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カタストロフの消失  作者: 馬酔木 太郎
1/1

選べ、明日

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《僕と少し、お喋りしよう》




あー疲れた。ん?何がそんなに疲れたかって?疲れるよ。神様なんてやってるとさ。え?本当に僕が神様かって?神様だよ。君から見ればただのガキかもしれないけどさ、ふふっ。

でも今は君の願いは叶えてやれないよ?今はひとりの願いを叶えるのに精一杯。これが哀れな子でね。僕みたいに優しい神様はつい、助けてやりたくなってしまうんだ。

…面白いしね、ふふっ。

どうしたの?君さっきから僕の顔見て。おかしなものでも付いてる?よいしょっと…うーん何も付いてないや。強いて言うなら目玉は付いてるけどさ、ふふっ。

あ、そうだ。ごめんね。つい話し込んじゃって。君に死んでもらう予定なの忘れてた。え?助けてくれ?

ふふっ。ごめんってば。でもきっと天国はあるよ。ごゆっくり楽しむといい。そして眺めていてよ。この魔法と悪意蔓延るこの世界の終焉をさ。

じゃあ、そろそろ…


バイバイ。




《とある城の中庭》





「どうしたの?迷子かな?」

そう言って金髪の女は一人座れるくらいの岩の上にねっ転がる子供に手を差し出した。宮廷の中に迷い込んだらしい。

「涼しいね。」その子は言った。

「ええ、でも、危ない」

その言葉を遮って子供は言った。灰色の大きな目が印象的だった。吸い込まれそうな。純真な子供のような、全てを悟っている老人のような瞳を持つその少年は空の雲を眺めながら言った。

「きっとあの女の子もここで涼んだんだろうね。」

その言葉に女は目を剥いた。

(どういうこと…!)まるでその少女を見たことがあるかのような言葉に驚いた。

「ねぇ貴方!…っ!?」

ビュウと風が吹いたその瞬間にはもう、その子供はいなかった。

「夢だったのかしら…」

白昼夢が見せた幻。それとも罪悪感が見せた悪夢の始まりを告げる幻覚だったのか。

女はしばし考えた後、歩き出した。

王との約束の刻限が迫っていたからだ。



物語はここから始まる。






《この国について、どう思います?》



「そなたが魔法導士イリヤ・マスか。」

王は白い口髭を震わせながらにこやかに言った。

「ええ。その通りでございます、東の国の王様。」

紅いマントで身を包み、いかにも上級魔法導士です、と言わんばかりの黒髪の男は負けじとにこやかな顔で言った。

「そなたを、我が愛しのアローラ姫の魔法教師に任命する。尽力されよ。」

そう言って王は横を見た。そこには金髪の清らかな碧い目をした美しい姫がいた。

「アローラ、このお方の元で何処の国の王子に見せても恥ずかしくないような魔法を身につけるのだぞ。」

「はい、お父様。」

鈴のなるような可愛らしい清らかな声で答えた姫は階段を優雅な仕草で降りた。まるで天使のように。

「どうか、よろしくお願い申し上げますわ、えっと…」

魔法導士は姫の手を取り優しげに微笑んで見せた。

「どうぞ、イリヤとお呼び捨て下さい。姫。」

その二人の様子はまるで絵画のようで、王宮の使用人達は息を飲んだ。

王はニコニコとかその様子を見ていた。




「…西の国…」

ある番兵が昼飯時に呟いた。

「は?いきなり何言ってんだ。…西の国なんて国、あったか?」

同僚は不思議そうに地図を広げながら言った。その地図には、そんな名前の国はなかった。そう、存在しないのだ。そんな国は。

「いやさ、なんか、あったような気がしただけだ。」

そう言って男は水をグイと飲んだ。

「オイオイ大丈夫かよ、最近働きっぱなしで疲れてるんじゃねーか?」

それもそうだな、と言ってガハハと笑い合う食堂の男たちを見つめる青年が一人。

紅いマントを翻しながら食堂を後にした。



(やっぱ、そうだよな…)

イリヤは地図を広げた。何度確認しても、やはり事実は変わらない。王室の図書室にある地図なら或いは、と思ったのだが。男は持っていた万年筆を顔に近づけた。

『進展は?』

無愛想な女の声。イリヤは溜息をついた。

「奴を探してはいるんだが、一向に見つからん。」

コソコソと小さな声で告げる。

「…なぁ、本当にあの噂は本当なのか。奴が東の国で目撃されたってのは」

『分からない。でも確かな話でなかったとしても、私達にはそれしかない。』

「…!切るぞ。」

コツコツと足音がしたので地図を慌てて畳んで本の中に仕舞い、万年筆を懐に隠す。

どうやら足音の主は麗しの姫君らしい。



「あら、イリヤ。勉強熱心なのね。素晴らしいことですわ。」

アローラ姫は分厚い本を抱えながら言った。

「いえ、姫には敵いますまい。その本は…大分古い魔法書ですね。」

姫はフワリと微笑むとその場で回って見せた。

「本は私の友達です。…本しかなかったんです。私。父様は外に出してくれなかったから。」

寂しそうな瞳を見てイリヤは安心させるように笑って姫の手を取った。

「では俺が貴女の友となりましょう。」

姫はちょっと驚いた顔をして、いいえ、と静かに言った。

「私と深く関わればどうなるか、分かりませんので。」

そう言うとふらふらと図書室を歩き出した。

姫の為だけに存在しているその部屋には沢山の本が蔵書されていた。その中を二人は何を言うでもなく歩いた。

ふと、姫は言った。

「この国をどう思いますか?」

イリヤは、素晴らしいです、と言った。

「…この国では庶民が魔法を使う事は許さない。魔法は…上流階級にのみ与えられる特権。」

「存じてます。」

そう言ってイリヤは右手の上で雷を起こして見せた。

アローラ姫はその光を見つめながら何時もとは違って無感情に言った。

「人はどう生まれたか、どう育ったかでその後の人生が決められてしまう。」

先程とは別人のその様子にイリヤは押し黙った。

「貴方だって私がこの外見でも、しかも上流貴族でもなかったら見向きもしなかった。友達になんてなろうともしないでしょうね。」

にこりと笑って本を胸の前に抱える彼女はどこか悲しげだった。

イリヤは作り笑いなど浮かべずに言った。

「それは分かりますまい。…貴女がその心の仮面を脱ぐまでは。」

「…私が自分を偽っていると?…そんなわけないじゃないですか。ふふ、可笑しな人。」

そういうと打って変わって人懐こい顔に戻り、まるでステップでも踏むようにイリヤからヒョイと離れた。金の髪が揺れる。

「ありがとう。有意義な時間を過ごせましたわ。明日から魔法の指導、よろしくお願いしますわ。」

そういってアローラ姫は図書室を後にした。残されたのは魔法導士ただ一人。

「さあ、どうすっかな…」

男は誰もいない部屋で髪を掻きながら独りごちた。





《満月に照らされた中庭で》




黒い人影が庭を歩いている。女は静かに長い髪をまとめ、顔を上げた。窓から見える月は満月だ。



「…っと。何の用かな、アローラ姫様。」

暗い夜道を月の光が照らしている。金の髪が光った。姫は不思議そうな顔でイリヤを見つめた。

「何をなさっているのですか。」

「散歩ですよ。この庭園は美しい。」

そう言って薔薇の長く伸びた茎を手折った。その茎を目にも留まらぬ速さで投げた。姫の碧い目に向かって。

「貴女こそ、何をしていたんですか…そんな殺気ビンビンで。」

男は不敵に笑った。しかし余裕はなかった。薔薇の茎は姫の目に刺さることはなかったからだ。

「俺の速さについて来れるとは…どういうこった。」

姫の顔からは好意に満ちていた感情が抜け去った。代わりにロボットのような顔が張り付いている。

結んだ金髪が夜風に揺れた。

両者ともに殺気を放ちながらも動く気配はない。

「貴方、スパイなのですか。」

そう言って薔薇の茎をパッと落とした。カランと音を立てる石。

「誰かがくることはありません。ご安心ください。」

そして、無感情に言った。

「だから私は心置きなく…貴方を排除します。」





「オイオイまじかよ…」

地面が浮き上がっている。正確に言うと女の魔法によってえぐり取られた地面の一部が空中に浮いているのだ。イリヤは冷や汗をかいた。これ程の浮遊魔法を使う人間はなかなかいない。

「死んでください‼︎」

そんな言葉とともに地面が叩きつけられた。

「死ねとか、姫君が言ってんじゃねーよ!」

イリヤは雷を帯びた剣でそれをぶった斬る。土煙が一瞬男を覆い隠した。

(そこだ!)

アローラは短刀で自分の背後の煙を薙ぎ払った。

「甘やかされて育った割には強いな、アンタ。」

短刀を剣で受け止めながら言った。「魔法を連発しないのを見る限り、よっと!」

二つ目の短刀を避けながら尚も分析を続けるイリヤにアローラは冷や汗が出るのを感じた。

「インターバルが存在する…ってとこか?」

「…」

無言は肯定。己の弱点を言い当てられ、生まれた虚を逃すまいと

「ハッ‼︎」

気合いとともに剣を突き出す。青い斬撃。雷を纏った攻撃は目にも留まらぬ速さで、避けるのはほぼ不可能だが、その剣が届くことはなかった。

「イッテェ…」

浮遊魔法で剣を手から浮かせたからだ。そのまま剣は上空へと登っていく。イリヤの手の届かないところへ。

登っていくはずだった。アローラの計算では。

しかし思わぬ邪魔が入った。


パンッと空気を裂く銃声がして、カランと音がした。

何処からか撃ち込まれた弾丸が剣を弾き飛ばし地面に落としたのだ。




「連絡が遅い。」

顔の両サイドで髪を束ねた木に腰掛けた無感情な女は不平を垂れた。小銃を構えている。どうやら先程撃ったのはこの少女らしい。

「すまねぇ、厄介なのに捕まった。」

「…」

「まぁ、落ち着いて下さい、二人とも。」

大した喧嘩をしてるわけでもないのに長身の誠実そうな男が宥めている。

戦闘中であったと言うのにその呑気な様子に呆気に取られたが女は尚も殺気を緩めなかった。

「増援を呼ぶなんて卑怯じゃない。」

「いや、増援じゃねーよ。ただの観客だ。気にすんな。続けようぜ。」

見ると、男の仲間はもう観戦モードに入っているようで腕組みまでしていた。

「…どこまで愚弄するきなの。」

「さあな!!」

そう言いながら一気に間合いを詰める。先程とは段違いのスピード。剣の纏う雷の質が違いすぎる。

(っ早!)魔法も短刀も追いつかない。焦りで浮遊魔法を使えない。


【魔法予備知識①・魔法はある程度の心の余裕がないときは使えない】


「遅い!!」

イリヤは刀の刃は使わず柄で女の顎に一撃を見舞った。反応しようとした勢いのまま仰け反り体制が崩れる。

「加減はもうしねぇ!」

「何ですって!?」

女もすかさず短刀を伸ばすもそこにはもういない。

「これで終わりだ。」

静かにアローラの背後で告げた。

「っな?!」

慌てて反応するも、もう遅い。

姫のうなじに剣の鞘が叩き込まれた。



「…へ?」

先程まで優位に攻めていた男は素っ頓狂な声を上げた。周りにいる仲間たちも目を丸くした。

何せ、目の前の金髪隻眼の姫君の髪の色がどんどん紅くなっていくのだから。顔立ちも何処と無く幼い顔立ちから美しくも気の強そうな女の顔に変わっていった。気を失っているので目は閉じている。

「…なぁ、俺どしたらいい?」

無感情な目のままの女は「知らない。」と言った。

他の仲間達も冷や汗を垂らすだけで何も言わない。

耳をすますと遠くで人の声がする。どうやらこちらに番兵か誰かが向かって来るらしい。

「…取り敢えず運ぶか。」

そう呟くと赤髪の女を抱えたまま姫の塔まで跳躍した。まるでしなやかなウサギが軽々と月夜に舞ったようだった。





《貴女が➖なのね?》




「…起きたか?」

そう言ってイリヤは寝室の空いたままの窓から天蓋付きのベッドを覗き込んだ。返事がないのは眠っているかららしい。彼女が起きていないのをいい事に一人で住むにはいささか広い部屋を散策する事にした。好奇心がなかったわけではない。ただ、似ていると思ったのだ。そう、『自分』に。或いは『彼』に。

ふとイリヤは足元にロケットペンダントがあるのに気づいた。

開いた中には…

『赤髪の少女』の無愛想ながらも何処か照れた顔と

『金髪の少女』の人懐こい眩しい程の笑顔があった。昔の写真らしい。

イリヤはペンダントを月光にかざした。特に意味はなかった。何となく、だった。

かざすとそこに文字が浮かび上がった。その文字を彼は読み上げ…意識は吸い込まれていった。

遥か昔へ、遠い日々へ。










女は奴隷として城に連れてこられた。泥水を啜って生きてきた子供にとって、例え人間としてではなく道具としてでも居場所を作ってもらえる事はありがたかった。だから兵隊になる為の訓練にも泣き言一つこぼしたことはなかった。例え血が滲んでも、自分の存在理由である闘いから目を背けることはなかった。その甲斐あってか、女は平の兵でありながら王に名を知られるまでになった。

そんな時だ。姫に出逢ったのは。


「姫の影武者に任命する。」

「有り難く存じます。」

影武者になれば今よりずっといい飯に有り付ける。寝床だっていいものにして貰えるとあれば、断る理由なんて無かった。そう思いながら顔を上げるとワクワクした子供の顔があった。

「アナタが私のかげむしゃなの?」

満面の笑みで笑う姫の顔が、そこにはあった。







「いいなー、カリンは。外に出れて。」

岩の上でアローラは口を尖らせた。毎度のやりとりに奴隷だった少女、カリンはため息混じりに苦笑した。

「そんなこと言わないでください。お父上は貴女を守る為に…」

「…こんな所に監禁してる?」

「…」

「私、カリンが羨ましいの。」



そういう彼女が私は羨ましかった。



「私に化けて私を守るのが貴女の仕事…分かってる。でも…」

その言葉を遮ってカリンは言った。

「それでも、家族が気にかけてくれる姫様は幸せなんですよ。」

アローラは顔を陰らせた。そうよね、と言って。


口には出さないけれど、私たちはいつも思っていた。

『2人が逆の人生だったら良かったのに』と。

思いながらも何も出来ず、生きていた。

14歳。




《罪など何処に》





パリン。音を立ててイリヤの目の前でロケットペンダントが飛び散った。

ペンダントに魔法で閉じ込められたかつてのカリンとアローラの想い出の一欠片をイリヤは観ていたのだ。

割ったのは姫に化けていた女…いや、カリンだった。彼女の反対方向を見ると壁に小さなナイフが刺さっている。

「女の子の部屋を勝手に散策するなんて、モテる男のすることじゃないわね。」

天蓋付きの豪奢なベットの上でジロリとイリヤを見た。どうやら今起きたらしい。

「これはアンタの過去か?」

「…さあね。」

イリヤはベッドに近づいて彼女の喉元に短刀の先を向けた。

「教えてくれないか。」

「教えて欲しい人間の態度じゃないわね。」

もう、言い逃れは出来ない。まるで処刑前の重罪人のような何処か泣きそうな顔のカリンは刃から目を背け窓の外を見た。

「この後二人はどうなったんだ。」

知りたかった。ここまで知ってしまったからには。イリヤは刃を納めた。語り出すカリン。

「…ある日二人は入れ替わった。姫の懇願だった。姫の15歳の誕生日セレモニーにどうしても行きたいんだって涙さえ浮かべながら言ったの。」

絞り出すように語る。

「私は了承した。今まで何も起きなかったんだから、大丈夫って。…いや、ただ私は入れ替わりたかっただけだな。」

止まらなかった。誰にも言えずにしまい込んだ言葉が滝のように溢れた。イリヤは何も言わずに目を閉じて聞いていた。

「馬車が爆発したの。私はそれを窓から見てた。…姫の、あの子の遺体は木っ端微塵に吹き飛んで残らなかった。」

自嘲気味に笑った顔が引きつっていた。

「私は姫の代わりに死んだ哀れな影武者として噂された。誰も入れ替わったことに気づきもしなかった。」

入れ替わって分かったのはアローラが生きていた世界は冷たかったということだった。

王は側室を多く抱えていた。しかし誰一人として男子はおろか、子供の一人すら授からなかった。そんな頃だったらしい。アローラが妃の元に生まれたのは。腹の子が望まれない女の子である事を知った時王妃は泣き崩れたと言う。

そんな経緯があったからか王妃はアローラと話すときも絶対に目を合わすこともなかった。王はアローラを割れやすい陶器のように扱ったが、それは姫が次の跡取りを生むからだった。その証拠に姫が愛しい、と言う時も姫に笑いかける時も王の目はいつでも無感情で冷たかった。位の高い皇族達からは跡取りが女しかいないことを影で嘲笑われた。側から見れば生きやすい姫の暮らし。

姫の目を通して見れば冷たい世界。

「私はアローラを羨むばかりで理解しようともしてなかった。全部私が悪いのよ。」

それはカリンの心を縛る鎖だった。

「お前は一生そのままで生きていくつもりなのか。」

顔色変えずに、ただじっと聞いていた余所者の男が言った。

「生きていくつもりだったけど…それも今日で終わり。」

「?」

「…え?このことみんなに言うんじゃないの?」

「言わねぇよ。」

なんで、と泣きそうな顔を見せる元影武者の女に言った。

「お前には罪はねぇよ。…姫にもな。ただ運が悪かっただけだよ。」そして、カリンに手を差し出した。

「こんなところでありもしない罪を償うくらいなら。…俺と一緒に来ねぇか。カリン。」

「…へ?」

素っ頓狂な声にイリヤは続ける。

「驚くかもしれねぇが、この国は消える。あるバケモンの手によってな。そいつを捕まえるために俺は来たんだ。」

「…消える?…この国が?」

ああ、と頷き地図を広げた。なんの変哲も無いただの地図。そこには一つの国を囲むようにして三つの国が存在している。

【中央の国】【東の国】【南の国】【北の国】

「何故、【西の国】が存在しないのか、疑問に思ったことはないか?」

「…思ったことはあるけど、みんな無いものはないって言ってたし…」

イリヤはカリンの瞳を見つめて言った。

「【西の国】は存在していたんだ。だけど消された。」

「…誰に?」

「バケモノに。」

カリンは目を瞬かせた。まさかそんな筈はないと言う気持ちと、妙に納得している気持ちが混在していた。

「外見はただのガキだが、恐ろしい程の力を持ってる。」

「…ごめん、頭がついていかないんだけど、その子供ってのは」

どんな外見なの?と言う言葉は出なかった。突然背後の扉から声をかけられたからだ。




「ヤァ、僕に用でもあるのかな?お二人さん。ふふっ。」






《こんにちは、僕が神です》








「この子供…あの時の…」

大きな灰色の目。ダボっとしたマント。長い前髪。思わぬ再開に固まったカリンの前にイリヤが進みでる。

その子供を睨め付けながら。

「何も用はねーよ、消え失せろバケモノ。」

その言葉には憎しみのような、読み取れない感情が詰まっていた。そんなイリヤをおちょくるように笑う。悪意でも嫌味でもない。純粋な笑み。凍りつく思いがした。

「そんな言い方はないだろう。それに僕はバケモノじゃないよ。」

尚も睨み続けるイリヤに向かって、お手上げだ、と言わんばかりに首をすくめて見せた。まるでイタズラを叱られた子供のように。

「酷いなぁ。僕は君の願いを叶えた、いわば君にとっての【神】だっていうのに。」

そんな言葉にさらに声を低くするイリヤ。

「…黙ってろ。」

「おお、怖い怖い。でも遅かったねぇ。もう仕込み済み。後は待つだけ、残念でした。ふふっ。」

カリンは殺気と狂気のぶつかり合いに恐怖したか混乱したか動けないまま言った。

「なんなのよ…頭がついて行かないわ。願い…?遅い?何が…」

【神】は興味深そうに下から上に視線を動かして言った。

「無知なコムスメちゃんに教えてあげる。ふふっ。」

手をほおの横に当てながら、満面の笑みで告げた。

「アハッ。この国はもうすぐ消え去りまーす。」

「…は、何言って…」

そんな言葉に構いもせず【神】は思いついたように言う。

「もうすぐだからこの国のみんなには眠ってもらってるんだけど、やっぱ君達にはこの魔法は通じないよねぇ…ということで。」

袖からニョロニョロと這い出てきたのは太い、如何にも毒性のありそうな大蛇だった。その蛇の頭をするすると愛おしそうに撫でながら言った。笑顔で。

「そうだなー…君達には死んでもらいマース。」

このまま生きられても邪魔だし、何より面白そう。そんな言葉にカリンは戦慄した。ハッタリじゃ、ない。

殺される、殺される、このままじゃ…

「走れ!」

イリヤはそんな思考を遮るように叫んだ。そして彼女の両手と自分の両手を繋ぎ、頭上に強引に掲げながら走り始めた。まるでダンスで踊る男女のペアのようなその格好は滑稽だ。しかし速い。長い廊下を滑るように駆け抜けていく。

「うえええ!?!」

雷を纏ったまま走る二人の背後に迫るのは十匹の大蛇である。

『アハハハハ』

狂気じみた笑い声も聞こえてくるが、その恐怖を振り払いカリンは横をビュンビュン駆け抜ける風の音に負けじと声を張り上げた。

「追いつかれるわ!」

「ユマ!!来い!バージョンaだ!」

そう言ってイリヤはカリンの手を握ったままの拳に向かって叫んだ。そこには万年筆が握られている。

(いつの間に!)

『ちょ、タンマ!いきなり何さ!』

万年筆から間抜けな状況に似合わない声がする。

「いいから!」

『ああ、もうハイハイ‼︎』

走る先には大きな開け放しの窓。行き止まりだ。なのにそこに向かっているということは…

「え?!まさか飛び降りる気?無理よ!」

そんな言葉も無視して窓に向かって走り続ける。

「足上げろ!」

「あ、ちょちょ、ちょっと待っ…イヤァァァァ‼︎‼︎」

飛んだ。いや、正確には落下を始めたのだ。腹の底が気持ち悪くなった後、強烈な落下感に襲われる。浮遊魔法を使いたくても使えない。


【魔法予備知識①・心にある程度の余裕がない時、魔法を使えない。】


(あ、…死ぬ。)

そう思った時柔らかな地面に落下した。違う。地面ではない。それは何かの生き物の背中の上だ。

「ふう、なんとかなった。」

「なんとかなった、じゃないわよ!」

そんな涙交じりの言葉も無視して

「ナイスタイミングだぜ!ユマ!」

イリヤは冷や汗を拭いながらまるで少年のような笑みを浮かべた。

『出来ればバージョンaとか言うんじゃなくて、ユニコーンになってくれって言って欲しいなぁ。』

覚え辛いんだ、と幾分間延びした声がする。

「ユニコーンが喋ってる?!しかも普通のよりずっと大きい…!」

目を丸くするカリンにイリヤは説明する。

「コイツは動物になら何にでも化けられる。普通の化け術とは根本的に違う。」

化け術というのは己の相手からの見え方を変えるだけなのだ。感覚的にはカメレオンが近い。

「ユマはそれ自身に変化することができるんだ。」

『よろしくね〜』

もう大蛇も追って来ない。そう思うと肩の力が抜けた。そんなカリンにイリヤはもう一度問う。

「俺と…俺たちと来るか?」





《つづく》

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