チート・ザ・親指姫
むかしむかしある所に、一人暮らしの女の人がおりました。
女の人は魔法使いにお願いをします。
「私には子どもがいません。どんなに小さくてもかまわないので可愛い女の子が欲しいのです」
すると魔法使いは、種を一粒くれました。
「この種を育てれば、願いが叶うだろう」
女の人が種をまき一晩寝て様子を見に行くと、それはそれは大きな豆の木が育っていました。その豆の木をよじ登る男も見えます。
それはそうとまいた種の場所に目を向けると、可愛らしいつぼみが出来ているではありませんか。
「まあ、何て綺麗なつぼみでしょう」
女の人がつぼみにキスをすると、つぼみが開きました。
すると、どうでしょう。そのつぼみの中に、小さな女の子が座っていたのです。
女の人は、その小さな女の子に親指姫と名付け、優しくキスをしました。
「かかりましたわね、綺麗な花の中身に引き寄せられるその愚かさ、身をもって知りなさい、【喰神蝕仏】」
瞬間、親指姫の額についた女性の唇から、逆に親指姫に吸い込まれるようにその身体は枯れ果てた。
親指姫は主がいなくなった家の中にドアの隙間から入り、お皿のプールで泳ぎ、葉っぱの舟をこぎながら綺麗な声で歌いました。
そして夜になるとクルミの殻のベッドで眠ります。お布団は花びらでした。
さて、ある晩の事です。
ヒキガエルのお母さんが、寝ている親指姫を見つけました。
「ゲロゲロ、あら可愛い。息子のお嫁さんにちょうどいいわ、ゲロゲロ」
ヒキガエルのお母さんは寝ている親指姫を連れていくと、スイレンの葉っぱに乗せました。そして親指姫を揺すって起こします。
「ゲロゲロ、さあ、起きるんだよ。今日からお前はわたしの息子のお嫁さんだ。そしてこの沼が、お前の家さ。いい所だろ? 息子を連れて来るから、ここにいるんだよ、ゲロゲロ」
「寝ている隙に私を拐う所までは良いけれど、そこでまさか私を起こしてしまうなんて愚かの極みよ、【喰神蝕仏】」
ヒキガエルのお母さんは、親指姫を起こすために触れていた手を始めに養分を吸いとられるように枯れ果てた。
結果としてスイレンの葉っぱの上に一人残された親指姫は、シクシクと泣き出してしまいました。
「ヒキガエルは気持ち悪いわ。その内帰ってくるヒキガエルの息子もきっと、いえ絶対気持ち悪いわ。ドロの沼も気持ち悪いわ」
すると、その声を聞いた魚たちが集まり、
「かわいそうに、あのヒキガエルお嫁さんだなんて」
「ねえ、逃がしてやろうよ」
と、スイレンの茎をかみ切ってくれました。
「ありがとうお魚さん、でも私の能力は涙を伝って発動する事も出来るの、折角だからちょっと腹いせになって貰うわね、【喰神毒水】」
親指姫の涙が落ちた場所から波紋が広がり、それに触れた魚は枯れ果てました。
茎を切られたスイレンの葉っぱは水の流れに流れていきます。
流れていく中で上を見上げると、1匹の蝶々が空を飛んでいました。
「蝶々さん、私をどこかよい場所に運んで頂けないかしら」
「あら御安い御用よ」
親指姫は飛んでいた蝶々にお願いして、葉っぱを引っ張ってもらう事にしました。
蝶々のおかげで、葉っぱはどんどん川を下っていきます。
するとそれを、コガネムシが見つけました。
「おや、珍しい虫がいるぞ」
コガネムシはそう言って親指姫を捕まえます。
「きゃっ!」
そしてそのまま森の奥へと連れて行ってしまいました。
コガネムシ達が住む森で、親指姫の事を最初は可愛いと口説きます。
しかし他のコガネムシ達から「足が2本しかない、触角もない」とからかわれ、「やっぱりブサイクだ」と手放してしまいました。
「貴方達、私を拐うばかりかブサイク呼ばわりするなんていい度胸ね、本当はあの蝶々に使う予定だったのだけどまあいいわ、【喰神蝕仏】」
コガネムシ達が皆いなくなった森の奥で、親指姫は一人で寂しく過ごします。
花のミツを食ベてお腹を満たし、草にたまったつゆを飲んで喉を潤し、葉っぱにくるまって眠ります。
やがて冬がきて、空から雪が降ってきました。
「ああ、何て寒いのかしら」
寒さに震えながら歩いていた親指姫は、野ネズミの家を見つけました。
「あの、寒さで困っています。どうか、中へ入れてくれませんか?」
親指姫が声をかけると、野ネズミのおばさんが出てきて言いました。
「おやおや可哀そうに。さあお入り、中で美味しい物を食べて温まりなさい」
野ネズミのおばさんは優しく親指姫を迎え入れました。
そして親指姫を導くためにその手を掴んだ瞬間────
「ありがとう野ネズミのおばさん、じゃあ貴女がいなくなった後で遠慮なく料理もいただくわね、【喰神蝕仏】」
生物を枯れさせる最悪の魔力が親指姫の指を通して野ネズミのおばさんに流し込まれる。
が、
「おやおやそんなこと言わずに一緒に食べましょうよ、一人で暇してた所なの」
野ネズミのおばさんには通用しなかった。親指姫に戦慄が走る。
「あ、貴女は一体……」
「ふふふ、どこにでもいるただのおばさんよ? ……恐いかしら?」
生まれてからまだ日の浅い親指姫であったが、その短い間でも出会う生物全てを蹂躙してきた。
野ネズミのおばさんの表情は、一見穏やかではあるが、それでもわかる。────この相手には逆らうべきではない。
こうして親指姫は、野ネズミのおばさんと一緒に暮らす事になりました。
さて、野ネズミのおばさんは近くに住んでいる動物達みんなと仲良しで、一緒に生活している内に親指姫も色んな動物たちと出会います。
その内の一匹が、おばさんの家の更に地面の奥に住んでいるお金持ちのモグラでした。
「なんて可愛い娘だろう」
親指姫を気に入ったモグラは、毎日遊びにきます。モグラはお金持ちでトークも上手で親指姫にとても友好的でした。でも顔はブサイクでした。
そんな暮らしが続いたある日の事、親指姫はケガをして倒れているツバメを見つけました。
(この子の俊敏性と機動力をうまく使えば野ネズミのおばさんを上回る事が出来るかもしれない……)
心の優しい親指姫は、毎日ツバメの世話をしました。
春になる頃には、親指姫の決死の世話の成果ですっかり元気になったツバメ。そしてある日親指姫に言います。
「あなたのおかげでまた飛べるようになりました。どうでしょう、僕と一緒に南の国へ行きませんか? 南の国はとっても良い所ですよ」
(あの日の屈辱を忘れて逃げろですって?)
「……どうしたんですか親指姫、黙り込んでしまって」
「ありがとうツバメさん。でも、私は行けないわ」
「どうしてですか?」
「だって、私がいなくなったら、お世話になった野ネズミのおばさんがきっと寂しがるから……」
「そうですか……では、さようなら、ありがとうございました親指姫」
ツバメは親指姫に礼を言うと、嘴をドリルのように回転させるとあっという間に地面を掘り潜り、南の国へ去っていきました。
(こんな事なら見つけたあの日に枯らしてしまえば良かったわね)
また時は流れ、今度は夏になりました。そんなある日、野ネズミのおばさんが親指姫に言います。
「親指姫や、いい話ですよ。なんとお金持ちのモグラさんが、あなたをお嫁に欲しいんですって。よかったね、モグラさんに気に入ってもらって。秋になったら、モグラさんと結婚するのですよ」
親指姫は、ビックリしました。
モグラは優しくて良い動物です。でもブサイクです。
嫌いではありませんが、モグラと結婚したらずっと地面の底で暮らさなければなりません。モグラは、お日さまも花も大嫌いだからです。あとブッサイクです。しかし今の親指姫にはまだ、野ネズミのおばさんに逆らう事が出来ません。
夏の終りの日、親指姫は野原で一人、口を開きました。
「さようならお日さま。さようなら、お花さんたち。わたしは地面の底に行って、もう二度と貴方達に会えません」
親指姫は己の無力さが悔しくて泣き出しました。
その時、空の上から聞き覚えのある声が聞こえたのです。
「親指姫、お迎えに来ましたよ」
なんと、あの時助けたツバメがジャンボジェットでやってきたのです。
「聞きましたよ、モグラさんがあなたをお嫁さんにしたいと。でもモグラさん糞ブッサイクだし嫌ですよね? さあ、今度こそ僕と一緒に行きましょう」
(……背は腹には代えられないわね。これは、逃げではない……戦略的撤退!)
「ええ、行きましょう」
ツバメは親指姫を背中に乗せて、ワープしました。
一瞬後に着いたのは花の国です。ツバメは花の上に、親指姫をおろしました。
花の上には、親指姫と同じくらいの大きさの男の子が立っています。
「ようこそ親指姫、ツバメから話は聞いています」
この男の子は、花の国の王子さまです。
「さあ、これをどうぞ」
王子さまは親指姫の背中に羽をつけてくれました。それから親指姫は花の国の王子と結婚しました。
(ツバメの力を借りずとも機動力は手に入れた。悪くない権力も手に入れた。後は、あの日の屈辱を返すのみ、コイツらを枯らすのはそれからでいい……!)
めでたしめでたし