チート・ザ・51話
「お前達、私を本当に怒らせてしまったようだな……ちょこまかと面倒な小蝿共よ、神たる私の最速の奥義で消え失せるがいい!!」
女神の背後で空間の歪みが更に大きく、そして多くなる。
「喰らえッ! 【異世界輸送競技自動車】ッ!!」
空間の歪みから発射されるは複数の車。
女神が自負する通り、トラックやバイクとはその速度が違う。それでいて魂を吹き飛ばす必殺の威力は変わらず!
しかし、速度ならば決して負けない者がいた。
それは綺麗なドレスを身に纏いガラスの靴を履いた美女、シンデレラ!
シンデレラの身体からは、既に【虹を受け継し戦乙女】の力は失われていた。しかし元より持つ神速はいまだ健在!
「はぁッ! たぁッ! はぁッ! たぁッ! はぁッ! たぁッ!!」
最速の車を優に上回る速度でスポーツカーの側面もしくは背後に回り、拳で順番に破壊してゆく。
しかし、そんなシンデレラをみてアスタリートはニヤリと笑った。
「お前ならそう来ると思っていたよ。だが、その非力な力でコイツに対抗できるかな? 【異世界輸送盛土自動車】ッ!!」
先ほど坊主と雪女を退けたブルトーザーがシンデレラの方へ進路を変え、更に数台のブルトーザーが時空の歪みから現れた。
シンデレラであれば回避する事は可能。しかしそうすると他のスポーツカーは対処しきれない。
シンデレラの額に一筋の汗が流れた時、ブルトーザーの前に一人の男が立ちふさがる。
それは白い道着を纏った筋肉粒々の老人、翁!
「むぅんッ!!!!」
翁から放たれる渾身の正拳突きが、真正面から必殺のブルトーザーを粉々に破壊する!
尚を迫る複数のスポーツカーとブルトーザー。
それに対して、シンデレラと翁は顔を見合わせた。その一瞬後、各々行動に移る。
スポーツカーよりも力はあるが速度で劣り数も少ないブルトーザーは翁の圧倒的力で、その逆のスポーツカーはシンデレラの驚異的な神速を駆使した体術でそれぞれ順番に次々と撃退!
翁の腕力とシンデレラの速度が合わさった今、女神の複合奥義など何一つ障害にならない。
歯ぎしりをするアスタリート。しかし、この女神にはもう一つ思惑があった。最速のスポーツカーを一台だけ密かに33人の後方へ展開していたのだ。
その狙いは33人復活のカギとなった人物の一人マッチ売りの少女。
15人一斉蘇生という離れ技を一人でこなしたマッチ売りの少女は流石に疲弊しきっているはず。そして彼女の身体能力は元々並み以下。ならばこの一撃はどうやっても防げない。
「あはっ!」
────という考えからは外れ、マッチ売りの少女は実に軽快な動きで宙に跳びスポーツカーを楽々と躱した。
「なにいぃぃぃぃぃぃ!?」
頭に血が登る女神。宙に跳んだマッチ売りの少女に更に複数のスポーツカーを飛ばす。
しかし、それら全てをことごとく素早い動きで躱された。
「ねえ女神様」
そこでアスタリートはハッとした。
マッチ売りの少女がこれほどの体術を発揮できるはずがない。この相手は────
「女神様のお顔は、どうしてそんなに綺麗なの?」
赤ずきん! 乱戦の中、姿格好のよく似た二人はアスタリートに気づかれる事なく入れ替わっていたのだ。
言葉と共に赤ずきんちゃんから放たれるのは手刀による衝撃波。真っすぐ顔面に飛来するソレを、女神は間一髪身をよじる事で回避した。
その時には、また別の者が攻撃準備を終えている。
「【木霊巨神兵】!!」
高らかに叫んだのは次男ぶた!
その足元の床が盛り上がっていき、元が真っ白な空間だというのに木製の巨豚がそこから現れる。
アスタリートの技の性質上、平面には幅広く対応出来るが上空に対して運転する事は困難。
そこを狙って巨豚の剛腕が、女神の頭上に向かって振り下ろされる!
が────
「……私がそんな弱点を放置しているとでも思ったか? 【異世界輸送掘削自動車】ッ!!」
女神の足元からショベルカーが出現! そのショベルにより巨豚の腕は逆に粉砕される!
────しかし、粉砕された木製の腕からなにやら蔓のようなものが伸び、破壊された腕を空中でつなぎ合わせる。
「なに!?」
その蔓にはよく見るとトゲが付いており、次男ぶたの隣にいつの間にか一人の影が立っていた。
自身の周囲からも茨を出し、今しがた巨豚の腕を修復した少女はいばら姫!
「【茨式修理】」
修復された剛腕はそのままショベルカーごと女神を押しつぶす!
その一撃をまともに喰らい、身動きが取れなくなるアスタリートに更なる追撃をかける者、それは悪魔の角を額に生やし漆黒のレオタードに身を包んだ少女、グレーテル!
最期にシンデレラへ己の力を全て移していたグレーテルであったが、蘇生の際に元々自分のモノである悪魔の力だけは戻ってきたようだ。
二本の角の間に強力な黒い電気を溜め始める。
「【刺激的黒甘味】……!」
体勢の崩れている女神であったが、その攻撃はなんとか防ごうと手を前方にかざした。
そこには確かにグレーテルしか立っていない。しかし、アスタリートはそこにあるもう一つの存在に気付く事が出来なかった。
グレーテルと共にいる存在。それは身体を持たぬ吹く風そのもの、北風!
準備を終えたグレーテルと北風は、同時に叫びながら技を発射する。
「「【風雷混合極大嵐】ッ!!」」
放たれた猛嵐は横向きの竜巻となって真っすぐ女神の方へとび、女神の身体を押さえつけている巨豚の腕やショベルカーごとアスタリートを大きく吹き飛ばす!
吹き飛ぶ女神に更なる追撃の準備を整えていたのは赤き甲殻類、カニ!
白い空間に手を突き刺し、得意の詠唱を行う。
「──早く芽を出せ、柿の種! 出さねばハサミでほじくるぞ! 【世界樹創造】!」
爆発的に伸びる大木。そしてその大木から伸びる複雑な枝が空中の女神にあっという間に絡みつく。
「く、くそ! こんな物!」
女神は手で枝を振り払おうとした。
しかし、枝が意思を持っているかのように女神の振り払いを躱し、また女神の身体を締め付けていく。
「な、なんだコレは? ……! お、お前は!」
意思を持っているかのように、ではなかった。
枝の一部分はいつの間にか人の顔のような形をしており、その顔が枝を手足のように動かしていたのだ。
木に同化できる能力の持ち主、そんな者はもう一人しかいない。
鋭い眼光を放ちつつ、女神の肢体を撫でまわすように纏わりつくのは花咲かじいさん!
「ふざけやがって……! こんな木などぶち壊してくれるぞおぉぉぉぉッ! 【異世界輸送起重自動車】ッ!!」
大木の根元付近から突如出現するクレーン車。
その先端についた鉄球の一撃が大木に命中。大木は砕け、女神の身体は再び宙に投げ出される。
そんなアスタリートを狙って照準を合わせたのは黄金の身体を持つ幸せの王子!
幸せの王子のサファイヤの瞳から蒼い光線が女神目掛けて発射された!
「うおッ! あぶなっ!」
だが、アスタリートはその攻撃を身をよじりギリギリで回避する。
が、その後ろには既に別の脅威が迫っていた。
参加者中最も小さな身体で女神を狙うは灰色の齧歯類、チュー子!
チュー子は幸せの王子が放った光線を敢えて自分で受ける。
────正確には光線が当たったのはチュー子自慢のその齧歯!
意図的に齧歯に命中させる事により、鏡のように光線を反射し、それを身をよじったアスタリートに命中させる!
「あべべべべべべべッ!」
もはや威厳も糞もない悲鳴を上げる女神を見ながら、一匹の獣が呟いた。
「おいお前、俺に力を貸せ。俺たちもヤツに一泡吹かせてやるぞ」
「心得た」
黒い毛並みのその獣は犬! そして犬の提案に了承するのは燃える球体、太陽!
太陽の言葉を聞いた犬は、自らの口を驚異的なサイズに巨大化させ、なんと太陽を呑み込んだ!
一瞬後、犬の身体が熱く燃え上がり、炎は上空まで昇る。
そしてその炎の中から姿を現すは、筋肉隆々の身体に猛禽類の翼と嘴、そして顔は元の犬という異形の姿。
「【第七形態太陽神】」
変身の勢いにより女神の眼前まで迫った太陽神は、灼熱の両腕で女神を大きく殴り飛ばした!
「げひゃあぁッ!!?」
無様に吹き飛びながら、それでも流石は絶対神なのだろう。自身の攻撃の準備は終えていた。
時空の歪みから更なる巨大な物を召喚し、その上に乗っかるように吹き飛ばされる。
そしてフラフラと立ち上がると、血走った目で主人公達を見下ろした。
「許さん……もう許さんぞ……この私の最強究極奥義で! 貴様ら全員まとめて粉微塵にしてやるぞおぉぉぉぉぉぉッ!!」
上に乗った巨大な物を指し、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
「【異世界輸送巨大自動車】ッ!!!!」
今までの技とは一線を隔するサイズを誇る巨大なコンクリートミキサー車が33人に向かって発進を開始する。
が、その時、女神の更に頭上を取る者がいた。
それは茶色の毛並みの二足歩行の獣、猿!
「準備はいいな? いくぞ!」
圧倒的跳躍力を発揮しつつあるモノを持って高らかと跳んだ猿。
その持っているモノがあまりに大きすぎて、猿自体が豆粒のように見える。
『勿論だ、やれぃ!』
猿が持っているモノ、それは巨大根菜、かぶ!
かぶの言葉を聞き、猿はかぶに魔力を込める。あっという間にかぶは漆黒の氣に塗りつぶされる。
そして猿は、アスタリートに照準を合わせ大声で叫んだ。
「【かぶ】ッ!!!」
発射された巨大暗黒球体が女神に激突。
恐らく周辺数十キロは荒野に変える威力を誇るのだろう。しかし、かぶの意思もあるその爆発は左右前後方向には女神の周囲10メートルほどに爆発を凝縮され、上向きに対してだけは巨大火山のような爆風を押し上げた。
爆発がおさまる頃、それでもアスタリートはヨロヨロと起き上がった。
満身創痍にみえる女神ではあるが、その背後の空間の歪みは女神の状態と反比例するかのように、いや、女神の心情を体現するかのようにこれまで以上の大きさと数を見せる。
「クソ……! クソクソクソクソクソクソクソッ!! 貴様ら……こんなもんで終わると思うなよ……! 私の残り力全てを込めたこの一斉発進、防げるものなら!! 躱せるものなら!!! やってみろ!!!!」
空間の歪みから現れるのは、凄まじい量の自動車の数々。
【異世界輸送貨物自動車】【異世界輸送自動二輪車】【異世界輸送盛地自動車】【異世界輸送掘削自動車】【異世界輸送起重自動車】、そして【異世界輸送巨大自動車】に至る女神全ての奥義が、何台も何十台も所狭しと空間を埋め尽くす。
その全てが出揃ったとき、女神は叫んだ。
「【異世界輸送自動車渋滞】ッ!!!!」
────しかし、その渾身の叫びにも関わらず、召喚された車は一台も動き出そうとしない。
「は……!?!?」
困惑するアスタリート。
召喚した車の運転席を見てみる。車を操縦する黒い靄達は確かに乗車している。
が、その様子は今までとは違った。
ある者は後頭部に手を回し、ある者はテキトーな手遊びに勤しんでおり、またある者は新聞紙を広げている。
そしてその黒い靄達に共通している変化があった。
靄の左胸辺り、もしもこの靄達に衣服があるとするならばそれは胸の内ポケットに該当する位置だろう。
そこに、金貨や札束がねじ込まれている。
訳が分からないという様子の女神に、33人の主人公たちの中から一人が呟いた。
「僕に動かせない金はない」
その男、金太郎はサングラスをクイッと上げると桃太郎に目配せをする。
その合図を見て、桃太郎は女神の方へ歩き出しながら腰袋から一つの黍団子を取り出し左手で握りしめた。
そして腰袋と同じように身に着けているもう一つのモノ、それは一振りの刀が納められている立派な鞘。
「アンタの行動は全て封じさせてもらった。女神様、俺は今からアンタを────」
桃太郎はこのゲームが始まってから初めて、その鞘から刀を抜き去った。
「斬る」