チート・ザ・食わず女房
むかしむかしある所に、とてもケチな男が住んでいました。
男は暇があるとこう言います。
「嫁は欲しいが飯は惜しい。仕事は良くするし俺に尽くしつつ飯を食べない美人がいるなら嫁に貰ってやってもいい」
そんな人間がいるはずないのですが、ある日一人の黒髪美人が男の家を訪ねて来ました。
「私はご飯を食べずに仕事ばかりする女です。どうか私を嫁にしてください」
それを聞いた男は大喜びで、女を嫁にしました。
男の嫁になった女は、とても良く働きます。
そしてご飯を、全く食べようとしません。
「ご飯は食べないし良く仕事をするし、本当にいい嫁じゃ」
ところがある日、男は家の食材が少なくなっているのに気がつきました。
「おや? おかしいな。嫁はご飯を食べないはずだし」
とりあえず男は、嫁に聞いてみましたが、
「私は知りませんよ、食べ物にはこれっぽっちも興味がありませんので」
と、言うのです。
あんまり変なので、次の朝、男は仕事に行くふりをして、家の天井に隠れて見張っていました。
すると嫁は倉から米を一俵かついで来て、どこからか持って来た大きな釜で一度にご飯を炊きあげました。
そして塩を一升用意すると、おにぎりを次々と作って山の様に積み上げたのです。
(何じゃ? お祭りじゃあるまいし、あんなにたくさんのおにぎりを作ってどうするつもりだ?)
男が不思議そうに見ていると、嫁は頭の髪の毛をほぐし始め、頭のてっぺんの髪の毛をかきわけました。
すると頭のてっぺんがザックリと割れて、沢山の牙が生えた大きな口が開いたのです。
(あわわわわ! おらの嫁は、化物だ!)
嫁は握った程よく塩加減のきいたおにぎりに更に海苔を撒くとお皿に順に並べ、今度はフライパンでウインナーをジュージューと炙ります。
焦げ目の付いたウインナーをおにぎりの横に添え、ウインナーの旨味が濃縮されている脂が残ったフライパンにかきまぜた卵を落とし、再びジュージューと焼く事で卵焼きも作りました。隣の鍋では既にネギとわかめの味噌汁が出来上がっています。
おにぎり、ウインナー、卵焼き、味噌汁。
(そう言えば朝飯がまだじゃった……)
天井裏の男の心の声はさておき、嫁はそれらを順に食べだすと、至福の表情を浮かべながらほっぺたに左手を添えます。
頭の大口には包丁に付いた味噌汁のネギを投げ込みました。
次に嫁が取り出したのは高級牛の霜降り肉。
炭火で熱した大きな網の上に、所狭しと厚切りの霜降り肉を並べていく。
その一つ一つから肉汁が溢れ、炭火に落ちる事で肉独特の音と香りが周囲を立ち込める!
嫁の目の前にあるのは、小皿の中に入った焼肉のタレ、そしておにぎりで使い切らなかった炊き立ての米。
(ま、まさかあの肉を米と共に一気に……!?)
────そのまさかだった。
両面をミディアムで焼いた霜降り肉をおもむろにトングで掴むとタレの中に入れる。
そしてそのタレつき霜降り肉を、今度は箸で大盛りのご飯の上に乗せ、一気にかっ喰らった!
先ほどのおにぎりは量はともかくあくまで軽食。それに対してこちらは本格的な、そしてあまりにも豪勢なランチ!
嫁の顔は再び至福の表情に変わり、口の中で肉汁が溢れながらも噛み応えは抜群! 米との相性も間違いなしな肉を、米と一緒にそれはもうもりもりと食べる。
初期はミディアムだった肉もバリエーションをつけ始め、時にはこんがりとウェルダンに、時にはササっとレアに、タレもこってりニンニク味にピリ辛タレ、あっさりレモンと色々な味使い分け楽しむ。
後ろの大口には付属のレモンの皮を投げ込んだ。
(香りが……この天井裏まで……!)
焼肉を食べ終えると、嫁は今度は数々の野菜を用意した。遠目からでもみずみずしさが伝わる大きなキャベツ、キュウリ、人参、トマト。
それらを曲芸のように素早く切りまくると、どんぶりに綺麗に盛り付けサラダをつくる。そしてそれらもまた美味しそうに順に口に運んでいく。
後ろの大口にはトマトのヘタを投げ入れた。
(今度はサラダ……目立った味付けも無いようだが…… ! い、いやこれは敢えてそうしている!)
そう、嫁はこれで終わらせるためにサラダを食べているのではない。
大量のサラダを食べる事で、口の中いっぱいの焼肉の臭いをリセットしているのだ。────次の食事を、よりよく味わうために!
続けて取り出したのは大きな紙袋。嫁が袋の中に手を入れると、そこから出てくるのは数々のハンバーガー! フライドポテト! チキンナゲットにコカ・コーラ!
(調理するだけではない! 既にファストフード店でも買い込んでいたのか!)
一口にハンバーガーと言ってもその種類は豊富。
牛肉パティにケチャップマスタードのあじつけをベースとしたさっぱりオニオンと適度な酸味のあるピクルスを加えた王道を行くハンバーガー。
エビパティの揚げ物を挟んだ女性にも人気なエビバーガー、同じく揚げた魚パティを挟みタルタルソースとの組み合わせが抜群なフィッシュバーガー。
大きめのポークパティに照り焼きソースをたっぷり絡めマヨネーズベースのソースで味付けした照り焼きバーガーにその肉を揚げた鶏肉に変えたチキン照り焼きバーガー。
ポテトはLサイズを四つ用意し、それを一つのトレーに全て乗せ、そこにチキンナゲットも加える事でロマンあふれる超大量揚げ物盛り合わせが完成。
後ろの大口にはハンバーガーを包んでいたソース付きの包み紙を投げ入れる。
(たまに無性に食べたくなるがカロリーや脂が気になるジャンクフードをあそこまで容赦なく並べるとは……!)
嫁はハンバーガーとサイドメニューをむしゃむしゃザクザクと交互に噛みしめ、時折コーラの入ったドリンクのストローに口を付ける。その表情は恍惚そのもの。
その山の様なメニューを着実に減らし、さほど時間を置かずに完食すると、今度は瓶と新鮮な魚、そして大小一つずつの鍋を取り出した。
まず嫁は二つの鍋に火をかけると、新鮮な魚をまな板の上に乗せる。そして見事な包丁さばきで切り身を造り、一つの皿に並べていった。
(あれは……高級刺身か! そして、そしてあの瓶は……!)
男が注目したのは魚と共に準備した瓶。
嫁はその瓶の蓋を開け、中身をジョッキにそそぐ。
(綺麗に泡立つ黄色の液体……あれは、あれはッ!)
そう、ビール!
嫁は注いだビールをゴクゴクと喉に通し、「カーっ!」と叫びながら顔をやや赤く染める。
(一仕事終えた後のようなツラしやがって! あの美味そうな刺身をつまみにビールを一杯やるつもりか!!)
誰が見てもそう見えただろう。
────だが、嫁の行動は予想の上をゆく。
(……なに? ビールは一杯呑んだだけで横に置いたぞ? そして先ほど火をかけた小さい鍋から取り出すのは……くっ、熱燗かッ!!)
そう、嫁の本命はこちら日本酒の熱燗! ビールはあくまで最初の一杯を楽しむに留め、酔いと共に身体がポカポカ温まるこちらで刺身を食うつもりだったのだ!
後ろの大口には添えてあるパセリを投げ入れる。
チビチビと日本酒を楽しみ、丁度刺身が無くなった所で、今度は大きな鍋が煮え上がったようだ。嫁はそちらの蓋に手をかける。立ち込める煙と共に広がる抜群の匂い、それは────
(あの中身は……アレも酒にピッタリ! 鯛鍋だったのか!)
大きな鯛の切り身に白菜、椎茸、水菜に豆腐、春雨に卵の入った豪華な鍋。嫁はそれらを寄そうとホフホフしながら日本酒と共に口に入れていく。
後ろの大口が物寂しそうによだれを垂らしているが、酒の入った嫁はそちらに意識を向けない。
(くそっ! まさかあんなに美味そうな組み合わせで酒を呑むとは! ……ん? 日本酒を口に運ばずどうするつもりだ?)
嫁が次にとった行動に、男は驚愕する。
嫁は具がほとんど無くなり鯛鍋の汁が残った取り皿に、日本酒を入れたのだ!
(日本酒の鯛鍋割りだと!? 馬、馬鹿な! そんな呑み方が……出汁の利いたあの汁に日本酒を合わせれば……美味いに決まっている!!!!)
酒を呑みほし、頬を赤く染めながら気分がいいのか鼻歌を歌い出す嫁。
そのまま次の調理へと行動を移す。
(今度の鍋の中は……麺! そして隣にある鍋にはこってりスープ! 間違いない、ラーメンをつくっている!)
そう、スープが絡みつくこってりラーメンに厚切りチャーシューとメンマ、少々の野菜を加えた美味そうなラーメン。そしてその隣でジュージューと音を立てるもう一つの鍋。そこから取り出される黄金色の物体。
(やりおった! この女、締めのラーメンに唐揚げまで付けおった!)
ラーメンをずるずると頬張りながら、時より外はサクサク中はジューシーな唐揚げも口に運ぶ嫁。
後ろの大口が操っているのか後ろ髪が指のように嫁の肩にちょいちょいと触れるが、嫁はそれを手で払う。
ラーメンをも食べ終わるとどこからか取り出したのは、大きなパフェ!
(あれは! てっぺんのモンブランとその下にある口当たりの良い生クリーム、更にその下とクリーミーなソフトクリームの組み合わせが抜群で味覚を天国へ誘うマロンパフェ! ソフトクリームの更に下まで掘り進むとそこで初めてスポンジケーキが顔を出し、冷たくなった口の中を程よい温度とやや抑えた甘みで別の天国へ連れてってくれるマロンパフェ!! ラーメンが締めかと思いきや更にデザートまで食するとは!!)
嫁がパフェをほおばり始める。
やはりデザートは別格なのだろうか、その一口一口を極限まで味わうようによく噛み、呑みこむとしばらく余韻に浸るかのようにとろけるような笑顔を見せる。
後ろの大口が再び髪を操り肩を叩くと、嫁は笑顔のまま大口の牙にチョップをかまして悶絶させた。
パフェを食べた後、更にイチゴショートケーキとチョコレートケーキをおまけのように平らげ、温か~いお茶をゆっくりと口にする。
その全てを食べ終わると、両の手を合わせてお辞儀をして鍋や食器を片付けだした。
男は嫁に気づかれない様に天井から降りると、仕事から帰った様な顔をして家の戸を叩きます。
「……おい。今、帰ったぞ」
すると嫁は、急いで髪の毛をたばねて頭の大口を隠すと、
「あらゲェップ、おかえりなさいもうお腹いっぱいえへへ」
と、笑顔で男を出迎えました。
「……」
男はしばらく無言でしたが、やがて決心して言いました。
「嫁よ、実は今日、山に行ったら山の神さまからお告げがあってな、『お前の嫁はええ嫁だが、家に置いておくととんでもない事になる。はやく家から追い出せ!』と言うんじゃ。だからすまないけど、出て行ってくれんか?」
それを聞いた嫁は、あっさりと言いました。
「はい、出て行けと言うのなら出て行きましょう。でもお土産に、風呂桶と卵とお砂糖とミルクを頂いてもよろしいですか?」
「おぉ、そんな物でいいのならすぐに用意しよう」
男が言われた物を用意すると、嫁が言いました。
「すみませんが、この風呂桶の底に穴が開いていないか見てもらえませんか?」
「よしよし、見てやろう」
男が風呂桶の中に入ると、嫁は風呂桶に卵と砂糖と牛乳を混ぜ合わせながらいれ、一瞬のうちに熱して冷まし、男をプリン漬けにしました。
瞬く間にプリンに覆われた男は、ビックリして嫁の顔の方へと、なんと嫁の頭から二本の長い角が生え肌の色も褐色の物に変わる!
ちなみに顔自体は、目付きをちょっときつくした程度で基本は元の美人のままです。今の時代、そういう需要は心得ているようです。
本来の姿である鬼へと姿を変えた女は男を風呂桶ごと担ぎ上げ、馬よりもはやく駆け出して山へと入って行きました。
(こ、このままじゃあ、カラメル代わりに食い殺される! だが、どうしたらいい?)
男はどうやって逃げようかと考えていると、女は風呂桶を下ろし、近くの木によじ登り出しました。
どうやら美味しそうな果物が実っているのを見つけたようです。
(今じゃ!)
女が果物を夢中で食べている間に、男はプリンから這い出て何とか逃げ出す事が出来ました。
さて甘くて美味しい果物を食べて幸せそうな女は、ろくに風呂桶の中に目を向けず、またすぐに風呂桶を担ぎ直すと再び駆け出し、鬼達が住む村へ到着しました。
そして大きな声で、仲間を集めます。
「みんなー! おやつだよー!」
仲間の鬼が大勢集まって来ましたが、風呂桶の中をのぞいて見ると中はプリンのみです。
「さては、途中で逃げたわね!」
怒った女は山道を引き返し、すぐに男を見つけました。ちなみに他の鬼達はシンプルな甘味が口いっぱいに広がる王道のプリンを美味しそうに貪っています。
「お待ちなさいメインディッシュ!」
「いやじゃー! 助けてくれー!」
女の手が男の首にかかる寸前、男は草むらへ飛び込みました。そこは刀のような葉が並ぶ菖蒲の草むら。
男はそこに入った瞬間に大きく叫んだ。
「間一髪間に合った! 喰らえ! 【菖蒲剣山】!!」
言葉と共に、菖蒲の葉が鉄の刃へと変化し上方へ大きく伸びる!
「きゃああああああああっ!!」
女は『喰らえ』と言われたので高速で伸びる鉄の刃に齧りつきましたが、とても錆臭くて叫び声と共に吐き出しました。
よっぽど不味かったのか口を抑えながら涙目になり、恨めしそうに男を見ながらヨロヨロと帰っていきました。
その日がちょうど五月五日だったので、今でも五月五日の節句には魔除けとして、屋根へ菖蒲を刺す所があるそうですよ。
めでたしめでたし