チート・ザ・43話
薄暗い森の中、一人の少女がトボトボと歩く。
天使の翼と悪魔の角を身体に生やしたその少女グレーテルの表情は、森の雰囲気にも負けず劣らず暗かった。
「お姉ちゃん……お兄ちゃん……」
実の兄ヘンゼルの死後、比較的すぐに雪女と出会い無理矢理明るい話をする事で、兄を失った悲しみを心の隅に押しやっていたグレーテル。
しかしその雪女も失う事で、幼い心に悲しみが二倍になって降りかかっていたのだ。
遂には歩みも止めて、その場でしゃがみこんでしまう。
そして、音を立ててぐずりだす事となった。
「これは珍妙な。天使と悪魔が合わさった稀有な存在が余の目の前に姿を見せるとは」
そこで聞こえる誰かの声。
グレーテルは泣きながらそちらに向き直ると、全身が黄金で出来た男が立っていた。
「……誰?」
「余は『幸せの王子』と呼ばれている。このデスゲームの参加者にして偉大なる桃太郎殿に付き従う者だ」
ゲームの参加者。
通常であればそれは敵である。
しかし、グレーテルはこれまでに雪女と出会い、かぶと出会い、敵として出会った鶴でさえも最後には味方となっていた。
それ故に、悲しみにくれたこの状況で現れたこの男も味方かもしれない。
そう思って立ち上がり、あるいは立ち上がる為に無理矢理そう思う事にして、とにかく幸せの王子のほうに姿勢を向けた。
幸せの王子は立ち上がったグレーテルの胸についた名札を確認すると、再び口を開く。
「ふむ、やはりお主もゲーム参加者か。子供に対して多少気が引けるがこれも桃太郎殿が勝ち残るため、ここで死んでもらおうか」
そこで幸せの王子は黄金の剣を鞘から抜き、グレーテルの方へ大きく振るった。
元々大規模な衝撃波を発生させるほど強烈なその剣撃は、【黍団子調教】の効果により更に底上げされていた。
その攻撃を、グレーテルは泣き叫びながら翼をはためかせ避ける。
「うわあああああああああああああんッ!!」
最愛の人を立て続けに失い、その状態で明確な殺意を向けられたグレーテルの力は再び暴走した。
グレーテルの全身から溢れ出す灼熱の【暗黒砂糖菓子】。
周辺一帯に撒き散らされるソレが、全てを黒く染めてゆく。
「フンッ!」
幸せの王子は再び剣を大きく振るった。
織姫や彦星ですら逃げの一手を選ぶほどの威力を誇る【暗黒砂糖菓子】がその一撃で大きく割れ、掻き消される。
「あああああああああああああああああああッ!!」
尚も泣き叫ぶグレーテルから生み出され続ける漆黒の闇。
しかし、幸せの王子にとってコレは好都合だった。
一時的に過ぎないとは言え【暗黒砂糖菓子】は剣撃で破れない技ではない。
また幸せの王子の極めて強固な黄金の身体は、【暗黒砂糖菓子】の熱すら通さない。
つまり、幸せの王子にとって相手がただ錯乱している状態に近い。ならば溢れ続ける灼熱の海を掻き分けながら相手の首を獲りに行けばいいだけの事。
その考えに従い、幸せの王子は剣圧で【暗黒砂糖菓子】を掻き消しながら、一歩、また一歩と前に進んだ。
ある一定の距離まで近づいた時、グレーテルの翼が突如羽ばたき、身体を上空に連れていく。
「え?!」
天使の翼が勝手に動いたかのように、グレーテルは驚きの声をあげる。
更にグレーテルの額に、突如優しげな冷気が発生する。
まるで熱をもった子供の額を冷やす母親のように。
意図しない二つの力の発動に、グレーテルは思わず声を漏らした。
「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」
幸せの王子は上空に逃げたグレーテルを見上げる。
(やや遠い……しかしこの距離ならばまだ剣圧の射程内)
幸せの王子が剣に力を込めた、その時、
「お兄ちゃん……お姉ちゃん……うん! 私、がんばる!」
グレーテルもまた覚悟を決めたような視線を幸せの王子のほうへ向けた。
「【大魔導・属性複合波動弾】ぉっ!!」
幸せの王子が次の行動に移るより早く、グレーテルの持つステッキから四色の光線がそれぞれ発射された。
一つは紅。自らが扱う熱の力。
一つは蒼。雪女から受け継がれた冷気の力。
一つは白。ヘンゼルが残した光の力。
一つは紫。鶴から分け与えられた魔法の力。
それらは螺旋を描きながら幸せの王子に吸い込まれるように飛んでいく。
四つの光線は、更にもう一つの力に覆われている事を、グレーテルは確かに感じた。
透明。かぶから摂取した促進の力。
螺旋光線が幸せの王子の黄金の身体を包み込み、
「うおおおおおおおおッ!?」
光の中、幸せの王子の叫び声をあげる。
参加者最強の防御力を誇るこの男が、この島で初めてダメージによる声をあげたのだ。
「や、やった!」
グレーテルは歓喜する。
自分一人ではどうにもならなかったであろう強大な敵に、この島で出会ってきた皆の力が届いたのだ!
────次の瞬間、 【大魔導・属性複合波動弾】の光は真っぷたつに割られた。
光を割ったエネルギーはそのまま真っ直ぐ伸び、グレーテルの肩を大きく抉り、天使の翼を引きちぎる。
翼をもがれたグレーテルはそのまま落下し、音を立てて地面に倒れた。
光の中から出てきたのは、剣を振るった後のポーズをしている幸せの王子。
グレーテルの攻撃は確かにこの男に効いていた。
しかしそれでも尚、【大魔導・属性複合波動弾】を打ち消しつつ反撃するだけの地力が、幸せの王子にはあったのだ。
地に伏したグレーテルの元へ、幸せの王子がゆっくりと歩み寄る。
そして黄金の剣を振り上げた。
「見事だ……そして許せ、幼き勇者よ」
特に躊躇われる事なく、黄金の剣は降り下ろされる。
が、その剣の先にはグレーテルの姿は消えていた。
「む?」
幸せの王子は前方に目を向ける。
そこにはグレーテルを抱き抱えたドレス姿の美女──シンデレラがこちらを睨み付けていた。
「幸せの王子……! これが貴方の選択なの?!」
金太郎を倒してからシンデレラが見た幸せの王子は、確かにこのろくでもないゲームに絶望し、他の参加者に敵対していた事を悔いている目をしていた。
仕留めれるはずのいばら姫にもトドメを刺さずその場を去っていった姿を見て、シンデレラは幸せの王子が改心するものと願っていたのだ。
「シンデレラか、意外と早くまた会ったな。しかしなんだ? このゲームで他者に手をかける事がそんなに不自然か?」
決して不自然ではない。
シンデレラも既にマッチ売りの少女と金太郎の命をこの手で奪っている。
金の小野や犬も、可能であれば自分で倒していただろう。
しかしシンデレラはあくまで『襲いかかってきた相手を迎撃した』に過ぎない。その気持ちが、あの時の幸せの王子には伝わったと思っていた。
そして、今幸せの王子が手をかけようとしていたのは小さな子供グレーテル。いばら姫を失ったばかりのシンデレラには、その行いが何よりの冒涜に感じたのだ。
シンデレラはそれらにより二重に裏切られた気持ちになり、幸せの王子に怒声を上げた。
このサバイバルゲームにおいて、正しいのは幸せの王子の方かも知れない。
理由はなんであれ他者の命を奪った自分に、相手を咎める権利などないかも知れない。
それでも、シンデレラは己が間違っているとは思わなかった。
シンデレラは、目を閉じて気を失っているグレーテルの身体を優しく地面に下ろす。
「……もういいわ。それなら、今度こそ私が引導を渡してあげる」
そして相手に向き直り、力を込めて拳を構えた。




