チート・ザ・41話
貫かれた鶴は、空中から儚く落下した。
鳥の身体は地面に叩きつけられると同時に、最初相対した時の人の姿に変化する。
ただし、綺麗な白色だった着物は灰色に染まるように薄汚れていた。
「うぅ……わたくしとした事が……」
倒れたまま身体の大部分が凍りつき、もはやトドメを刺されるのを待つばかり。それに答えるように、雪女はゆっくりと鶴の元へ近づいてきた。
────そして、そのまま鶴の前にしゃがみ込む。
「さて鶴よ、交渉をしよう。まずは【次元捕食網】を解除しろ、そうすれば命だけは助けてやる」
雪女の言葉に鶴は眉を潜めた。
【次元捕食網】は鶴の能力。一部の例外を除けば、この手の能力は使用者の死と共に消滅する。
そのためワザワザ交渉などしなくとも、鶴にトドメを刺せば良いだけのはずなのだ。
「……どういう事です?」
雪女も『どういう事』の内容を察したのだろう。いや、寧ろその返事を予想していたと言うべきか。
雪女は突き立てた親指を背後のグレーテルに向け、口を開く。
「簡潔に言うぞ。そこのグレーテルはこの世界から脱出出来る程の空間魔法の力が使える可能性がある。……あくまで可能性に過ぎないが、お前も高度な空間魔法を使えるな? 力を合わせればこのふざけた世界から抜け出せる可能性はより高まる。だから力を貸せ。お前も無駄に死にたくはないだろう」
指をさされた先ではグレーテルが目を丸くしている。
まさか雪女がここまでの算段を立てながら鶴と戦っていたとはおもっていなかったのだろう。
鶴もまた雪女の思惑を理解した。
少しだけ考えて、そしてニヤリと口を歪める。
「それは出来ませんね」
「なぜだ?」
雪女からの当然の疑問。鶴は誇らしげな顔をして説明を開始した。
「わたくしは桃太郎様に多大な恩があります。その恩を返さずして自分だけこの世界から脱出するなど、そんな恥さらしな事は出来ません」
「それならば、お前にはこのまま死んでもらう事になる……【刺殺氷柱】」
雪女は自らの手の中に氷の細剣を造り出した。
それを地面に這いつくばる鶴の首元に当てる。鶴の首筋に赤い液体がゆっくりと流れた。
それでも鶴は眉一つ動かす事なく、凛とした瞳で雪女を見返している。
そしてやはりキッパリとした口調で意思を述べる。
「覚悟の上です。雪女様、どうぞ戦いに敗れたわたくしに、このままトドメを刺して下さいまし」
鶴の覚悟の前に、雪女迫真の脅しも意味をなさなかった。
【次元捕食網】は近づいてきている。鶴がこの考えを曲げないことには、せっかくの空間系能力の使い手にトドメを刺さなくてはならない。
所詮は敵。最終的にはそれも仕方がない事なのだが、あまりにも勿体ない。
雪女はやや苛立ちながら腕を組み、無意味な問答だとは感じつつも更なる質問を投げ掛けた。
「なんだ? お前が桃太郎に感じている恩とやらは」
「わたくしが桃太郎様からお受けした恩、それは……」
鶴はそこで言葉を詰まらせた。
桃太郎から大きな恩を受け、自分は桃太郎の為に動いている。そのはずだ。
しかし雪女に聞かれて答えようとしても、その内容がどうしても思い出せないのだ。
「それは……あれ? それは…… ……おかしいですわね……」
一度疑問に思ってしまうと、自分の中で不可解な点が溢れてくる。
【黍団子調教】の効果は個人差があり、鶴は犬や猿ほど色濃くは受けていなかった。
種明かしをされた手品にどこかガッカリして気持ちも冷めてしまうように、疑問と共に【黍団子調教】の効果が鶴の中で急激にとけていく。
(……わたくしは、洗脳されていた……?)
鶴は目を閉じて少し考え込み、雪女を見上げ直す。そして口を開いた。
「雪女様、そのお情け慎んでお受け取り致しましょう……まずはあの【次元捕食網】、解除致しますね」
鶴の言葉と共に、迫ってきていた【次元補食網】は消滅した。
雪女は呆気に取られながらもその事実を張り巡らせた冷気を元に感じとる。
「……」
雪女は首筋から細剣を引き、パチンと指を鳴らした。
すると、鶴の身体に覆われている氷が急速に溶けるように消えていった。
氷が消えたといっても【白い恋人】の貫きによるダメージは残っている。
鶴は痛む傷口を押さえながらヨレヨレとゆっくり立ち上がった。
そんな鶴を見ながら、雪女が口を開く。
「……突然、随分と物わかりが良くなったじゃあないか」
「……ええ、なんだかわたくし、おかしな夢でも見ていたようですの」
────しかしその時、解除したばかりの【次元捕食網】が再び出現した気配を感じる。
しかも後方からだけではない。雪女達を完全に閉じ込める鳥籠のように、四方及び空中全てから!
「な……! 鶴! お前ッ!」
雪女は素早く臨戦態勢をとった。
しかし、その鶴本人も驚愕している。
「ち、違います! わたくしではありません! わたくしは確かに解除致しました!」
その表情はとても演技のようには見えない。
いや、仮に鶴が雪女を謀ったのであれば、満身創痍の鶴にそのままトドメを刺せばいいだけ。鶴に嘘をつく理由がないのだ。
「ならば、これは? ……明らかにお前の【次元捕食網】と同じ気配だ」
雪女の言葉に、鶴は汗を垂らしながら沈黙する。
数秒ほど黙りこんだ後、思い当たる可能性を口にした。
「【次元捕食網】は元々桃太郎様の黍団子の力を借りて発動させたもの……つまり、桃太郎様の仕業……」
鶴の予想は当たっていた。
桃太郎にはわかっていたのだ。鶴に洗脳がさほど効いていない事が。
そのため鶴に渡した黍団子には鶴の洗脳が解けた際、黍団子を媒体として発動した技を暴走させる魔力を予め組み込んでいた。
鶴が仕止め損ねた相手を皆殺しにするために。
そして、裏切り者の鶴を粛清するために。
雪女達から随分と離れた森の一角。
桃太郎は、暴走しながら出現した【次元捕食網】を遠巻きに見ながら、静かに呟いた。
「やれやれ、やはり所詮は代替えの鳥に過ぎんか」