チート・ザ・52話
右手に刀を持った桃太郎は、アスタリートの下へ駆け寄りつつ左手の黍団子を握り砕きながら、唱えた。
「【黍団子絆】」
黍団子が砕かれると同時に、白く細い光線が周囲に散らばった。
その光線は、桃太郎以外の32人の主人公達の胸の辺りに当たる。
決してダメージなどはない無害な光線。それを受けた主人公達は、祈るように目の前で手を合わせた。すると32人の身体から出る色とりどりなオーラが、光線を伝い桃太郎の下へ集まっていくではないか。
「な……!」
女神は絶句する。
一人一人が主人公である彼等彼女等33人分の力が一点に集まっていっている。その収集先は、桃太郎が持つ右手の刀。
その刀身は幾重の色で眩しく光り輝き、今尚その力を増し続けている。
女神は理解した。その形容しようもない凄まじい威力が、今自分に向けられようとしている事を。
「やめろ……やめるんだ桃太郎! お前達!!」
見苦しく叫ぶ女神。当然桃太郎の歩は止まらない。他の32人の主人公達も、力を注ぎながらこの戦いの行方を見守っている。
「く、くそ! やめろと言っているだろう!? 私は……私は絶対神だぞ! 全ての世界を創造し永遠の時を過ごしてきた、これからも永久の刻を生きる女神アスタリートだ! それを、それを……! 貴様らごときの下等で短命な生命などが、私を滅ぼして良いはずがないだろう!!」
桃太郎は女神の下まであと数歩の距離まで迫った。
そして女神の言葉に対しやれやれとため息をつきながら、刀を構えて跳躍する。
「いいや女神様、アンタにはわからないだろう。俺達の命の価値が、何十年何百年と語り継がれてきた俺達の昔話の重みが、創られて間もないポッと出のアンタなんかにわかるはずがない!」
「何を、何を言って……?」
アスタリートには、桃太郎の言葉の意味がわからなかった。
この幼稚で愚かで薄っぺらい女神は、歴史の重みも、名作の偉大さも、先人偉人への敬意も、何一つ理解が出来ていなかったのだ。
女神の眼前まで迫った桃太郎。
右手の刀を大きく振り上げ、左手で腰袋から黍団子を取りだし叫ぶ。
「終わりだアスタリート! 【黍団子自動回転式刃】ッ!!」
瞬間、黍団子が光り輝くチェーンソーに変化した。
桃太郎はそのチェーンソーを両手持ちし、渾身の力で女神の顔面に振り下ろす!
「うぎゃわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
その一撃はアスタリートの顔をそのまま斬り裂き、更に胴体までも切り裂いてゆく。
そして、女神の身体はきれいに真っ二つになった。
「ぎゃ……が……! この……私……が……」
身体が二つに解れても、まだ声を発するアスタリート。
桃太郎はチェーンソーを更に横に数回振るい、その身体をバラバラに切り裂いた。
────それと同時に、女神の身体から巨大なシャボン玉のようなものが一斉に溢れ出る!
シャボン玉は凄まじい勢いでこの中央世界の景色を幻想的なものに変えていった。
それに反比例するかのように、女神の身体の破片は急速に萎んでいく。
そして遂に、主人公達に絶望的な殺し合いを仕組んだ元凶、絶対神アスタリートは──完全に消滅した。
女神が消えた後、溢れ出たシャボン玉の内の一つを見て、誰かが声を上げる。
「あ、あれは私の世界!?」
「こっちは……俺がいた世界だ!」
そう、溢れ出たシャボン玉は異世界の景色が映っており、触れれば入れる世界への入り口であったのだ。
シャボン玉が出現したこの中央世界の様子をよく見てみると、明らかに人数分よりもシャボン玉の数が多い。
主人公達は、すぐに自分の世界への入り口を見つけ出した。
そして更に自分の世界とは違うシャボン玉を、各々が少しだけ気になった世界を覗き込む。
三匹のこぶた達が見ている世界は、母親の元から一人立ちした者達がそれぞれ頑張って家を建てる様子が映し出されていた。
お母さんやぎが見ている世界は、狼のお腹から丸呑みにされた子供達を救い出し、その狼のお腹を針と糸で縫い付けている者が映し出されていた。
シンデレラが見ている世界は、魔法使いのおばさんが杖を振り、美しく着飾れていく自分の姿に驚く少女が映し出されていた。
猿とカニが見ている世界は、栗、蜂、臼の前でごめんなさいと謝っている一匹の獣が映し出されていた。
翁が見ている世界は、月の民を名乗る者から綺麗な少女を守るように抱きかかえるおじいさんおばあさんが映し出されていた。
ヘンゼルとグレーテルが見ている世界は、魔女に泣く泣く料理を教わっている一人の少女が映し出されていた。
桃太郎が見ている世界は、三匹の動物を従えた若者に、大柄な鬼達が土下座している様子が映し出されていた。
マッチ売りの少女が見ている世界は、雪が降りしきる街の中、一人の少女が幻を見ている様子が映し出されていた。
北風と太陽が見ている世界は、暑さのあまりコートを脱ぐ旅人を見て、上空で勝敗を決めている大いなる何かの様子が映し出されていた。
浦島太郎が見ている世界は、綺麗な御殿で料理をふるまわれている若者の姿が映し出されていた。
鶴が見ている世界は、自分の羽で機を織っている一羽の鳥と、ふすまからその様子を覗こうとしているおじいさんとおばあさんが映し出されていた。
雪女が見ている世界は、小屋の中で怯える若者を見つめ、ニヤリと笑っている女の姿が映し出されていた。
金太郎が見ている世界は、一人の若者が森の動物たちと相撲をして遊んでいる姿が映し出されていた。
坊主が見ている世界は、初老の男が化け物に「豆になれるか」と尋ねている様子が映し出されていた。
白雪姫が見ている世界は、小人達と談笑しながら食事の用意をしている綺麗な少女が映し出されていた。
犬が見ている世界は、水面に映った自分を見て、「ワン!」と大きく吠えている動物の姿が映し出されていた。
チュー子が見ている世界は、小さな女の子と小さな若者がお見合いをしている様子が映し出されていた。
幸せの王子が見ている世界は、一羽のツバメが若者の像の前に降り立つ様子が映し出されていた。
かぶが見ている世界は、おじいさんが地面から生えている緑の葉を一生懸命引っ張っている姿が映し出されていた。
人魚姫が見ている世界は、一人の人魚が恐い魔女と取引をしている姿が映し出されていた。
わらしべ長者が見ている世界は、一人の若者がミカンを女性に渡している様子が映し出されていた。
花咲かじいさんが見ている世界は、灰を撒いて枯れ木に桜の花を咲かしているおじいさんの姿が映し出されていた。
金の小野と銀の小野が見ている世界は、泉から出てきた綺麗な女性が金の斧と銀の斧を持ち一人の若者と会話をしている様子が映し出されていた。
織姫と彦星が見ている世界は、若い男女が楽し気に原っぱを駆けまわる様子が映し出されていた。
いばら姫が見ている世界は、お城に集められた十二人の魔法使いが赤ちゃんに魔法をかけている様子が映し出されていた。
赤ずきんちゃんが見ている世界は、花畑で花を摘んでいる一人の少女が映し出されていた。
皆が気になった世界を覗いて、また誰となしに口を開きだす。
「この世界、なんだか元の世界とちょっと似てるな」
「こっちも。この子、なんだか私みたい」
「女神が死んだ事で開いた平行世界なのかもしれないね」
「こっちはこっちで良さそうな世界……ハハッ! なんだか、自分達の世界より自然な気がしてきた」
「……もしもこれが平行世界で、その平行世界に基本となる世界があるとしたら、それはこっちのほうかも知れないな」
「うん、そうかもね、でも……」
33人は、皆が皆を見合わせた。そして皆が穏やかに微笑む。
そして、また誰かが口々に声を上げだす。
「中々楽しかったよ、それじゃあ僕達はそろそろ帰るとするよ、じゃあね」
「私もそうしよう、貴殿らと出会えて有意義であった」
「色々あったけども、私も楽しかった。ありがとうね! 皆!」
「僕らも行こうか、さぁ帰ろう!」
「フンッ! ……まぁおいらとしても、悪くはなかったぜ」
「ありがとうよお前達。……さて、ワシは帰ったらあの子に礼を言いに行かねばな」
「まさかこんな事になるとは思わなかったね、でも家までのルートは光らせてある、行こうか」
「あ、待ってよ! ……えへへ! 皆! それじゃあね!」
「やれやれ、全くやれやれだ、やれやれ」
「……元の世界、か。そうだね……ここまでやってきたんだもん! きっと良いことあるよね!」
「我らも行こうか、あの地へ」
「ふむ、そして今度こそ決着をつけねばなるまいな」
「あーーー、楽しかったぜこの世界! 名残惜しいが皆帰るんじゃ俺だけ残っても仕方ねぇ、あばよ!」
「皆様どうもお世話になりました。お身体にはお気をつけてお過ごし下さいまし」
「私も行くとしよう。さて、帰ったら色々やり直す事も視野に入れてもいいかもな……」
「僕に動かせない金はない。皆、困った事があったら僕の世界にくるといい」
「ひー、皆凄すぎて俺はいっぱいいっぱいだったよ。……帰って小便しよ」
「美貌光線」
「あー、俺も帰って肉でも探すとしよう」
「ちゅー|(皆様と出会い、触れあい、全力を尽くし、そして最後には協力し合って困難に立ち向かえた事、とてもとても嬉しく、楽しく、他に変えられない経験になったと思います。皆様本当にありがとうございました!)」
「余も色々と学ぶことが出来た。帰った先がどうであっても覚悟は出来ている。ではさらばだ」
『我が種を散りばめた大地が全て無くなってしまうのは誤算だった。我はまた元の畑で一からやり直すとする』
「私も帰るわ。……そして、今度こそ間違えずに生きてみる。じゃあね皆」
「さぁて帰った先では最初に何を拾うかな? この世界では最後に最高の友情を拾えて良かったよ」
「ワシも戻るとしようか。ばあさんを一人待たせる訳にはいかん」
「私達も帰りましょう、あの人の元へ!」
「俺らも帰ろうぜ? そしてまたいつものデートしようや」
「あぁら準備万端のようね? いいわ、付き合ってあげる」
「私も行くね、眠ったりへんな世界に来たり……元の世界で私は今何歳かしら」
「あははっ! 最後は私か! じゃあ私もかーえろっと!」
一人、また一人とシャボン玉を通じて世界の中に入っていく。
元の世界で幸福を掴んだ者も、元の世界で不幸になった者も、元の世界で一度死んでしまった者も、誰一人違わず皆元々自分がいた世界のほうへ帰っていった。
それが当たり前の事なのだと、全員が理解しているのだ。
彼等彼女等はまた元の世界で続けるのだろう。
自分達の『チート・ザ・昔話』を────
めでたしめでたし