チート・ザ・44話
拳を構えたシンデレラに、幸せの王子は剣を振るう。
極めて強力な剣撃から発射される衝撃波の一撃は、常人であればそれだけで勝負がついてしまう。
しかし、神速を誇るシンデレラには当たらない。
最小限の動きで剣撃を避け、目にも止まらぬ速度で相手に接近したシンデレラは強烈な拳を幸せの王子の右頬に叩きこんだ。
「効かぬな」
が、その一撃は幸せの王子の首を動かす事すら叶わない。
剣の間合いの内側までシンデレラの接近を許した幸せの王子ではあるが、相手の攻撃が効かないのであれば大した問題ではない。
半歩身を引き、再び剣を振るう。
シンデレラはその攻撃を余裕を持って回避。距離をとる際に数発の蹴りを入れていくが、やはりそれでも黄金の身体は揺るぎもしなかった。
「……固いわね」
シンデレラは今度は瞬時に相手の後ろに回り込み、強烈な裏拳を入れる。
効かない。
幸せの王子は相手が接近したタイミングで剣を振るう。
当たらない。
シンデレラの攻撃。
効かない。
幸せの王子の攻撃。
当たらない。
そんな攻防を何度繰り返しただろう。
シンデレラが最初に拳を構えた地点から最も遠い位置に降り立った時、幸せの王子が口を開いた。
「相変わらずすばしっこいな、ならばこれならどうだ?」
幸せの王子がシンデレラとは逆の方向を向く。
その目線の先にいるのは、倒れたままのグレーテル!
「!」
シンデレラは反射的にグレーテルの下に駆けた。
それと同時に幸せの王子のサファイヤの瞳から蒼色の光線が発射される。
爆発と共に立ち昇る土煙。
幸せの王子の視線はその土煙から少し離れた位置に移る。そこに立っているのはグレーテルを抱きかかえたシンデレラ。
命中する一瞬前に、シンデレラが再びグレーテルを抱きかかえながら走る事で動けないグレーテルに光線が当たる事はなかったのだ。
────ただし、その代償としてシンデレラの左足は焼け焦げる事となった。
「貴方、どこまで……!」
「この様な手段、余とて好んで行っているわけではない。しかし大いなる桃太郎殿のためならば、この程度の汚名は余が一手に引き受けよう」
幸せの王子が再び剣を構えシンデレラに近づく。
「くっ!」
シンデレラはグレーテルを抱きかかえたまま、大きく跳びまわるようにその場を離れた。
足にダメージを負ったとは言えその速度と身のこなしは常人以上。
瞬く間に幸せの王子から遠ざかる。
(勢いよく啖呵を切っておいてコレか、ざまあないわね!)
シンデレラが胸中で毒ついた時、腕の中のグレーテルが目を覚ました。
グレーテルは眼前にある名札の文字を読み上げる。
「シンデレラ……さん……」
「! 起きたのね! 一旦このまま逃げるわよ! ケガしているようだけどしっかりしなさいね!」
シンデレラの言葉に、グレーテルは自分の身体を抱いている腕を力を込めてギュッと握った。
そして悲しそうに口を開く。
「シンデレラさん……貴女はとっても強いんだね……」
グレーテルの傷は深い。相手が意識を保っているならば、なるべく会話をしながらのほうが活力を維持させる事が出来る。
シンデレラは、走りながらグレーテルの言葉に耳を傾けた。
「そんな事ないわよ、この島でもう何回も死ぬかと思ったし、今も無様に逃げ回っているわ」
「ううん、強いよ……そんなに速く走れて、そんなにお顔も綺麗で、そんなに綺麗なドレスを着て……お姫様なのかな? 私は弱いのに皆に守られてばっかりで……家も貧しくて食べるものにも困っていて……」
「あら、私も同じよ? お姫様になったのはつい最近。それまでは天井裏で寝るくらい貧しい暮らしだったわよ? 本当にたまたまあの人の目に止まらなければ、ずっとそんな生活だったでしょうね」
「へぇ……そうなんだ……」
その時、シンデレラの行く道を塞ぐように、上空から何かが飛来した。
思わず足を止めるシンデレラ。
土煙が収まり中から姿を現したのは、なんと幸せの王子。
桃太郎の【黍団子調教】は対象者の身体能力を向上させる効果もある。
幸せの王子はその攻撃力防御力のみならず、機動力さえも手負いのシンデレラに直線距離であれば追い付ける程度に強化されていたのだ。
「余に引導を渡してくれるのではなかったのか?」
剣を構えて再び歩み寄る幸せの王子。
シンデレラは痛む足を無理させながら、身体を反転させて再び走り出した。
逃げ切れない事はわかっている。
しかし相手を倒すすべも思い付かない。
いばら姫を置いて逃げ出したように、グレーテルを置き去りにする事は、もう絶対に出来ない!
(どうする!? 何か、何か手は無いの?!)
逃げながらシンデレラは極限まで思考を深める。
その時、腕の中のグレーテルが声をあげた。
「シンデレラさん……私じゃ、アイツに勝てなかった。でも、シンデレラさんならきっと勝てる……」
「……ありがと! なにか勝てる方法、絶対に考えるわ」
「……そうじゃない、私じゃあ、皆の力を使ってもアイツには勝てなかった。でも、とっても強いシンデレラさんなら、きっと勝てるの!」
その時、グレーテルがずっと掴んでいた自分の腕が光り輝いているのに気が付いた。
対照的に、グレーテルの身体はいつの間にか薄くなっている。
「天使の力を持つお兄ちゃんは私に力を譲る事が出来た。『譲る事』、それ自体がきっと天使の力。今はその力が私にある……お願い、弱い私じゃやっぱり無理だったから、皆の力、貴女が使って」
会話をする二人の後ろから、再び飛来する幸せの王子。
先ほどのような道を塞ぐ行為ではない。跳躍の勢いのまま、背後からシンデレラにそのまま斬りかかってきたのだ!
シンデレラはその攻撃を間一髪で回避。
しかし、それと同時にグレーテルを抱えている感覚が腕の中から消えた。
落としてしまったか? そんな思いも過ったが、すぐに違うと気が付く。
グレーテルの身体が背景が見えるくらい透けているのだ。つまり、大きな動きをした自分から突如すり抜けた、と考えるのが自然。
「……グレーテル?」
「ふむ、よくわからんがグレーテルは消えようとしているな」
シンデレラと幸せの王子はそれぞれ声を上げた。
グレーテルの変化は透明化だけに留まらない。
頭から生えていた二本の角は消え、片翼だけ残っていた純白の翼も消えた。
更に黒を基調としたレオタード衣装も、みすぼらしい布の服に変わる。
「グレーテルの色は透明、か。余はこの通り黄金。偉大なる桃太郎殿は……名の通り桃色か、全ての導となる赤色か」
グレーテルを見ながら、幸せの王子は何やら自分の表現に酔っている。
そしてシンデレラのほうへ振り向くと、見下すような顔で呟いた。
「戦う事も逃げる事も出来ない。仲間を助ける事も己を通す事も出来ない……お前は薄っぺらい灰色だな、灰かぶりよ」
グレーテルを見つめながら呆然と立っているシンデレラ。
そんな相手をみて、幸せの王子は好機ととった。
足にケガをしているシンデレラと機動力も強化された自分。
追いかけっこを続ければいつかは追いつけるものではあるが、シンデレラの運動神経を考えるとやはり骨が折れる。
消えかけているグレーテルに執着し、呆然としている今この瞬間こそが仕留める最大のチャンス。
幸せの王子は黄金の剣を構えてシンデレラに飛び掛かった。
相手はこちらに向いてもいない足を止めた華奢な姫。
シンデレラは、ギリギリでようやく幸せの王子の攻撃に気が付いたように振り向いた。
そして迎撃するべく拳を振るう。
しかしその拳の先にあるのは最強の防御力を持つ黄金の身体。
拳が幸せの王子の身体に当たった。
「はあッ!!」
────その瞬間、轟音と共に幸せの王子の身体が首だけを残して粉々に吹き飛んだ!
空中で首だけ残っている幸せの王子は、訳がわからないという表情を浮かべながら身体があったはずの場所に目を向ける。そして今一度前方へ、シンデレラの方へ目を向けた。
そこにいたのは一瞬前までのシンデレラではない。
頭から曲がりくねった二本の角を生やし、背中には純白の四枚の翼。身体の周囲からは光り輝く氷の結晶が舞っている。
更に、いつの間にかより新調された美しいドレスの裾から植物の蔓が見え隠れし、オーラのような白い煙を出している。そしてそれら全てを更に包み込むような謎の威圧。
────先ほど幸せの王子に放った一撃は、ただの拳ではなかった。
グレーテルの灼熱の力が相手を圧倒し、そこに雪女の冷気の力が加わる事で黄金すらも脆くしていた。
鶴の結界の力とヘンゼルの天使の力により、その拳は凄まじい強度を誇るようになっていた。
それら全てをかぶの力が更に強化し、シンデレラの肉体までも強化していた。
そう、グレーテルが持っていた五つの力が、全てシンデレラに宿ったのだ。
それだけではない。
異なる力を一手に集めたグレーテルの力を受け継ぐことをきっかけに、元々圧倒的な運動神経と直観力、潜在能力を持つシンデレラの身体と精神は大きく刺激されていた。
解放されたその潜在能力により、シンデレラが戦いを通じて深く接し、また心から尊敬の意を込めていたマッチ売りの少女といばら姫の力の一部までも宿っていたのだ。
マッチ売りの少女の『想像の創造』までは流石にマネできていない。
シンデレラに宿ったその片鱗。それは内にあると信じたそのエネルギーを外に出す力。
高い直観力により、グレーテルの五つの力といばら姫の力が宿った事をシンデレラは悟った。
自分が出会った人々とグレーテルが出会ってきた人々。
それら全ての力が身の内にあるのであれば、幸せの王子如きに劣るはずがない。
シンデレラは、そう『確信』したのだ。
首だけの幸せの王子が、重力落下に従い地面に向かう。
その間に幸せの王子は、先ほどシンデレラを『灰色』と称した事を改めた。
自分の意識が消えるまでに、目の前のシンデレラを指して声を発する。
「【虹を受け継ぎし戦乙女】……!」
黄金の首は地につくと、音を立てて自壊した。
シンデレラは黄金の残骸を一瞥だけし、すぐに背景と同化しつつあるグレーテルの方へ目を向ける。
元々は体力も地力のないただの子供であるグレーテル。
傷ついた身体は自身に宿った様々な力で保っていた。
しかしシンデレラに力を移した今、とっくに致死量のダメージを越えていたその身体は、もはや脱け殻のようなものしか残っていなかったのだ。
グレーテルもまた、シンデレラの方へ視線を向ける。
そして、雪女が自分に見せたような満身の笑顔で声を上げた。
「やっぱりシンデレラさん凄い! あんなに強いヤツも簡単にやっつけちゃった!」
力を失いながらも笑顔のグレーテルとは対称的に、力を得ながらも哀しい顔を見せるシンデレラ。
その足でグレーテルの方へ歩み寄り、消えゆく幼い身体をせめてこの手で抱き締めようと手を拡げる。
しかしシンデレラの手がグレーテルに触れる瞬間、
「雪女のお姉ちゃんが言ってたんだ! 『お前は将来美人になる』って。私、大きくなったら貴女みたいな美人さんになれたかな!」
その言葉を最期に、グレーテルは姿を消した。
強く優しく美しいシンデレラの両の手が、一瞬前まで少女が立っていた場所で、切なく虚しく空を切る。
「グレー……テル……」
色々な事が一度に起こり、シンデレラは感情が押しつぶされそうになる。
身体を大きく戦慄かせ、唇を食いしばりながら、それでも覚悟を決めた。
──こんな事はあってはならない。もう、全てを終わらせなければならない──
シンデレラは目を見開き、視線を向けていない背後の木の上に声を上げた。
「いつまで高みの見物をしているつもりなの? 降りてきなさい!」
その言葉に従うように、大木の上から一つの影は降ってくる。
シンデレラはそちらを向き直り、影もシンデレラをまっすぐ見つめ、そして静かに口を開いた。
「やれやれ流石だな。では、このゲームを終わらせる戦いを始めようか?」
降ってきた男、桃太郎は普段と変わらぬ口調でそう言った。
『グレーテル』────死亡
『幸せの王子』────死亡
残り────2名