チート・ザ・美味しいおかゆ
むかしむかしある所に、とても貧しい家庭がありました。
住んでいるのは、心の優しい女の子とお母さんの2人だけです。
あまりに貧しく食べるものも無いので、女の子はいつものように森に行って食べられるものを探しだしましたが、この辺りの森は、機械モンスターや特殊鉱物のゴーレム、炎や氷、闇そのものの属性精霊型魔物は多けれど、食べられる肉の魔物は偶に出てくる暗黒魔竜や究極悪魔くらいしかいません。
それらも多分女の子が獲り過ぎたせいで、絶滅したか生息地を遠くへ移してしまったかしたようです。
「困ったなあ、今日は何も見つからない」
すると森の奥から、1人のおばあさんが現れました。
「おやこんな森の中に一人で来るなんて、どうしたんだい?」
この人は確か、森の奥にそびえ立つ魔王城の最大幹部の一角。しかしまあ今の女の子にとって肉には変わりありません。
女の子は即座におばあさんの下へ距離と詰めると、相手の息の根を止めるべく拳を放った。
しかし相手も然るもの。その一撃をギリギリで見切り、その一点にのみ最大の魔法障壁を展開する事で女の子を拳を受けきる!
しかしおばあさんが更に何かする前に、女の子の次の行動が完了していた。
「波ァッ!!」
即座に半歩だけ身を引いたかと思うと両手から大規模な熱衝撃をぶっ放したのだ。その一撃に、おばあさんの身体は跡形も残らず消滅する。
しまった! 全てを消し飛ばしてしまっては食べるものが残りません。
女の子はションボリしましたが、そこは流石は魔王最大幹部の一人。おばあさんがいた所から突如空中に立派な宝箱が出現し、そのまま地に落下します。どうやら重要固定ドロップアイテムのようです。
中に入っていたのは古ぼけたおなべ。
女の子は道具説明欄を開いてその詳細を確認します。
効果:
「おなべよ、煮えろ」というと美味しいおかゆが出る。
「おなべよ、止まれ」というと美味しいおかゆが止まる。
女の子は大喜びでおなべをお家に持って帰ります。
このおなべのおかげで女の子もお母さんもおなかが空いて困る事はなくなりました。
ある日、女の子がちょっと遊びに出かけた後で、お母さんはおかゆが食べたくなりました。
そこで女の子のまねをして、
「おなべよ、煮えろ」
と、唱えます。
すると、いつものようにおなべは美味しいおかゆを作ってくれました。
ところがお母さんは、道具の説明とか見ないで感覚でやるタイプでした。たまにいますよね、ちょっと調べればわかる事なのに、身近な人にいちいち聞いて少しうんざりさせるタイプの人。
「おなべよ、もういらないよ。おなかはいっぱいだよ」
お母さんがいくらそう言っても、おかゆはどんどん煮えておなべからこぼれ出しました。
お母さんは負けじと溢れるおかゆを食べ続けます。それでもおかゆは止まりません。
やがておかゆが溢れるスピードはお母さんが食べ続けるスピードを超え、台所からあふれて家中をいっぱいにしてしまいます。それでもおかゆは止まりません。
とうとう家の外へ流れでてそれをみた町の人々は、お母さんに続くように猛スピードでおかゆを食べ始めました。数人が食べ続ければおかゆが精製されるスピードよりも消費するスピードは上回るため、程なくしておかゆは殆どが無くなります。それでもおかゆは止まりません。
無限にあふれ出るおかゆに対して、人々のおなかは有限。いつしかおかゆが溢れるスピードは再び消費の速度を上回り、再び町に溢れ出しました。
町の広範囲にまでおかゆが溢れれば、その事態に気がついた他の人々も何とかしようとおかゆを食べます。
人が増えれば消費が上回りおかゆは少なくなりますが、それでもおかゆは止まりません。一進一退の攻防は長く続きましたが、遂には町の人達皆お腹いっぱいになってしまいました。それでもおかゆは止まりません。
減らす事の出来ないおかゆはドンドンどんどん無尽蔵に溢れ続け、町はおろか周辺の森もその奥の魔王城をも埋め尽くし、更には国全土を覆い始めた。
そう、魔王が住まう世界最強のこの大陸が、今まさにおかゆに支配されようとしているのだ。
状況を重く見た魔王は周辺諸国への援助要請を出す。
このままでは被害はこの国だけには留まらない。大陸全土が、いや、海を越えて世界全てがおかゆに覆われてしまう。
各国の代表が集まり緊急会議を開いた結果、増え続けるおかゆを止めるべく全ての国が同盟参加を決断。
生命体共通の大問題を前にしてはもはや人間も魔族も関係ない。大陸全ての種族が一丸になり、溢れ続けるおかゆの前に立ちふさがった。
「「「今だ! 総員! 食えーーー!」」」
人間、魔族、その他異種族全ての指揮官達の合図と共に、兵士達はおかゆを食べ始めた。
しかし、もはやそれは荒波に抗う蛙も同然。ここまで巨大なものとなってしまったおかゆの前に、全種族連合はただ呑まれるしかなかった。
おかゆは美味しい食べ物である。しかし、今となってはその立場は完全に逆転してしまった。
おかゆは人々の食事ではない。人々こそがおかゆの食事なのだ。
着実に増え続ける絶望のおかゆ。誰もが認めざるを得ない世界の終焉。
「神よ、どうか迷える我らを救いたまえ……」
仮に神がこの場に舞い降りたとして、やはりその胃袋には限界があるだろう。
無駄だと理解しながらも祈りにすがり、そして呑まれてゆく生物達。
食べきる事は出来ない。しかし残された全種族は、高く、広く、強固な壁を円型に生成する事でおかゆの海から逃れる事に成功。
壁外の領土を捨てその中で生活する事で、元の平和な生活を享受する事にした。
壁の中の生活から、100年の時が過ぎた。
全種族はおかゆの脅威を忘れ、皆そこそこに幸せな生活を送っている。
それでもおかゆは止まっていません。ならば如何に強固で高い壁であっても、無限に増え続けるおかゆの高さはいつかその壁を上回る。
ある一人の子供が、何気なく空を見上げた。
その眼に映ったのは、今まさに壁を乗り越え内側に入ろうとしている────
「おかゆだ」
その日、全種族は思い出した。
おかゆに支配されていた恐怖を。出された食事を残してしまった屈辱を。
そして女の子が家に帰ってきた時、
「おなべよ、止まれ!!」
その言葉でようやくおかゆは止まりました。
後はみんなでおかゆを美味しく駆逐して領土も取り戻しましたとさ。
めでたしめでたし