チート・ザ・37話
【団子】により全てを消し飛ばした終末の大地に、消し飛ばした張本人である猿が着地した。
大爆発により出来た数キロはあろう巨大なクレーター。その最も深い位置に一つの家が残っているのが目に入る。
「やはりあの一撃だけで終わるというわけにはいかんか」
猿はその家のほうへ向かって歩いてゆく。
それはレンガで出来た巨大な建物。白雪姫の支配下に置かれた末っ子ぶたが得意とする【絶対防御大豪邸】だった。
当然猿は知らない事だが、末っ子ぶたはまだ自分の意識がある時に『この家は絶対に壊れない』と豪語していた。
そしてその自信の通り、数多いゲーム参加者の中でも有数の威力を誇る【団子】の爆発すら防ぎきったのだ。
しかし、『絶対に壊れない』の言葉は流石に過信であったようだ。
大爆発を喰らって尚、中にいるだろう末っ子ぶた達の生命反応は感じる。
しかしその豪邸の壁には今まさに亀裂が入り、音を立ててゆっくりと崩れ始めた。
────崩れきる前に、中から4つの人影がバラバラに飛びだしレンガの家から脱出した。
その中の一人、黄金の身体を持つ幸せの王子が剣を携え真っ直ぐ猿に斬りかかる!
「うおおおぉッ!!」
猿はその一撃を避けずに、逆に刀身に握り締めた拳で対抗する。
黄金の斬撃と白い氣を纏った拳がぶつかり合い、甲高い音が周囲に鳴り響き、互いに一歩も押されず力が拮抗する。
攻撃力は互角。それならば技術が勝敗を分ける。
そう判断した猿は、高い戦闘センスで相手の癖を見抜こうと幸せの王子全体の観察を始めた。
そしてすぐに異変に気がつく。
幸せの王子の目は焦点が定まっておらず、黄金の口からは透明の涎が垂れている。
そしてその口は一定のリズムで動き、緩急のない音をブツブツと漏らしていた。
「白雪姫キレイ、白雪姫キレイ……」
観察していると言っても意識を幸せの王子一人に集中しているわけではない。
他方向に散らばった他の敵の動きにも気を配りながらの行動である。
幸せの王子と共に飛び出した3つの人影、それはゲーム参加者である三匹のこぶた達。
しかし、その三匹は何をするわけでもなく【絶対防御大豪邸】から脱出した先にただ立っており、その表情は幸せの王子と同じ虚ろな状況。
口もやはり同じように動かし、幸せの王子と同じ言葉を繰り返し呟いている。
「「「白雪姫キレイ、白雪姫キレイ……」」」
不気味な状況ではあるが他の三人が向かって来ないのであれば、戦闘自体は実質幸せの王子と一対一。
猿は周囲への警戒をやや薄め、その分目の前の幸せの王子に集中した。
幸せの王子は一度剣を引くと、再び振りかぶり斬撃を放ってくる。
その動きは実に単調。猿は迫る二撃目を左手の甲でいなし、力を込めた右手によるストレートを幸せの王子のみぞおちに御見舞いした。
が、
「白雪姫キレイ、白雪姫キレイ……」
幸せの王子は倒れない。揺るぎもしない。
幸せの王子は更に剣を握り直すと、半歩身を引いてから三度猿に向かって剣を振るう。
猿はその攻撃を大きく後方に跳んで回避した。
「……なるほど堅いな、それがお前の強みの一つか」
「白雪姫キレイ、白雪姫キレイ……」
幸せの王子は更に追撃しようと猿に向かって駆け出した。猿もまた迎撃しようと拳を構える。
その時、崩壊し瓦礫と化した【絶対防御大豪邸】の中で何かが動いた。
猿はそれをしっかり把握し、その何かのほうにも警戒するためチラリとそちらに目を配った、その時────
「【美貌光線】」
その何かの呪文と共に猿の意識を支配しようとする凶悪な力が動く。
「かはっ……!」
高い戦闘センスに加え、直感、自己制御力に優れる猿はすぐ様目を閉じた。そして幸せの王子の攻撃から逃れるべく、右方向へ素早く跳ぶ。
結果、意識を持たない幸せの王子の斬撃は地面にそのまま降り下ろされ、その攻撃力により荒れ果てた地面を更に深く割った。
猿の意識を支配しようとした凶悪な力の持ち主、瓦礫の下から猿と目を合わせた人物、それは言うまでもなく三匹のこぶたと幸せの王子を束ねる白雪姫!
白雪姫は瓦礫の下からモゾモゾと這い出ると猿から距離を取り、近くの次男ぶたの背後に回るように移動する。
極めて強力且つ速効性のある【美貌光線】であったが、その洗脳条件の一つは『相手と目を合わせる事』。
それをギリギリで見切った猿は、目を合わせる時間をほんの一瞬に抑える事でその魔力から逃れていた。
「ぐ、うぅぅ……」
しかし、その一瞬だけでも猿の精神に大きなダメージを与えていた。
視界が揺れ、頭が割れるような痛みを覚え、自分の中に何かおぞましいモノが入り込んでくるかのような感覚に襲われた猿。
胃の中のモノが逆流するような不快感を覚えながらも再び視線を上げる。
猿がつくった大きな隙は、通常の状態の参加者が相手であれば既に猿は倒されていただろう。
しかし今相手しているのは相も変わらず単調な動きを繰り返す幸せの王子と、ただ立っているだけのこぶた達。
またも迫る幸せの王子の攻撃をかわし、猿は白雪姫の元へ飛びかかった。
「【美貌光線】」
空中の猿に対してまたもや放たれる白雪姫の魔力。
しかし『目を合わせなければ良い』という事実を見切った猿は、【美貌光線】が発動する一瞬前に相手から目を反らす。
進行方向にいた長男ぶたを飛び越え、そのまま白雪姫と次男ぶたのすぐ近くに着地した。
近づいた事が引き金になったのだろうか、次男ぶたは奇声をあげながら猿に襲いかかり、白雪姫はその場を離れようと踵をかえす。
しかし、白雪姫と次男ぶた、共に身体能力及び近接戦闘能力は並みかそれ以下でしかない。
猿は迫る次男ぶたの首を手刀で撥ね飛ばし、逃げようとする白雪姫の左胸を背後から貫いた!
宙を舞う次男ぶたの首。辺りに飛び散る二人の鮮血。
まだ幸せの王子という強敵も残っている上、白雪姫を倒した際に残り二人のぶたの洗脳も解けるかも知れない。
それならば彼らがどう動くかはわからない。しかし、差し当たって最大の驚異である白雪姫は仕留めた。
────そう思った瞬間、白雪姫の首がグルリとこちらを向いた。
心臓は確実に潰した。それは間違えようのない事実であるというのに、口からも血を流している白雪姫は今までと変わらないクリクリとした可愛らしい瞳でコチラを見つめている。
代わりに、近くで長男ぶたの左胸が突如弾けた。
「白雪姫キ……レ……ゴポ……!」
口から血を吹きながら崩れ落ちる長男ぶた。
しかし猿はそちらを認識している時間はない。
お母さんやぎのような異質な悪魔であったならば、生命活動を停止させても暫くは活動出来ることもあるかも知れない。しかし目の前の女は、ただの人間のはずだ。
猿の頭にそのような思考が駆け巡ったのはほんの僅かな時間。
しかしその隙を逃さず、白雪姫は呟いた。
「【美貌光線】」
『長男ぶた』────死亡
『次男ぶた』────死亡
残り────9名