チート・ザ・４６話
迫るシンデレラに対し、桃太郎はまたも黍団子を取り出しながら唱える。
「【黍団子雷】」
黍団子から放たれるは光速の雷撃。
その技を認識した時にはすでに標的を炭へと変化させている桃太郎最速の一撃。この攻撃は、如何に神速のシンデレラといえど回避する事は出来ない。
「はああぁッ！！」
しかし、シンデレラは怯むことなく寧ろその雷撃に自分から飛び込んだ。
あらゆるものを焼き尽くすはずの雷撃は、シンデレラの額、グレーテルから受け継がれた二本の角の間で帯電する事となる。
それにより、シンデレラの身体へのダメージは殆どない。
それどころかその雷を角から拳へ移動させ、接近の勢いのまま桃太郎を殴り飛ばした。
桃太郎が纏う【黍団子鎧】がまたもや亀裂が入ったような音を立てる。
吹き飛ぶ桃太郎であったが、シンデレラの超神速を考えるとまたすぐに追いつかれてしまうだろう。
桃太郎はまずは距離をとろうと、吹き飛ぶ方とは逆へ【黍団子飛行】の火を噴かせ、吹き飛びの勢いを加速させた。
「……！」
が、そこで何かに引っぱられるかのように桃太郎の動きが止まる。
気が付けば、自分の身体に細い糸のようなものが巻き付いている。目を凝らしてよく見ると、その糸にはトゲが付いており色は緑色。糸の先にあるのはシンデレラのドレスの裾の中。
シンデレラは桃太郎を殴り飛ばすと同時に、いばら姫の茨を桃太郎に巻き付けていた。
その茨を手繰り寄せつつ自らも翼を羽ばたかせ、引っ張る力と接近する力ですぐに桃太郎と再び顔を合わせる。
そしてシンデレラはもう数本、比較的短い茨を桃太郎に巻き付け、
「たあああああああああああああああぁッ！！」
今度は両拳による乱打を浴びせた。
一撃一撃が地を割るシンデレラの猛ラッシュ。茨で繋がっているため先ほどのように大きくは吹き飛ばない。桃太郎の【黍団子鎧】が、ピシピシと更なる音を立て始める。
殴られながら桃太郎は呟く。
「【黍団子爆弾・１０００００００連】」
桃太郎の腰袋から、無限の如き黍団子があふれ出た。
シンデレラとは茨で繋がっているため至近距離。今から茨をほどいて逃げようにも間に合わない。
たった一撃で全てを消滅させる悪魔の爆弾が、連鎖して立て続けに爆発した。
桃太郎の視界は、ブラックホールでも生み出しそうなその破壊の海に染まる。
────だが、その爆発の中から華奢な腕が飛び出て桃太郎を殴りつけた。
その腕から放たれているのは、熱でも雷でも茨でもない。
見る者の心を落ち着かせる優しい波動、冷気。
温度というものは、摂氏－２７３．１５C°までしか下がらない。
仮にその絶対零度の力を持っていたとしても、一瞬で数十億C°に達する【黍団子爆弾】とは勝負にならないはずである。
だが雪女の力を得てかぶの能力促進や自身の潜在能力を組み合わせたシンデレラは、滅亡の連鎖爆発がおこる今この瞬間に、絶対零度の冷気をただ生み出すのではなく、触れたものあるいは周辺のものの温度を瞬時に絶対零度まで下げる能力に目覚めていた。
意識して使ったわけではない。しかし『想像の創造』、マッチ売りの少女の力の片鱗が、ここにきてシンデレラを更なる進化に導いたのだ。
そして超高温の中、絶対零度の一撃を喰らった【黍団子鎧】が遂に崩壊する音が、シンデレラの耳に確かに聞こえた。
桃太郎に巻き付けた茨は全て消滅してしまったが、大した問題ではない。
予想しない一撃を喰らい体勢を崩している桃太郎に再び高速接近し、【黍団子鎧】を失った身体に渾身の右ストレートを叩きこんだ！
「う……！」
────が、その手ごたえは先ほどまでと同じ。
桃太郎の身体に届く事無く、何か見えない壁にその威力は遮られた。
そして自ら放った渾身の右ストレートの衝撃により、またも桃太郎と距離が空いてしまう。
桃太郎は今度こそ体勢を立て直し、シンデレラの疑問に答えるように静かに口を開いた。
「【黍団子鎧・重ね着】」
距離を保ったまま空中で見つめ合う二人。
これほどの攻撃を浴びせても、まだ桃太郎の身体にダメージを与える事は出来ていない。
しかし、シンデレラは落ち着いていた。
「中々用意周到ね。でも、狡猾さなら金太郎の方が上だったわよ」
そして再び拳を構え、更に口を開く。
「色々できるようだけど、マッチ売りの少女は同時にいくつもの事が出来ていたわ。……そして」
シンデレラが落ち着いている最大の理由。
「貴方、身体能力は犬ほどじゃあないわね」
例えダメージが与えられなくても、自分の力は桃太郎を上回っている。
ならば攻めて攻めて攻めまくれば、いつかは自分が勝利する。
そんな考えの下に発した言葉に、桃太郎はため息を吐いた。
「やれやれ心外だな。他の二人はともかく、まさか俺がしもべにすら劣ると思われていたとは」
桃太郎はそこで腰袋から黍団子を取り出した。
放たれるであろう攻撃に対して身構えるシンデレラ。
取り出した黍団子を桃太郎は────なんと、口に含んだ！
「！！」
黍団子を食すという、まさか予測出来るはずもない行動に驚愕するシンデレラ。
その驚きを余所に、桃太郎の身体が変化を見せる。
降ろされていた髪の毛は全て逆立ち、眉毛も含めた黒色の体毛は金色に染まる。そして、髪と同じ色の氣を全身から発しだした。
犬のような、身体の大きさや形までが変わる壮絶な変化ではない。
だが、その気配は先ほどまでの桃太郎とは明らかに別人。
「【変身形態超黍団子人】」
氣を纏った桃太郎は、今度は自分からシンデレラに接近した。
その速度は、【虹を受け継ぎし戦乙女】シンデレラとなんら遜色のない超神速！
「！」
身体能力ならば自分の方が上。そう思っていたシンデレラに動揺が走る。
一瞬にも満たない僅かな時間ではあるが、この二人の間ではその程度の隙さえも命取り。
今度は桃太郎の乱打がシンデレラに炸裂！ 最後の大振りの蹴りにより、シンデレラの身体は海に叩き落された！
音を立てながら凄まじい速度で海に沈むシンデレラに視線を向け、桃太郎は更に黍団子を取り出し軽く上に放り投げた。
その黍団子は桃太郎の頭上で、瞬く間に漆黒の氣に覆われる。
桃太郎が上に上げた手を振り下ろすと同時に、その暗黒球体はシンデレラ目掛けて飛んだ。
「【黍団子】」
海に着弾した黍団子は、凄まじい大爆発を巻き起こす。
【黍団子爆弾】のような凝縮させたエネルギーではないが、その分破壊の余波は限りなく広がる。シンデレラが沈んだあたりの海水をあらかた消し飛ばし、この世界に大地震を引き起こした。
桃太郎の攻撃はそれでもまだ終わらない。
更に一つ黍団子を取り出しながら、呟く。
「【次元捕食黍団子】」
手の中の黍団子が、分解された。
その繊維はすぐに網へと変化し、シンデレラがいるであろう辺りから周囲数キロを覆いつくす。
桃太郎がパチンと指を鳴らすと、その網が中央に向けて高速で縮みだした。
【黍団子】により発生した煙や地震により舞い上げられた岩の一部などは、その網に触れた瞬間、時空の彼方へ連れていかれて消滅する。
網は十秒もしないうちに縮み切り、初めから存在しなかったかのように姿を消した。
桃太郎はやれやれと笑い、顔を後ろに向けながら口を開く。
「で、俺の身体能力がなんだって？」
視線の先には、シンデレラが立っていた。
恐らく鶴の空間魔法をも自分の中で昇華させ、時空の穴を通ってここまでたどり着いたのだろう。だが、その様子は先ほどとは違った。
美しいドレスはボロボロになり、全身が傷だらけ。血を流している右手を庇うように左手で抑えている。
誰が見ても満身創痍。
その顔は、一筋の汗を垂らしながら桃太郎を睨みつけていた。
