はこっち側の人間。皆にも仮面を被った自分を見せてしまった。

 しんどいと思うほど、君のことを考えた。そのたびにやる気が出た自分に嫌気がさした。


 その後はすぐに三組に行って座っていた。何人かが酒を持ってきたときは驚いた。さすがに教室ではやめとけ。って僕を含んだ何人かが言った。

 僕は君のことを考えた。君に会ったとき、作り笑いをしてしまう。でも、これを飲んだらそれをしなくていいのかもと思って一缶の三分の一ほど飲んでしまった。

 酒を飲んでもテンションが変わらないことも、顔が赤くなりにくいことも、記憶をなくさないことも経験済みだったのに、それに縋るしかないと思った。きっと僕は、冷静な判断力を欠いていたのだと思う。他に君と上手く話せる方法なんて、いくらでもあったはずなのに。

 君が三組に来た。耳がとてつもなく熱くなった。絶対今赤い。って自分ですら思った。でもそれが君を見たからなんて言えるわけもなく、少し酒を飲んだと、半分本当のことを、半分嘘の一言を君に発した。

 やはり君の顔を見ることができなかった。

 緊張していた君と、緊張を装っていた僕。

 緊張を少しでも解すため、部室で練習したっけ。君の声を聴くと本当に苦しくなった。

 君と何度も話した部室。君の耳に針を通して、僕がピアスを開けたし、何度も君とじゃれ合った場所。ここで終わらそうと思ったけど、それは君が最高のパフォーマンスで歌うことを妨げると思ったから、また先延ばしにすることにした。


 ステージに立った君は緊張しきっていた。僕はというと、緊張していたのだろうけど、それを楽しんでいた。君と立てるのは最初で最後だと思った。だから僕は、その時、作り笑いをやめた。

 案外笑えるものだった。ワクワクしていたからかもしえれない。酒を飲んだという、久しぶりに悪いことをしたからかもしれない。君の顔を見ることができた。

 やっぱり君には笑顔がよく似合う。と思った。

 歌は意外とみんなが褒めてくれた。いろんな人から連絡が入っていた。

 君は、


「音程ズレている」


とか言っていたけど、僕は君と歌えたことに満足感を覚えていた。

 僕が嫌だと思う直感は当たると分かっていた。だから、君ともうあそこに立つことはないと思ったけど、


「来年はしっかり練習しような」

「うん」


僕は込み上げてくるものを必死に殺した。




 確かこの頃からだった。僕の嫌いな男子が、僕を引き離して、君の隣にいるようになったのは。

 正直、僕には彼らを君から離せる自信があった。それを実行しようとしていた。でもその結末は、実行する前から分かっていた。嫌われる。

 どんな方法か?

 簡単な話だ。僕が彼らを殴ればいい。昔からそうしてきた。僕は人を傷つけるということに対しての恐怖感とか罪悪感、そういう類のものが昔から欠落していた。でもそれをしてしまうと停学になる。それで済んだら僕はしていただろう。君に嫌われると思った。

 無欲が美徳だと思っていた。だから自分がこんなにも君を求めていることも、彼らを消したいと思う気持ちも、全て醜く感じてしまって、結局できなかった。君より自分を選んでしまった。

 こうなるといよいよだ。僕は君に対してどんな話し方をしていたか分からなくなった。何を話していたか。何を思っていたのか。頭の中のキャンパスが、真っ黒な絵の具で塗り潰されていくのを止めることが出来なくなっていた。





 僕は僕が分からなくなった。

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