チート・ザ・走れメロス
むかしむかしある所でメロスは激怒した。
必ず、かの邪知暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。
メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで16歳の妹と二人で暮らしてきた。
ある日メロスはシラクスの町にやってきた。
町を歩いているうちにメロスは、周囲の様子を怪しく思った。大きな町であるはずなのに、人通りも少なく全体がやけに寂しい。
しばらく歩いて老爺に会い、その理由について質問した。老爺は答えなかった。
メロスは激怒した。
必ず、この無口無言の老爺の口を割らせねばならぬと決意した。メロスには民心がわからぬ。
メロスは両手で老爺の体を揺すぶって質問を重ねた。老爺は辺りをはばかる低声で、僅か答えた。
「王様は、人を殺します」
「あきれた王だ。生かしておけぬ」
メロスは、単純な男であった。
その足でのそのそと王城に入っていったのだ。
たちまち彼は巡邏の警吏に捕縛された。調べられて、メロスの懐中からは短剣が出てきたので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。
「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」
暴君ディオニスは静かに、けれども威厳をもって問いつめた。その王の顔は蒼白で、眉間のしわは刻み込まれたように深かった。
メロスは激怒した。
必ず、この深刻された眉間のしわを除かなければならぬと決意した。メロスには顔相がわからぬ。
メロスは拘束している腕の縄を引き千切り、喉元に突き付けられた刃をへし折ると、王の顔面目掛けて飛び掛かった。
王の顔が一瞬で驚愕のものに変わる。
それと同時に中央に寄っていた眉間のしわが消えうせた事でメロスは動きを止めた。
呆然とする王や兵士をよそに、やる事がなくなったメロスは王の質問に答えることにした。
「町を暴君の手から救うのだ」
「……おまえがか?」
王は、失笑した。
一瞬の出来事に頭の中に溢れた、疑問と恐怖と驚愕中で絞り出された言葉と表情であったが、それがメロスには侮辱として耳に届いた。
メロスは激怒した。
必ず、この傲慢侮蔑の王を除かなければならぬと決意した。メロスには王意がわからぬ。
が、ここで暴力に身を任せれば相手からの侮辱を論破したことにはならず。
突如メロスは矢のごとき速度で走り出し、王の間を後にした。
さほど時間を置かずして戻ってきたかと思えば、その脇には片腕の力のみで一人の男を抱えている。
「ならばこうしよう、この男は私の竹馬の友セリヌンティウス。この町で石工を営んでいる。私はこれよりただ一人の妹に幸せをつかみ取らせるため3日間だけここを離れる。必ずや期日までにここに戻ろう。戻った暁には暴君暗殺計画の実行犯として如何なる罰を受けよう。この誓いが守れなかったとき、代わりにこの男を殺せ」
「ばかな、とんでもないウソを言う、化け物が獲物を逃すというのか」
と暴君は、しわがれた声で低くそう言った。
これも極限の心境から絞り出された言葉ではあるが、メロスには自分をあざ笑っている言葉に聞こえる。
メロスは激怒した。
その表情をみて王は少しだけ冷静さを取り戻し、場を鎮めるべき最善と判断した言葉を探す。
「あの……戻ってこられなくても良いですよ……いや、おっしゃられた日より、すこし遅れてこられれば、それでこの約束もなかったことにしますので……」
メロスは激怒した。
必ず、この約束を守り自分は3日後に殺されねばならぬと決意した。メロスには場の空気がわからぬ。
メロスはその夜までに軍事用荒野横断戦車を工作し、作り終えるとすぐさま乗り込み走らせた。雰囲気を出すためにトゲ付き肩パットも自作し、髪型もモヒカンに変えた。
十里の道を咥えタバコしながら走らせ、村へ到着したのは明くる日の午前。
日はすでに高く昇って、村人たちは野に出て仕事を始めていた。
メロスの十六の妹も今日は兄の代わりに羊群の番をしていた。雰囲気の変わった兄の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。
「ひゃっはー。なんでもない」
メロスは無理に笑おうと努めた。
「町に用事を残してきた。またすぐ町に行かなければならぬ。明日、お前の結婚式を挙げる。早いほうがよかろう」
妹は頬を赤らめた。
「うれしいか。綺麗な衣装も王宮から拝借してきた。さぁ、村の人たちに知らせてこい。結婚式は明日だと」
メロスは、また軍事用荒野横断戦車を走らせ、家へ帰って神々の祭壇を飾り、祝宴の席を調え、バーボンを一杯やって、予想以上に美味であったため10ボトルくらい空け、まもなく床に倒れ伏し、深い眠りに落ちてしまった。
目が覚めたのは夜だった。メロスは起きてすぐ花婿の家を訪れた。
そうして、少し事情があるから『結婚式を明日にしてくれ』と頼んだ。
婿の牧人は驚き『それはいけない。こちらにはまだなんの支度もできていない、ぶどうの季節まで待ってくれ』と答えた。
メロスは激怒した。
必ず、この義弟を明日妹と結婚させねばならぬと決意した。メロスにはぶどうの時期がわからぬ。
メロスは『待つことはできぬ、どうか明日にしてくれたまえ』とさらに押して頼んだ。婿の牧人も頑強であった。なかなか承諾してくれない。
メロスは拳で訴える事にした。
しかし相手もメロスの妹と恋仲になる程の漢。
夜明けまで議論を続けて、やっとどうにか友情が芽生え、説き伏せた。
結婚式は、真昼に行われた。
新郎新婦の神々への宣誓がすんだ頃、黒雲が空を覆いぽつりぽつりと雨が降りだし、やがて車軸を流すような大雨となった。
祝宴に列席していた村人たちは、『ああ、やっぱり昨夜の荒れ狂う戦いが天地の理にまで影響を及ぼしたか』と感じたが、それでも主役達の気持ちを引き立て、狭い家の中で蒸し暑いのもこらえ、陽気に歌を歌い、リズムに乗って手を叩いた。
メロスも満面に喜色をたたえ、しばらくは王とのあの約束さえも忘れていた。
祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は外の豪雨を全く気にしなくなった。
メロスは『一生このままここにいたい』と思った。このよい人たちと生涯暮らしていきたいと願った。
しかしそこで王とのやり取りが頭に蘇る。
メロスは我が身に鞭を打ち、ついに出発を決意した。
明日の日没までには、まだ十分の時がある。『ちょっとひと眠りして、それからすぐに出発しよう』と考えた。その頃には、雨も小降りになっていよう。
少しでも長くこの家にぐずぐずとどまっていたかった。メロスほどの男にも、やはり未練の情というものはある。
今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花婿に近寄り、
「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっと御免こうむって眠りたい。目が覚めたらすぐに町に出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、私とやり合えたお前の事だ、何も心配はしていない。お前の事を義兄は誇りに思っている。妹を、どうか、頼んだぞ」
花婿は、夢見心地でうなずいた。
と、周りの者からはきっとそう見えただろう。しかしメロスと拳を交わしたこの男には全てが解っていた。
義兄が何を思っていたかを。愛する妻と同じ血を引く者が、何を覚悟していたかという事を。
メロスもまた相手の心を理解していた。義弟が、己の言葉に偽りがある事が見破られていたことを理解していた。そしてその上で、笑顔のまま口を開いた。
「支度のないのはお互いさまさ。私の家にも、宝といっては妹と羊だけだ、他には何もない。全部あげよう」
メロスは少しだけ視線を下げて、ほんの少しだけ手の力と声量を落とし、言葉を続ける。
「もう一つ、メロスの弟になったことを誇ってくれ」
花婿はもみ手して、照れていた。
しかし、その力は極めて強いものだった。その視線も、きわめて真っすぐなものだった。
メロスは笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去った。
その後、また1人でバーボンを10ボトルほど空け、羊小屋に潜り込んで深く眠った。
目が覚めたのは明くる日の薄明の頃である。メロスは跳ね起きた。
南無三、寝すごしたか? いや、まだまだ大丈夫。これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。今日はぜひともあの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。
メロスは準備を終えると、矢のごとく軍事用荒野横断戦車を走らせた。
私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代わりの友を救うために走るのだ。
走らなければならぬ。そうして、私は殺される。
若い時から名誉を守れ。さらば故郷。
しばらく走り、爆音でロックやメタルを鳴らしだした。
降ってわいた災難、軍事用荒野横断戦車はそこで止まった。
見よ、前方の川を。
昨日の豪雨で山の水源地氾濫し濁流は下流に集まり、猛勢一挙に橋を破壊した。
響きをあげて流れる激流が、こっぱみじんに橋桁をはね飛ばしていたのだ。
メロスは茫然として立ちすくんだ。あちこちと眺め回し、声を限りに呼びたててみたが、繋舟は残らず波にさらわれて影なく、渡し守の姿も見えない。
流れはいよいよ膨れあがり、海のようになっている。
メロスは川岸にうずくまり、男泣きをしながらゼウスに手を上げて哀願した。
「ああ、鎮めたまえ、荒れくるう流れを! 時は刻々に過ぎていきます。太陽もすでに真昼どきです。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことができなかったら、あの良い友達が私のために死ぬのです」
濁流は、メロスの叫びをせせら笑うごとく、ますます激しく躍りくるう。
メロスは激怒した。
必ず、かの大神ゼウスを打ち取らねばならぬと決意した。メロスには天啓がわからぬ。
メロスはその場で軍事用荒野横断戦車の改造を開始。
さほど時間を置かずしてその車体の両脇に飛行機のような翼が取り付けられる。
そしてエンジンをかければご覧あれ! その車体は宙に浮き、天に向かって真っすぐ進む。
山を越え雲を越え大気圏に突入し、辿り着くは宇宙空間ではなく神々の暮らす天界。
メロスは豪華な椅子に偉そう座っている白髭の老人を見つけると、その両の腕でそれはもうボッコボコに殴りまくった。
相手の悲鳴が止まり呼吸も止まっている事も確認すると、メロスは再び軍事用荒野横断戦車に乗り込み地上へ戻った。
さて、目の前の川であるが、波は波をのみ、あおり立て、すさまじい濁流となって相も変わらずメロスの行く手を遮っている。
そうしている間にも時は刻一刻と過ぎていく。今はメロスも覚悟した。この川を渡りきるより他にない。
ああ、神々も照覧あれ! 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、今こそ発揮してみせる。
メロスはその場で軍事用荒野横断戦車に改造を施し、瞬く間に水陸両用の性能に進化させた。
サブンと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れくるう波を相手に、最新の兵器を試して見せる。
人知の英知に神も恐れをなしたか、川の流れも弱まった。いやそういえばさっき仕留めた所だった。見事、対岸のたどり着く事が出来たのである。
一刻といえども、無駄にはできない。日はすでに西に傾きかけている。そう思った時、突然目の前に一隊の山賊が躍り出た。
「待て」
「何をするのだ。私は日の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。退け」
「どっこい放さぬ。持ち物全部を置いていけ」
「私には命のほかには何もない。その、たった一つの命もこれから王にくれてやるのだ」
「その命が欲しいのだ」
メロスは無言でアクセルを踏み込んだ。
山賊共が宙を舞う。
荒野を抜け王都までたどり着くと、そこは流石に荒野と違い人々で溢れていた。
道行く人を跳ね飛ばし、軍事用荒野横断戦車は黒い風のように走った。少しずつ沈んでゆく太陽の十倍も速く走った。
一団の旅人とさっとすれ違った瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。
「今頃は、あの男もはりつけにかかっているよ」
ああ、その男、その男のために私は、今こんなに走っているのだ。その男を死なせてはならない。急げ、メロス。遅れてはならぬ。愛と科学と誠の力を、今こそ知らせてやるがよい。見える。はるか向こうに小さく、シラクスの町の塔楼が見える。塔楼は、夕日を受けてきらきら光っている。
「ああ、メロス様」
うめくような声が、風とともに聞こえた。
横を見ると、その二本の足のみでメロスの軍事用荒野横断戦車と同等の速度で走っている男の姿が目に入る。
メロスは走りながら尋ねた。
「誰だ」
「フィロストラトスでございます。あなたのお友達セリヌンティウス様の弟子でございます」
メロスは激怒した。
この知らぬ単語でマウントを取ろうとする男を取り除かねばならぬと決意した。メロスには弟子がわからぬ。
軍事用荒野横断戦車のハンドルを大きくきり、方向転換とともに無駄に名の長い覚えきれない男の身体を跳ね飛ばす。
日は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとしたとき、メロスは疾風のごとく刑場に突入した。間に合った。
「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰ってきた。約束のとおり、今、帰ってきた」
しかし、その声は群衆のざわめきにかき消され、人々に届くことはない。
メロスは激怒した。
必ず、この人の声も聴かぬ民衆共を吹き飛ばさねばならぬと決意した。メロスには声音がわからぬ。
群衆が道を敷き詰める中、メロスは軍事用荒野横断戦車のアクセルを踏み切った。
処刑台の前までたどり着くと、より腹に力を込め、声を周囲に轟かさせる。
「私だ、刑吏! 殺されるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」
ついにはりつけ台に上り、つり上げられてゆく友の目の前に立ち、縛り付けるセリヌンティウスの縄を引き千切ったのである。
「セリヌンティウス」
メロスは目に涙を浮かべて言った。
「私を殴れ。力いっぱいに頬を殴れ。私は途中で一度、悪い夢を見た。この時この場に間に合わなくても良いと思ってしまった。きみがもし私を殴ってくれなかったら、私はきみと抱擁する資格さえないのだ。殴れ」
セリヌンティウスは、全てを察した様子でうなずき、刑場いっぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。
メロスは激怒した。
間一髪で処刑を止めたというのに仇で返すこの男を殺さねばならぬと決意した。メロスには友情がわからぬ。
メロスはゼウスをも屠ったその剛腕を、容赦なくセリヌンティウスに振り下ろす。
セリヌンティウスも死力を尽くし、抗った。
流石はメロスの友。ゼウスよりかは対抗出来るようだがそれも時間の問題。
あと一撃でセリヌンティウスの息の根が止まる。その時、一人の少女が緋のマントをメロスに被せた。
メロスは、まごついた。
マントの込められた聖なる力でメロスの力をすべて封じ込めた。
よき友は、気をきかせて教えてやった。
「メロス、お前はやりすぎた。このかわいい娘さんは、メロスの堕ちていく姿を皆に見られるのが、たまらなく悔しいのだ」
魔王は、この地に封印された。
めでたしめでたし